#03 病院経営でいちばん重要なのは、職員の雇用をしっかりと守ること。

一般病床12床、緩和ケア病床34床の46床で7:1の看護体制を敷き、緩和ケアと在宅支援に取り組む医療法人社団 杏順会越川病院。越川貴史院長は、行き場を失った終末期の「がん難民」をなくしたいという思いから、経営コンサルタントなど外部のサポートを一切借りず自らの手で、自院完結型の連携医療の経営モデルを作り上げた。 「緩和医療は急性期医療です。」という。緊急の患者には越川院長自らスピーディーに入院調整を行い、95%の病床稼働率を維持している。独自の緩和ケアの取組みを越川院長に聞いた。 (『ドクタージャーナル Vol.11』より 取材・構成:絹川康夫、写真:安田知樹、デザイン:坂本諒)

これからの緩和ケア病棟とは

当病院のように緩和ケアを提供する病院もあれば、またいろいろなニーズにあった緩和ケアの提供があってよいと思います。

緩和ケア病棟は看取りの場でもあるけれども、それだけではありません。厚生労働省「緩和ケア病棟入院料の施設基準」にも、緩和ケア病棟の要件の中に在宅支援を行うことがあります。また緩和ケア病棟でも緊急対応をするように、ともなっています。現実にはまだ困難なことも多いと思います。

在宅支援については患者さんの帰りたいという思いがあっても、実際に在宅で看取りまでできるのか、という現実の問題があります。それをどう見極めて、どのようなマネジメントを行うか。個々の余命や複雑な事情もあり、時には再入院が必要になるケースもあります。

ただ在宅支援をすればよいというわけにはいかないのです。ですから私たちのような病院が、行き場を失った患者さんにとってはある意味では最後の砦のような役割を担っていると思っています。

当病院では在宅に戻す判断をしたら、1週間で迅速に調整します。たとえば、点滴投与をしている患者さんであったら、ご家族に点滴の投与方法の指導をします。そして症状のマネジメントを在宅仕様にする。薬の種類も在宅で使えるものに切り替えます。

ご家族に負担をかけずに、いかにシンプルにしていくかがポイントです。同時にそこからのケアプランを家族と話し合いながら一緒に調整していきます。

退院後にはスムーズに訪問看護や訪問診療をはじめます。薬剤師には、訪問診療の際の処方箋指導も行います。保険調剤薬局では麻薬の処方ができないところもあります。特に医療用麻薬など、どこの薬局に適切な薬が備えられているのかまでも家族に伝え、知っておいてもらうよう指示します。そのようなマネジメントを我々が多職種で行うわけです。

独自のフローシートやマニュアルを開発

私たちが在宅支援を円滑に行えるのは、その背景に、医師とコメディカルとのしっかりとした連携体制があるからです。それが大規模病院ではなく私どものような小規模病院の強みでもあります。

当病院では院内で行うケアマネジメントのフローシートも独自で開発しています。全職員のケアのクオリティを維持するために、様々なマニュアルやフローチャートも作りました。患者さんやご家族のために作成した「在宅療養をはじめる方へのアドバイスブック」は、新たに入職したスタッフの研修にも使われていますし、当病院の「緩和ケアマニュアル」には様々なケアの模範対応を記載しています。

これらは全てに独自に考えたもので、ケアマネジメントも併せて、スタッフと共に常にバージョンアップを行っています。

私は経営に関しても外部の専門コンサルトを導入したことはありません。いろいろな人の意見を聞くことはあっても、私の信念としては、自分の行く道を他人にコンサルトしてもらうことは経営者としてあるべき姿ではないと思っています。

病院経営の基盤は人材です

病院全体の人員構成は、常勤医が5名、看護部長のほかに、がん看護専門看護師が1名、がん性疼痛看護認定看護師が1名と現在認定取得中の看護師が1人います。認定看護師の研修は毎年出していきたいと考えています。

基本的に看護師は全員が正規雇用です。非常勤雇用はしない方針です。どうしても帰属意識や責任感が弱くなってしまいますから、大事な患者さんを任せるわけはいきません。現在は、緩和医療を希望する看護師は比較的多いので、長期的に不足することは今のところありません。

