平田知弘 氏
連載認知症になっても人生は終わらない。認知症の私が、認知症のあなたに贈ることば

#03 認知症の人を苦しめるのは“視線の病”

「できることを奪わないで。できないことだけサポートして」「徘徊ではない。目的があって歩いている」「何かしてほしいわけではない。ただ普通に生きたい」「私たち抜きに私たちのことを決めないで」「お医者さん、私の顔を見て話して」「認知症の人は普通の人です」……etc。 本邦初、認知症と生きる本人たちが、自ら書いた本が出来上がりました。絶望なんかしていられない。人生は終わらない。たくさんの言葉には、認知症になって希望を失っている仲間に向けたエールと、社会に対する渾身のメッセージが詰まっています。 (株式会社harunosora)

「視線の病」というとらえ方

NHKディレクターの川村雄次氏は、認知症の人を苦しめるのは“視線の病”だと言っています。

視線とは、認知症の人を診る目線のこと。病気や症状そのものではなく、世の中の見方、自分の中にある偏見などによって生み出されるのが、認知症という病であると言っているのです。

この理解からいくと、認知症は、患者の病ではなくて、もはや、“社会の病”ということになります。

この社会に生きる私たちは、否応なく、この“病”を生み出す側になる可能性を持っています。とりわけメディアで働く人間は注意が必要です。

認知症を十把一絡げに扱い、「介護は大変だ」「運転が一律に危険」などと断定的に伝えがちです。また、「徘徊」や「暴力」という言葉を認知症のイメージと結びつけて報道したりもします。

なお、医師の方たちにお伝えしたいのは、これまでの偏った認知症の姿は、医療・介護の専門職によってつくられてきた面もあるということです。

「認知症=何もわからなくなる」「認知症=人生の終わり」というイメージ。それは、そのような状態を目の当たりにした専門職らが繰り返し本人や家族、社会に伝えてきたからです。

今やそうしたイメージははっきりと間違いであると言えます。

昨今、認知症の専門クリニックには、異変を感じた本人がひとりで受診に訪れるケースが多くみられます。認知症とともに人生を歩んでいく、そんな人たちがたくさんいるのです。

認知症になっても人生は終わらない―――――。

この本が、認知症になった人たちやそれを支える人たち、そしてこれから認知症になるかもしれない私たちにとって、傍らにおいて人生の伴走者となる、そんな役割を果たして欲しいと願っています。

執筆者とタイトル

  • [奥公一]認知症になったあなたに伝えたいこと
  • [町田克信]周囲に思いを伝える事が大切
  • [大城勝史]日々、奮闘中!
  • [樋口直美]症状とあなたの価値は無関係です
  • [曽根勝一道]私だから言えること、私しか言えないこと
  • [村山明夫]「上を向ういて」と口ずさみながら歩きます
  • [丹野智文]認知症になってよかったなと思える時がある
  • [福田人志]これで生きていけるよ
  • [鳥飼昭嘉]私が認知症とは思っていなかった
  • [平みき]すぐに介護が必要なわけではありません
認知症になっても人生は終わらない

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