#03 医療的ケア児が、地域と世の中を変えていく

在宅療養支援診療所として高齢者から小児、難病、認知症、緩和ケアまで幅広く地域医療に貢献する ひばりクリニックの院長 髙橋昭彦氏は、医療的ケア児の在宅医療に取り組む中で、重度障がい児の子どもを見守る母親たちのために、独自でレスパイト施設「うりずん」をスタートさせる。 それら地域の支援体制の確立に向けた高橋氏の活動に対しては、第10回 ヘルシー・ソサエティ賞や、第4回赤ひげ大賞(日本医師会)が贈られている。 (『ドクタージャーナル Vol.22』より 取材・構成:絹川康夫, 写真:安田知樹, デザイン:坂本諒)

小児在宅医療の現状

寝たきり患者等の家に医師が出向いて診療を行うのが在宅医療ですが、基本的には高齢者の在宅医療も小児の在宅医療もかわりません。しかし、今までは小さい子どもは病気になっても、親が病院の外来に連れてくることができるので、小児の在宅医療は必要ありませんでした。

ところが近年、病院に来ることが困難な小児の患者さんも増えてきました。重度の障がい児は人工呼吸器などの医療機器を付けていたり、胃ろうや痰の吸入のための装具やバッテリーなどで重装備になります。その状態で通院するのは非常に困難です。

そのような子どもでも、月1回とか定期的にかかりつけの専門病院で必要な診察は受けています。皆さん大変な思いをして病院に行くわけです。ですから多少の下痢とか微熱等の軽症で、気軽に専門病院に行くことは難しいですので、おっくうがったり、遠慮したり我慢してしまいます。

しかも、専門病院の数は非常に少なくて、例えば日光に住んでいる患者さんは一番近い自治医大に行くだけでも90分はかかります。中には我慢して風邪をこじらせ肺炎になってしまう子どももいます。その時に私たちがかかりつけ医として駆けつけ、入院しないで済む程度の診療ができたら、子どもの健康状態を保つことも可能です。

また、訪問看護師さんやヘルパーさん、相談員さんなど地域の多職種の方が、病院の医師に電話で相談することは大変な困難を要します。そんな時には、地域で作っている在宅ケアチームの一員として、私たち在宅医が対応します。

さらに在宅医が関わらなければならないことに、自宅で最後まで生きたいという方の看取りがあります。子どもの場合は、病院で亡くなることが多いのですが、中にはがんの終末期などで、家で最後まで過ごしたいという患者さんもいます。その場合は、必ず在宅医が入っていなければならない。それは成人の在宅医療と同じです。

医療的ケア児の抱える課題とは

― 医療的ケア児とは、生活する中で”医療的ケア”を必要とする子どものことをいう。近年の新生児医療の発達により、医療的ケアが必要な子どもが急増している。厚生労働科学研究班の全国調査によると、医療的ケア児数は平成17年の段階で9,403名だったが、平成27年では17,078名と、10年間で7,675名も増えている。
( ※厚生労働科学研究班「医療的ケア児に対する実態調査と医療・福祉・保健・教育等の連携に関する研究」の中間報告より 平成28年12月13日) ―

医療的ケア児の抱える課題の一つは、社会参加が非常に阻害されてしまっていることです。

非常に外出しづらいのです。医療的ケア児の車いすは呼吸器やバッテリーを搭載していますから、特殊なリフトカーなどでないと乗れない。普通の車と違い高価ですから所有は難しい。しかも一緒に付き添ってもらえるヘルパーさんの確保の問題もあります。

外出できたとしても、周囲から理解されない。ある映画館では障がい者の人工呼吸器の音がうるさいと苦情が出たことがあります。彼らの姿が珍しいからでしょう。1人でなくて100人いたら、どうだったでしょうか。

このような世の中を変えていくためには、障がい者の人たちがもっと社会に出ていかなければならない。でもそれがなかなかできない。私は、障がい者の外出こそが、社会参加だと思っています。

もう一つは、最重度の障がいを持つ子どものケアをできる人は、お母さん以外にほとんどいない、ということです。介護のためにお母さんは働くことができない。それまでの仕事を辞めると収入も激減する。24時間の介護で精神的にも追い詰められてイライラする。これはお母さんの責任でしょうか?

