がん遺伝子検査の開発者が語る思い 全ての患者さんを救うために

肺がんの遺伝子検査の第一人者である萩原先生が語る本連載、最後の記事となる本記事では、細胞診検体を用いた遺伝子検査MINtSの展望やこれまでの検査開発について、萩原先生が思いの丈を打ち明けます。

――MINtSは今後普及していく段階にあるということでしょうか?

全ての検査に言えることですが、患者さんの病態や環境は様々で、最も適した検査は異なってくると思います。MINtSは万能の検査ではありません。しかし、MINtSが適した患者さんは少なからずいらっしゃいます。MINtSがあることで検査の選択肢が増え、より多くの患者さんが最適な治療を受けられるようになると思います。選択肢として耐えうる良い検査を提供していきたいと考えています。

気管支鏡によって組織診検体を採取できない患者さんは少なからずいますが、多くの患者さんは組織診検体を採取することができます。つまり、そういった患者さんに対しては必ずしもMINtSを使う必要はありません。

MINtSでしか救えないような残りの患者さんを救うことで、全ての患者さんをカバーしたいと考えています。

また、どの国でも細胞診検体で検査を行う必要のある患者さんは必ずいらっしゃいます。そのような患者さんにこの検査を使ってほしいと思っています。

そのために、ちゃんとした検体採取の手技を確立させ、それを各施設に実践してもらうことで、MINtSをもっと良い検査にする必要があると考えています。

――やはり先進医療ということもあり、「お金がかかるのでは?」といった疑問を抱かれる患者さんもいるのではないかと勝手ながら推測しているのですが、そのあたりはどうでしょうか?

この検査は無料にしたんです。まだ保険適用はしていない先進医療の段階ではありますけれども、スポンサー企業に負担していただいてやっております。できるだけ検査の良い部分だけを患者さんが享受できるようになればなと思い無料にしました。

――萩原先生がこの検査の開発に携わり続けた理由は何ですか?

私が先頭に立って遺伝子変異検査をやりはじめた頃、私はそれぞれの患者さんの遺伝子変異に合った治療をすることが効果的であるということを示す真っ只中にいたので、自分の作った検査でその辺りを確立しようと思ったのです。

最初の頃は、先輩医師から「遺伝子って何?タンパク質ですか?」などと言われるほど、原理や意義を伝えていかないと受け入れてもらえない所からのスタートでした。しかし、救われない患者さんを救うためには細胞診検体を用いた遺伝子検査を作っていかなければならないということで、仲間と共に頑張ってきました。その結果、我々が作った検査がある程度形になってきて良かったなと思います。

――目先の利益に目もくれず、患者さんのために頑張っていらっしゃった姿はとても尊敬します。

多くの医療者や研究者は、患者さんのために頑張っています。自分もその一員でいられたことを嬉しく思います。次の人たちにバトンをうまく渡せるように、今後とも努力していきたいと考えています。

――がんの治療において大事なことはなんだと考えますか?

様々な治療を組み合わせる「集学的治療」の考え方は大事だと思いますね。

昔は、内科医は病気を薬でどうにかしようとか、外科医だと手術でどうにかしようと考えることが多かったのですが、最近ではそれらの治療の組み合わせや役割分担が重要であることが数々の臨床試験を通じて分かってきたんです。そして、そういった臨床試験のためのインフラストラクチャーも整ってきており、これからもどんどんレベルが上がってくると思います。

それとともに、患者さん自身のことを考えることも重要だと思っています。やはり患者さんを見ていると、自主療養を続けるだけでもつらいと言う人も多く、治療を続けられるような心の支えになる必要があると思っています。

癌治療は、癌という病気をどのように治すかということを中心に進んできました。しかし、人間はいつか、なんらかの病により死を迎えます。そこに至る過程では、自分がどのように人生の最後を生きたいかを決めていく過程があります。また、周囲の人もどのように個人を支えていくか考えていく過程があります。それを支える医療者も、チームとしてどのように最適な治療手段、療養環境を作っていくかを考えていく過程があります。このような様々な精神的な過程をどのように行なっていくか、近年様々な議論がなされ、方法論が提示されるようになりました。患者さんの希望を繰り返し確認し、どのように人生の最後を過ごすかを考えるアドバンスケアプラニング、患者さんを支えるチームが最適な医療を考えるための精神的な土台としての心理的安全性(サイコロジカルセイフティー)などが新たな概念として導入されています。現在の医療は、科学的な面でも大きく進歩していますが、それを取り巻く精神的な面でも大きく進歩しています。皆さんにも、技術的、精神的、環境的など、様々な面から、癌治療の進歩に参加していただきたいです。

あとがき

肺がんの化学療法の中でも、分子標的薬はかなり効果的です。本連載では、分子標的薬を使うために行う遺伝子検査のうち、細胞診検体を用いたものに焦点を当て、その重要性や課題について萩原先生が語りました。この検査は、細胞診検体の方が採取しやすいにもかかわらず細胞診検体に適した遺伝子検査が確立されていない日本の現状を改善するためにとても重要です。また、驚くべきことに、課題となっているのは技術面ではなく検体採取の際のヒューマンファクターだったのです。萩原先生が先頭に立って行っている検体採取の手技の確立が、この検査をさらに良いものとすることで、より多くの患者さんを救えるようになることが望まれます。筆者自身も、十分に知られていない医療情報を伝えていくことで、全ての患者さんを救うことに貢献していきたいと思います。

また、先進医療「細胞診検体を用いた遺伝子検査」を実施している医療機関は以下のページからご覧になれます。

https://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/isei/sensiniryo/kikan02.html

<自治医科大学 呼吸器内科学部門>

ホームページ:https://www.jichi.ac.jp/usr/kokyu/index.html

TEL:0285-58-7350

この記事の著者/編集者

ドクタージャーナル編集部(島元)   

薬学・生物学を専門的に学んだメンバーが在籍。ミクロな視点で最新の医療を見つめ、客観的にその理想と現実を取材する。科学的に根拠があり、有効である治療法ならば、広く知れ渡るべきという信念のもと、最新の医療情報をお届けする。

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遺伝子専門医でもある熊川先生は、難聴のリスク遺伝子を特定する研究にも携わられてきました。信州大学との共同研究を経て、現在では高い精度で予後を推定できるようになっています。 将来を見据えたライフスタイルの設計のために。本連載最終記事となる今回は熊川先生の経緯や過去の症例を伺いながら、難聴の遺伝子検査について取り上げます。