#02 総合的に診療しないと、耳鼻咽喉科領域の病気はわからない

神尾記念病院は、全国でも珍しい30床の入院設備を持った耳鼻咽喉科単科の専門病院で、1911年(明治44年)に東京・神田で開業してから関東大震災や戦火による消失など幾多の困難を経て現在に至り、2011年で創業100年目を迎えた。神尾友信氏は直系の4代目となる。 一般社会の耳鼻咽喉領域の病気に対するリテラシーは低いが、聴覚、嗅覚、味覚などの人間の五感に関わる病気は患者のQOLを大きく損ない、原因不明や治療できずに苦しんでいる患者は非常に多い。 全国どこでも患者からの相談が受けられる独自の耳鼻咽喉科開業医ネットワーク「アテンディング・ドクター」制度により、全国から患者が来院する。 (『ドクタージャーナル Vol.6』より 取材・構成:絹川康夫, 写真:安田知樹, デザイン:坂本諒)

耳鼻科医を志す研修医が減っている

耳鼻咽喉科で病床を持つということは大変なことです。この規模の耳鼻咽喉科の専門病院は関東では当院だけですし、日本でも5病院くらいしかないと思います。

特に苦労するのが、耳鼻咽喉科の専門医を集めることです。耳鼻咽喉科の専門病院を継続してゆくためには、何と言っても耳鼻科のドクターを揃えておく事が最も大切な仕事で、院長を継承してからの私の一番の苦労もそのことです。

今の研修医制度に変わってから、耳鼻咽喉科は一番人気が無いとも言われており、耳鼻科医を志す人が一番減っているのは大きな問題です。

世間では小児科医や産科医を目指す研修医が少なくなっていると言われますが、実は耳鼻科医が最も少ないのです。

研修医制度が変わってから状況が大きく変わりました。大学病院も今では耳鼻科の入局は少なくなっています。

当病院は研修医の受け入れ機関にはなっていますが、残念ながら当病院では研修医が入ってきても、忙しくてそれを教える余裕が無いのが現状です。

1日300人の患者さんが来院する。1日5,6件の手術を行う。というような状況では研修医を育てることは非常に難しい。ですから責任を持って育てられないならば研修医を受け入れてはいけないと思っています。

しかしこれからは、今後の制度改革に期待しつつ、私たちも専門医療機関として耳鼻科の研修医を育てる仕組みづくりに取り組まなくてはならないと痛感しています。

今は大学病院においても、耳鼻科のドクターが少なく臨床の経験も十分には積めなくなっています。耳鼻科は基本的には外科系ですので、技術を伸ばしたいと願うドクターが当病院を希望されてきます。大体10年位のキャリアを持たれている方が多いです。

耳鼻咽喉領域での術数や治療数では、大学病院や総合病院にも負けない実績がある当病院だからこそ、磨ける技術や積めるキャリアがあります。

だからこそ、当病院で働く医師は自分の技術を伸ばしたいという確かな志がないとここで続けていくのは難しく、それだけ高いレベルも要求されます。

神尾友信

ここなら受け入れてくれるということが大事

一般的に総合病院では耳鼻科はあまり重きを置かれませんが、当病院では耳鼻科が一番上で、その下に内科医、麻酔科医、精神科医、臨床心理士などが置かれている点が神尾記念病院の特徴です。

単科病院と言えどもこれだけの診療科目を揃えるのは、それだけ総合的に診療しないと耳鼻咽喉科領域の病気はわからないからです。

患者さんの中には、たくさんの病院で診察を受けたものの結果に納得できずに悩まれ、当病院を受診される方も多くおられます。

現実に治せないとされる病気の中には未だ原因すら解明できていないものも多く、患者さんに納得してもらう説明を行うことが難しいことも事実です。

当病院はそういった患者さんに対して、現状や今後できる治療内容を丁寧に説明し、次のステップへ進んでいただくための足がかりを作ることも大切であると考えております。

ここまでして患者さんはやっと安心できるのです。「ここにくれば、受け入れてくれる」ということが大事なのです。それだけでも患者さんの辛さは随分減少します。

何で治らないのかを説明されるだけでも患者さんは納得します。耳鼻咽喉科領域では、原因も理由も分からないまま放置されている患者さんがそれほど多くいるという事でもあるのです。

病気に悩む患者さんの気持ちを治すのは『癒し』だと思います。

私は院長に就任以来、耳鼻科領域で悩んでいるすべての患者さんの抱える不安な気持ちを癒すためにスタッフ全員がおもてなしの心をもち、最高のチームワークで医療に取り組むことに力を注いできました。このことは、入所されるドクターにもその都度しっかりと理解してもらっています。

多様な連携医療への取り組み

耳鼻咽喉科領域の疾患で当院を受診された患者さんの中には、耳鼻咽喉科領域以外の疾患が見つかる場合もあり、中には、より専門的な設備や治療技術が必要になるケースもあります。

このため当病院では、多くの医療機関と連携を進め、必要に応じてそれらの医療機関へご紹介するシステムを整えています。

「周辺医療の連携への取り組み/アソシエイト・ドクター」

当院では耳鼻咽喉科と関連の深い診療科である、内科・形成外科・脳神経外科・精神科等の専門医の先生方に「アソシエイト・ドクター」として診療に参画していただいています。

「全国的な医療連携への取り組み/アテンディング・ドクター」

当病院ではサテライト方式による、セミ・オープンシステムの「アテンディング・ドクター」制度を導入しています。これは、当病院の医療理念をご理解されている全国の耳鼻咽喉科診療所の先生方にアテンディング・ドクターとしてご登録頂き、当病院の検査機器や手術設備を利用して頂くシステムです。

これによって患者さんの紹介・逆紹介を行うほか、患者さんの急性期・重症期は当院でしっかりと治療を受け、症状が落ち着いた後は、ご自宅の近隣の医療機関で治療を継続して受けて頂く事ができるというメリットがあります。

先代、先々代からの当病院に関わりのある先生たちも多く、現在は全国の60医師ほどに登録を頂いています。この充実した連携体制により、患者さんに安心を提供できるのも当病院の歴史が成せるサービスと自負しています。

この記事の著者/編集者

神尾友信 医療法人財団 神尾記念病院 理事長 院長 

1993年 帝京大学医学部卒業、1993年 日本医科大学付属病院耳鼻咽喉科、1995年 山形県北村山公立病院耳鼻咽喉科、1996年 日本医科大学付属病院耳鼻咽喉科、1999年 日本医科大学付属千葉北総病院耳鼻咽喉科、2001年 神尾記念病院入職、2010年 神尾記念病院 4代院長就任
専門領域:鼻副鼻腔手術、耳鼻咽喉科一般
専門医・認定医・学位:日本耳鼻咽喉科学会認定専門医、日本耳鼻咽喉科学会認定補聴器相談医
所属学会:日本耳鼻咽喉科学会、日本聴覚医学会、日本鼻科学会、日本耳科学会、日本めまい平衡医学会

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遺伝子専門医でもある熊川先生は、難聴のリスク遺伝子を特定する研究にも携わられてきました。信州大学との共同研究を経て、現在では高い精度で予後を推定できるようになっています。 将来を見据えたライフスタイルの設計のために。本連載最終記事となる今回は熊川先生の経緯や過去の症例を伺いながら、難聴の遺伝子検査について取り上げます。