学校に入学しても常に付き添いを求められたりもします。18歳で卒業したとしても、今度はその先の行き場がない。就職できなかったらお母さんが家で面倒を見なければならない。多くの負担がお母さん一人に掛かってくるのです。

さらには、親亡き後の子どもの介護の問題が全く解決されていません。親御さんへのアンケートの結果でも、一番心配されているのがこのことです。社会全体で支援できるようにしなければなりません。

例えば、地域に18歳以上の人が暮らせるグループホームのような施設があって、そこで看取りまでできるようであれば、お母さんにとっては安心でしょう。

医療側の課題とは

一方、医療側の課題は医療的ケアを必要としている子どもたちに関わる医師がまだまだ少ないことだと思います。小児在宅医療においてはさらに少ないです。ですから私は機会がある度に、この分野に関心のある医師が増えることを願ってお話ししています。

今、小児科医で在宅医療を行っている医師はごく少数です。理由は、これまでの小児科とは、病気の子どもに病院に来てもらい診察して帰ってもらうというのが一般で、小児科の在宅医療という概念がなかったからです。

一方最近では、内科等の成人の診療科の医師たちの多くが、在宅医療に取り組み始めています。その医師たちが、高齢者だけでなく小児まで診てくれるようになると、小児在宅医療も進みます。実際にそのような医師も増えてきています。今は小児科の先生よりも、内科などの成人医療の先生達のほうがより多く、小児在宅医療に取り組んでいるのではないかと思います。

難しいと思われがちですが、小児在宅医療は経験が大切です。経験を積めば慣れてきます。一人の小児在宅の患者さんから取り組んでもらえれば良いのです。誰でも最初は初心者からのスタートです。私もそうでした。そうやって徐々にではあっても経験を積み、小児在宅医療に取り組んでもらえる医師が増えていけば良いと願っています。

若いうちに在宅医療の現場を見ておくことはとても有意義

ここ最近では、毎年自治医大の5年生が研修に来ています。また毎年1回、自治医大で3年生に在宅緩和ケアの講義も行っています。独協医大の研修医の先生が在宅医療の研修に来ることもあります。最近はそんな若い研修医の先生たちが増えてきています。若いうちに一度でも在宅医療の現場を見ておくことはとても有意義だと思います。

特に当クリニックでは、「うりずん」も併設していますから、そこで医療的ケアを必要としている子どもたちの実際の姿を知ることができます。もともと子どもが好きな学生には、子どもたちと一緒に遊んでもらうこともあります。

その体験を通じて、この子たちも一人の子どもなのだと実感してもらうことが大事なのです。継続して接していると、子どもたちがゆっくりではあっても成長していることが分かります。その気付きを得るのです。

(続く)

この記事の著者/編集者

高橋昭彦 ひばりクリニック 院長 

小児科医。1961年滋賀県生まれ。1985年に自治医科大学卒業後、大津赤十字病院、郡立高島病院、朽木村国保診療所に勤務。1995年より沼尾病院(宇都宮市)在宅医療部長。2002年ひばりクリニックを開業。2006年に重症障害児の日中預かり施設「うりずん」を開所。2012年特定非営利活動法人うりずん設立。2014年第10回 ヘルシー・ソサエティ賞受賞。2016年に現在の地にひばりクリニックを新設移転し、病児保育かいつぶりを併設する。2016年の第4回赤ひげ大賞(日本医師会)を受賞。

この連載について

本人だけでなく家族も支える小児在宅医療とは

連載の詳細

最新記事・ニュース

more

遺伝子専門医でもある熊川先生は、難聴のリスク遺伝子を特定する研究にも携わられてきました。信州大学との共同研究を経て、現在では高い精度で予後を推定できるようになっています。 将来を見据えたライフスタイルの設計のために。本連載最終記事となる今回は熊川先生の経緯や過去の症例を伺いながら、難聴の遺伝子検査について取り上げます。