#01 光免疫療法の原理と優位性 がん医療に新たな選択肢を

「光免疫療法」は近年登場した、新たながん治療のひとつです。がん細胞に特異的に結合する薬剤を用い、そこに特定波長のレーザー光を照射することで、がん細胞の膜を破壊する仕組みです。このメカニズムはがん治療の新たなパラダイムとなりつつあり、様々ながん治療への応用が期待されています。

今回取り上げるのは、楽天メディカルが開発した薬剤「アキャルックス」と「BioBladeレーザシステム」による「頭頸部アルミノックス治療」です。頭頸部アルミノックス治療は臨床試験によってその効果が証明され、現在は保険診療として受けることができます。

なお、民間治療として行われている光免疫療法に関する内容ではないためご注意ください。

アルミノックス治療の概要(日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会のWEBサイトより)
https://www.jibika.or.jp/owned/toukeibu/topics/alluminox.html

光免疫療法の原理

光免疫療法の原理は以下の通りです。

  1. がん細胞に特異的に結合する薬剤を投与する
  2. 薬剤が結合したがん細胞にレーザー光を照射し、がん細胞を破壊する

段階ごとに詳しく説明します。

1. がん細胞に特異的に結合する薬剤を投与する

がん細胞では、表面に特定のタンパク質が高発現していることがあります。そのタンパク質に特異的に結合する薬剤を投与します。それにより、がん細胞に薬剤を結合させることができます。

2. 薬剤が結合したがん細胞にレーザー光を照射し、がん細胞を破壊する

結合させる薬剤には、特定波長のレーザー光を当てることで励起する色素をあらかじめ結合させています(※1)。この薬剤に対してレーザー光を当てることで、薬剤に結合していた色素が励起し、がん細胞の膜を破壊します。

※1 「励起」… 物質や粒子がエネルギーを受け取って、通常よりも高いエネルギー状態に移ること。色素がレーザー光というエネルギーを受け取って励起することによって、細胞膜を破壊するエネルギーを放出する。

がん細胞膜を破壊することで、細胞内容物が細胞外へ漏出し、それによって免疫系が活性化すると言われています。免疫活性については、ヒトで証明されているわけではありませんが、マウスの実験で免疫活性が認められたことから、ヒトでも同様な原理が働くと期待されています(※2)。

※2 アルミノックス治療の基盤となるNIR-PITを開発された小林久隆先生の論文を参照
Hisataka Kobayashi (2019)  “Near-Infrared Photoimmunotherapy of Cancer” Acc. Chem. Res. 2019, 52, 8, 2332–2339, https://doi.org/10.1021/acs.accounts.9b00273

頭頸部アルミノックス治療

現在光免疫療法は、頭頸部がんを対象に行われています。頭頸部における扁平上皮がんでは、EGFRというタンパク質が99%の確率で高発現しています。そのEGFRに特異的に結合する「セツキシマブ」という薬剤に、近赤外光で励起する色素「IR700」を複合させた「アキャルックス」という薬剤を点滴で体に投与します。その翌日、がん細胞に近赤外光を照射し、アキャルックスが結合したがん細胞膜を破壊します。

全国約170か所の耳鼻咽喉科・頭頸部外科と歯科口腔外科でこの治療を受けることができます(2025年1月末現在)。

実施医療機関など、治療の詳細については、RakutenMedicalのWEBサイトからご覧ください。

https://hcp.rakuten-med.jp/certification/certification1/

なぜ光免疫療法は頭頸部がんをターゲットにしているのか

光免疫療法が頭頸部がんに用いられている理由は以下の二つです。

  1. 頭頸部の扁平上皮がんではEGFRというタンパク質が高発現しており、EGFRに特異的に結合する薬剤セツキシマブが存在する
  2. がんが比較的体表に存在するため、レーザー光を照射しやすい

これらの条件が揃っていることにより、上で述べた原理に基づく光免疫療法での治療を実現できています。逆に言えば、この条件を満たせば、光免疫療法を他のがん治療に応用することも理論上可能であると言えます。現在は、食道がんや婦人科がんに対する光免疫療法の治験が行われています。頭頸部がん以外のがんに対しても応用される未来もそう遠くないでしょう。

光免疫療法が使える条件

  1. がん細胞で高発現しているタンパク質に特異的に結合できる薬剤がある
  2. がん細胞にレーザー光を照射する技術がある

[コラム1]

アルミノックス治療と他の光免疫療法の違い


ーー頭頸部アルミノックス治療以外にも、各医療機関が独自に行っている光免疫療法は多く存在します。頭頸部アルミノックス治療と、その他の独自の光免疫療法(民間療法)では、どのような違いがございますか?

