#02 リキッドバイオプシーが実現する がん再発予測・早期発見
連載:血液でがんを見つける、理解する 「リキッドバイオプシー」最前線
2026.02.14
リキッドバイオプシー研究の第一人者である、オックスフォード大学の中村能章先生が語る本連載、2記事目となる本記事は、リキッドバイオプシーの新たな可能性「がん再発予測・早期発見」についてです。
取材協力:中村能章先生(オックスフォード大学 腫瘍学部門)

■略歴
2009年3月 大阪大学医学部卒業
2009年4月〜2011年3月 天理よろづ相談所病院 初期研修医
2011年4月〜2014年3月 亀田総合病院腫瘍内科 後期研修医
2014年4月~2019年3月 国立がん研究センター東病院 消化管内科レジデント・がん専門修練医
2019年4月~2022年4月 国立がん研究センター東病院 トランスレーショナルリサーチ支援室医員/消化管内科医員
2022年5月〜2025年4月 国立がん研究センター東病院 国際研究推進室室長/トランスレーショナルリサーチ支援室医員/消化管内科医員
2025年5月〜現在 University of Oxford, Department of Oncology, Royal Society Wolfson Visiting Fellow、国立がん研究センター東病院 トランスレーショナルリサーチ支援室外来研究員
リキッドバイオプシーを用いた、がんの再発予測
中村:手術でがんを摘出した後に、リキッドバイオプシーを用いて再発を予測する検査も存在します。 手術によってがん細胞を完全に取り除くことができていれば、術後1ヶ月ほどで血液中からがん細胞由来の物質(DNAやRNA)は消えているはずです。しかし、もしリキッドバイオプシーでこれらが検出された場合は、体内にがんが残っており、再発のリスクが高いことを示しています。

がん再発予測の精度
中村:私が携わっている大規模プロジェクト「CIRCULATE-Japan(サーキュレートジャパン)」では、6,000人以上の大腸がん患者さんを対象に、リキッドバイオプシーによる再発予測の検証を行いました。 その結果、手術後1ヶ月時点での検査感度は約60%でした。つまり、後に再発してしまった患者さんのうち、6割の方は術後わずか1ヶ月の段階で「再発リスクあり」と予測できたのです。一方で特異度、つまり「実際に再発しない人が再発リスクなしと判定される確率」も90%を超えており、この点でも優れた検査だと言えます。

中村:この検査の最大の意義は、「時間の猶予」が生まれる点にあります。リキッドバイオプシーで陽性反応が出てから、実際にCT検査などの画像診断で「再発」が確認されるまでには、平均して半年ほどのタイムラグがあることがわかっています。 従来であれば再発が見つかるまで待つしかなかったこの「半年間」に、先回りして抗がん剤治療を行うことで、再発を未然に防ぎ、完治を目指すことができる可能性があります。
中村:もちろん、術後1ヶ月の検査だけですべてが決まるわけではありません。1回だけでは見逃してしまう小さながんも、数ヶ月おきに繰り返し検査を行うことで、捉えられる確率が格段に上がることがわかっています。 単発では完璧な検査ではなくとも、時系列で確認し続けることで、限りなく完璧に近い精度で再発を予測できるようになります。

がん再発予測検査実用化の展望
中村:近年、特定のがん種においてはリキッドバイオプシーを用いた再発予測検査で、非常に良好な成績が報告されています。 特に「膀胱がん」においては、再発予測の精度が高いだけでなく、予測結果に基づいて治療を行うことが、実際に患者さんのメリットになることが示されました。
中村:具体的には、検査で「陽性(再発リスクあり)」と判定された患者さんに対して早期に治療介入を行うことで、統計学的にも有意に「無病生存期間(※1)」と「全生存期間(※2)」を延長できることが証明されたのです(※3)。「リキッドバイオプシーの結果で治療を変えることが、予後の改善に直結する」ということを示した世界初のエビデンスであり、この成果を皮切りに、検査の実用化・保険適用への動きが一気に加速していくと期待しています。
※1 無病生存期間…再発せずに生存できる期間。
※2 全生存期間…診断後に生存できる全期間。
※3 原著論文…Powles T, Kann AG, Castellano D, et al. ctDNA-Guided Adjuvant Atezolizumab in Muscle-Invasive Bladder Cancer. N Engl J Med. 2025;393(24):2395-2408. doi:10.1056/NEJMoa2511885
リキッドバイオプシーを用いた、がんの早期発見
中村:リキッドバイオプシーは、がんの「早期発見」の分野でも研究が急速に進んでいます。 特に近年注目されているのが、特定のがん1種類だけを調べるのではなく、一度の採血で複数のがんを同時に検査する「MCED(Multi-Cancer Early Detection:多がん早期発見)」というアプローチです。
中村:早期発見が進行がんの治療や再発予測と決定的に違うのは、検査対象が「まだがんと診断されていない人」である点です。当然、手術で採った組織などは手元にありません。組織生検が不可能な段階だからこそ、採血だけで実施できるリキッドバイオプシーの強みが最大限に発揮される領域だと言えます。

