#04 公的保険制度に風穴を開ける

東京都町田市の戸建て住宅が立ち並ぶ閑静な住宅街の中にある、西嶋医院とケアセンター成瀬。 この地域で西嶋公子院長は、40年近くにわたり地域のかかりつけ医として、外来診療と在宅医療に取り組んでいる。 特筆すべきは、住民のボランティアグループの結成や、地域ケアの拠点「ケアセンター成瀬」の建設陳情活動など、常に自らが中心となって、住民参加による街づくりに尽力してきたことだ。 「常にみんなで意見を出し合い、みんなの合意の上で全てを決めてきました。私への反対意見があった時でも、必ず全ての意見を尊重してきました。多数決や強制で決めたことは、一度もありません。」と、住民参加型の街づくりにこだわってきた。 長年の活動に対して、平成27年に第3回「日本医師会 赤ひげ大賞」が贈られている。 西嶋公子院長は自らを、住みやすい街づくりのコーディネーターであり、オルガナイザーと自認する。 (『ドクタージャーナル Vol.28』より 取材・構成:絹川康夫、写真:安田知樹、デザイン:坂本諒)

平成18年の介護保険制度見直しで、悪性腫瘍の第二号被保険者への介護保険適用を実現させる

平成16年と平成17年に、厚生労働省から介護保険制度の中の、ターミナル・ケアにかかわる分野の見直しのためのヒアリングに呼ばれました。

その時に私が強く訴えたのが、悪性腫瘍の第二号被保険者への介護保険適用の妥当性でした。

当時、介護保険制度には、様々な矛盾や問題点が浮き彫りになっていました。

40歳から64歳の第二号被保険者の悪性腫瘍の患者さんは、特定疾患に認められていなかったので介護保険料を負担しているにもかかわらず、介護保険を利用できなかったのです。

介護=高齢者という図式から発生している制度の矛盾です。

私はこの矛盾の見直しを提言しましたが、そのためには裏付けとなるエビデンスが必要と思い、全国の知り合いのドクターに電話をかけまくり、個人のネットワークをフルに駆使してたくさんの症例を集めました。

全国の先生方のご協力の結果、悪性腫瘍の第二号被保険者(40~64歳)のデータが289例も集まりました。

私の持つ73例の悪性腫瘍の第一号被保険者(65歳以上)のデータと、予後も含めて比較分析したところ、両者とも全く同じ状況なのに、一方は介護保険が使えていて、一方は介護保険が使えていないという、制度の矛盾がはっきりと浮かび上がりました。

これらのデータに裏付けされたペーパーを厚生労働省に提出した結果、平成18年から第二号被保険者でも悪性腫瘍末期の患者さんは、介護保険が利用できるようになりました。

介護保険の適用拡大で可能になった訪問入浴で、気持ちよさそうな患者さんの姿を見た時、そしてご家族から感謝された時、とても嬉しかったし、頑張って良かったと思いました。

公的保険制度に風穴を開けることは大変なことでしたが、私が地域のかかりつけ医であることと、そして多くの協力してくれる仲間がいたからこそ、できたことだと思っています。

※表参照

※悪性腫瘍(末期)介護保険被保険者の比較
第1号被保険者(65歳以上) 
73例
第2号被保険者(40~64歳)
289例
男:女 70%:30% 51%:49%
平均死亡年齢 75.4歳 55.9歳(40~64歳)
平均介護者数 1.5名
夫10%、妻63%、親0%、
子59%、その他23%
1.4名
夫30%、妻47%、親8%、
子32%、その他20%
平均在宅療養日数 69日 58日
転帰 在宅97%、入院3% 在宅85%、入院15%
訪問看護 97% 79%
訪問介護 32% 3%
介護機器 ベッド(70%)エアーマット(53%) ベッド(13%)
医療処置 IVH18%、HOT23%
吸引機15%
IVH27%、HOT35%
吸引機9%

この記事の著者/編集者

西嶋 公子 医療法人公朋会 理事長 

医療法人社団公朋会理事長、西嶋医院院長。社会福祉法人創和会理事長。NPO在宅ケアを支える診療所市民ネットワーク理事、社会福祉法人創和会理事長、町田介護支援ネットワーク協同組合代表理事、平成27年 第3回「日本医師会 赤ひげ大賞」受賞。昭和45年 東京医科歯科大医学部卒、昭和47年 国立小児病院、国立療養所神奈川病院勤務。昭和54年 西嶋医院開設、平成元年 ボランティアグループ「暖家の会」設立、平成5年 センター建設促進住民の会 事務局長、平成8年 「ケアセンター成瀬」施設長、平成9年 西嶋医院を医療法人社団公朋会に改組。

この連載について

住民参加型の地域包括ケアを志向し、 コーディネーターとして住みやすい街づくりに尽力する

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