連載「パーソンセンタードケア」と「地域における連携ケアの重要性」

#07 認知症になっても希望を持って生きていける文化になっていくことを望みます

座談会出席者 木之下徹氏  医療法人社団 こだま会 こだまクリニック院長 本多智子氏  医療法人社団 こだま会 こだまクリニック 看護師 勝又浜子氏  厚生労働省老健局高齢者支援課 認知症・虐待防止対策推進室長 加畑裕美子氏 「レビ-小体型認知症介護家族おしゃべり会」代表 中野あゆみ氏 有限会社DOOD LIFE(高齢者住宅・訪問介護)代表 社会福祉士  ファシリテーター 元永拓郎氏  帝京大学大学院文学研究科臨床心理学専攻・准教授 司会 絹川康夫 一般社団法人 全国医業経営支援協会 代表理事 ※平成24年7月31日に開催。 出席者の所属、役職は当時のものです。 (『ドクタージャーナル Vol.5』より 取材・構成:絹川康夫、写真:安田知樹、デザイン:坂本諒)

認知症が切り拓く明日の日本の姿

元永: 最近の傾向で言えば、悪性の社会心理とは教育現場でのいじめのラインナップともいえますね。そこには一方的な関係性が存在し、それが人を傷つける結果を生んでいる。

但し、いじめは、悪い行い、または少なくとも後味の悪いことという認識がありますが、認知症医療やケアの現場では、専門家は良かれと思ってやっているのに、このようなことが起きてしまうという点に問題の深刻さがあります。

木之下: これからの認知症の現場では、関係者がそのような意識から脱却することが求められています。

コンセンサスを広く作り上げるためには、整備しなければならない事柄も多いですね。我々はどこに向かうのか、国としてどのような社会を目指してゆくのかを考えることはとても重要です。

今回、厚生労働省の発表の中で、認知症患者ではなく認知症の人、対策ではなく施策という言葉が使われていますが、これはとても大きな進歩だと思います。

何気なく使っている言葉であっても、その背景にある意識や思想を考えたときに、言葉の選択というのはとても重要です。言葉が変ると、考えや行為が変ってくる。

勝又: 現状を見るに、パーソンセンタードケアという考えは医師の中にはまだ十分に広まってはいない様に感じますが、その点はどうなのでしょう?

木之下: パーソンセンタードケアが記されたトム・キットウッド氏の著書は1996年に発表され、日本では2005年に翻訳されて発表されました。確かに現状はまだ十分に広まってはいないかもしれません。

私は、特にパーソンセンタードケアという言葉自体にこだわるつもりはありません。言葉よりも、考え方に重きを置きます。

語り方はいろいろあります。例えば認知症対策とか認知症患者という言葉を使ってゆくのか、本人の意思を尊重するとか、認知症の人と言うのかの違いで十分に伝わるものはあります。

2008年のランセットのパーソンセンタードケアについての論文の中で、パーソンとは平等な価値を有する人と定義されていますが、もっと単純にパーソンとは、あなたのことですよ。人ですよ。ということでも十分に伝わると思います。

認知症になっても希望を持って生きていける文化になっていくことを望みます。何故ならばそれは自分のためにでもあるからです。

本多: 在宅認知症ケア連絡会が隔月で行っている研究会では、パーソンセンタードケアとか、悪性の社会心理、ポジティブパーソンワークなどの言葉を投げかけることで、連絡会に参加者されている皆さんの、気づきのきっかけ作りになっているように感じます。

木之下先生は在宅認知症ケア連絡会で常に、認知症ケアの方向性を参加者の皆さんに一緒に考えてもらいたいというスタンスで取り組まれています。

その中でパーソンセンタードケアなどのテーマの投げかけが、私たちの実際のケアの現場でいろいろなことを気づかせてもらえる種になっています。

司会: とても多くの示唆を含んだお話を伺えたと思います。認知症ケアとは、まずその根底に「人は認知症になっても人としての尊厳は失われない。家族の一員、社会の一員、友人、そして国民の一人として、最後まで人生を全うする権利を持っている」ということを共有し、全ての人が当事者のテーマと捉え、認知症と共に歩み、生きていく社会をつくり上げてゆくことだと思います。

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