また緩和医療における薬剤師の役割も非常に重要です。当院では2名の薬剤師が常勤しており、薬局長は学会のシンポジストの経験もあり、外部でも教育担当をこなせるレベルの人材です。

また、当院の調剤室には数多くの種類の医療用麻薬を備えており、使用量の多さも都内では有数です。最近では外部の大手保険調剤薬局からの依頼で、当院での薬剤師の研修も行いました。

越川貴史

スタッフを守る

病院経営でいちばん重要なのは、職員の雇用をしっかりと守ることですね。職員を守れなければ患者さんも守れません。

それと赤字を出さないこと。それが私の信念です。そのためには、常に数字を把握して経営状態をチェックするのは当然ですが、スタッフを大事にしてベースアップや職場環境の整備を行い、少しでも帰属意識が高まるような病院経営を心がけています。

「この病院のためなら、この患者さんのためなら一生懸命に頑張れる」というスタッフが一人でも多くいてくれれば、それが強い病院経営につながると思うのです。単に数字を追いかけるのはなく、スタッフを継続的に教育し、患者さんやご家族への対応力を上げて行くことがいちばん大事だと思っています。

またスタッフ支援の一つに育児短時間勤務制度があります。小学校就学前までの子を養育する職員が利用できるように、対象範囲を拡大したところ、結婚や出産を期に一度退職したけれど、その後子育てを終えて再び戻ってきてきれた看護師が何人かいます。そうした取組みに対して「杉並区子育て優良事業者表彰 優良賞」を受賞しました。

時代が追いついてきた

時代のニーズは在宅医療にあると実感しています。10数年前から緩和ケアの在宅支援に取り組んできたのも、当時、当り前と思われていたことに疑問に感じ、その疑問に対して当たり前の対応をしてきただけで、特別なことをしてきたつもりはありません。

先見の明とは思いませんが、近年における保険診療の在宅医療への強化は、私たちが取り組んできたことが間違っていなかったのだと実感しています。

新病院の建設構想も、高度に専門特化した医療の提供と病院経営を軌道に乗せるためには何が必要かということをきちんと分析して、関連する部署を立ち上げ、越川病院の緩和ケアの流れを作ったことが、実を結んだ結果と思っています。

新病院で小さくても強い病院経営を目指す

今の病院では病室の広さや設備的な問題もあり、より快適な療養環境や職場環境の整備のために、現在、杉並区内で別の場所に移転計画を進めています。

新しい病院の病床数は45床位の予定で、3/4が緩和ケア病床、1/4を一般病床とする予定です。これは通常とは逆の病床数です。なぜなら一般病床で緊急の対応と急性期の症状マネジメントをし、症状マネジメントができた患者さんを緩和ケア病床に転床して、その後なるべく迅速に在宅支援をする。

緊急の受け皿を一般病床で行おうとしているので病床数を逆にしてあるのです。経営的な側面からいうと、緩和ケア病棟のほうが在院日数を長くとれると利点もあります。

今回の移転計画の立案に際し、病床の稼働率や在院日数、人件費、予想診療報酬等、全ての条件を基に銀行も納得するほどの詳細な病院経営シミュレーションを作りました。

新病院では100%正看護師で、全体で70~80人が正規雇用になります。職員の生活を守るという意味でも、小さくても強い病院経営を目指すつもりです。

※編集部注 越川病院は、平成27年 9月に現在地に新築移転しました。

この記事の著者/編集者

越川貴史 医療法人社団 杏順会 越川病院  理事長・院長 

医療法人社団杏順会越川病院理事長・院長。
一般内科・消化器科 1995年日本大学医学部卒業、日本大学第三内科入局。2001年医療法人社団 杏順会 越川病院開設し院長に就任。2003年から国立がんセンター中央病院緩和ケア科研修生(5年間)。
日本緩和医療学会指導医認定、日本緩和医療学会認定医、東京慈恵会医科大学緩和ケア診療部非常勤診療医長

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遺伝子専門医でもある熊川先生は、難聴のリスク遺伝子を特定する研究にも携わられてきました。信州大学との共同研究を経て、現在では高い精度で予後を推定できるようになっています。 将来を見据えたライフスタイルの設計のために。本連載最終記事となる今回は熊川先生の経緯や過去の症例を伺いながら、難聴の遺伝子検査について取り上げます。