篠﨑:民間療法について、私からネガティブに言及することはありませんが、治療として有効であるというエビデンスがあるのはアルミノックス治療のみです。患者さんにはそれを把握した上で治療選択をしていただければと思います。

光免疫療法の優位点

光免疫療法には、他の治療法と比較した時に様々な優位点があります。

  • 手術困難な場合にも使用可能(侵襲性が低い)
  • 副作用がかなり少ない
  • 遺伝子検査を必要としない
  • 他の治療での効果が認められない患者に対する新たな治療手段

手術困難な場合にも使用可能

光免疫療法は手術に比べて侵襲性が低いので、ご高齢で長時間の手術に耐えられないといった場合に有効策となり得ます。ただ、手術困難な場合の治療としては、薬物療法(殺細胞性抗がん剤や分子標的薬など)や放射線治療などが存在するため、それらと比較した上で最も治療効果が見込めるものを選択していただければと思います。

副作用がかなり少ない

光免疫療法は副作用がかなり少ないと言われています。レーザー光を当てた部位での痛みや腫れなどの症状が出る場合はありますが、全身には及びにくいです。光免疫療法特有の副作用として知られる光過敏も、直射日光を避けるなどの工夫によって抑えることができます。光過敏を理解しご協力してくださる患者さんが、光過敏によって副作用を起こした例は今まで見たことがありません。

遺伝子検査を必要としない

多くの個別化医療(分子標的薬など)は、事前に遺伝子検査をしてどこの遺伝子が異常をきたしているかを判断した上で行います。一方で、光免疫療法では、そのような遺伝子検査を行う必要がありません。現在の光免疫療法はEGFRというタンパク質が高発現であれば使うことができます。そして、頭頸部アルミノックス治療が対象としている頭頸部扁平上皮がんではEGFRが99%の確率で高発現することが知られています。ですので、高額な遺伝子検査を行わずに用いることができる点で光免疫療法は優れていると言えます。

新たな治療手段

医師の立場としては、「治療の選択肢が一つ増えた」ことによる恩恵がとても大きいです。がんの治療には、手術、薬物療法、放射線治療などがあります。様々な治療が存在するものの、これらによって全ての患者をカバーできているわけではありません。これまでの治療法では救えなかった患者に対して新たな選択肢を与えることができる点で、光免疫療法の登場はとても重要なのです。

[コラム2] 上咽頭がんに対する劇的な効果


ーー頭頸部アルミノックス治療が特に効果を発揮するのはどのような時なのでしょうか。

篠﨑:「上咽頭がん」と言って、鼻腔の後方で発生するがんに対しては、光免疫療法がとても高い効果を示すことがわかっています。他の部位と比較すると、嘘なんじゃないかと思うくらい効いていて、我々の研究グループで経験した23例のうち、8割ほどでがんが消失しています。他の標準治療に比べると治療効果で劣る光免疫療法ですけれども、このように一部のがんに対してはファーストラインになり得る絶大な効果を発揮することがあります。

<国立がん研究センター東病院>

ホームページ:https://www.ncc.go.jp/jp/ncce/index.html

所在地:〒277-8577 千葉県柏市柏の葉6-5-1

TEL:04-7133-1111(代表)

<日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会>

ホームページ:https://www.jibika.or.jp/

この記事の著者/編集者

ドクタージャーナル編集部(島元)   

薬学・生物学を専門的に学んだメンバーが在籍。ミクロな視点で最新の医療を見つめ、客観的にその理想と現実を取材する。科学的に根拠があり、有効である治療法ならば、広く知れ渡るべきという信念のもと、最新の医療情報をお届けする。

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