がん早期発見の精度
中村:現在、米国の GRAIL 社が開発している「Galleri」という検査では、「陽性(がんの疑いあり)」と判定された人のうち、実際にがんが見つかった人の割合(陽性的中率)は 40 ~ 60% ほどだったと報告されています(※4,5)。 「半分も外れるのか」と思われるかもしれませんが、従来のがん検診(便潜血検査やレントゲン検査など)では、陽性と診断されても実際にがんである確率は 10% 未満とされています。これらに比べると、かなり精度の高い検査であることがわかると思います。
※4 原著論文①…Schrag, Deb et al. Blood-based tests for multicancer early detection (PATHFINDER): a prospective cohort study. The Lancet, Volume 402, Issue 10409, 1251 - 1260
※5 原著論文②…Nabavizadeh, N. et al. LBA64 Safety and performance of a multi-cancer early detection (MCED) test in an intended-use population: Initial results from the registrational PATHFINDER II study. Annals of Oncology, Volume 36, S1605
中村:また、この検査で特筆すべきは、特異度、すなわち「がんでない人を正しく『陰性(異常なし)』と判定する能力」が 99% 以上と報告されている点です。 早期発見において、この「特異度の高さ」は何より重要視されます。もし、実際にはがんではないのに、検査で誤って「陽性」と判定されてしまったらどうなるでしょうか。
中村:医師は「検査で反応が出た以上、どこかにがんがあるはずだ」と考え、CT や MRI 、内視鏡など、身体中の精密検査を行うことになります。しかし、実際にはがんはないわけですから、いくら探しても病変は見つかりません。 すると「見つからないのは検査が足りないからだ」と、不必要な検査が延々と続くことになりかねないのです。これは受診者にとって多大な精神的・身体的負担になりますし、医療経済的にも大きな損失です。だからこそ、不特定多数が受ける早期発見の検査には、「健康な人を間違って陽性にしない」という、極めて高い精度が求められるのです。

リキッドバイオプシーの今後の展望
中村:私自身の専門は消化管内科で、普段は主にステージ 3 や 4 といった進行がんの患者さんと向き合っています。 こうした場合、抗がん剤などの薬物療法で延命することはできても、がんを完全に治し切ることは非常に難しいのが現実です。手を尽くしても、どうしても救えない命があるーーだからこそ、「治せる時期にがんを見つける」可能性を秘めた早期発見に一番期待しています。
中村: また、現在実用化されつつある早期発見の検査は、すでに体内にある「まだ見つかっていないがん」を見つける、いわゆる「二次予防(※6)」の段階にあります。しかし、リキッドバイオプシーの技術がさらに進化すれば、その一歩先へ行けるはずです。つまり、まだ体内にがんは出現していないものの、将来的に発症するリスクが極めて高い状態を事前に診断する「一次予防(※7)」が可能になると考えています。
中村: このリキッドバイオプシーによる「一次予防」を実現できた人は、まだ世界に一人もいません。しかし、がんになってから治すのではなく、がんになる前に防ぐーー私はこの技術の可能性を信じ、挑戦を続けていきます。
※6 二次予防…病気を早期に発見し、早期治療につなげることで重症化を防ぐこと。がん検診などがこれに該当します。
※7 一次予防…病気そのものが起こらないように未然に防ぐこと。生活習慣の改善や予防接種などが一般的ですが、リキッドバイオプシーの文脈では、遺伝子レベルの超早期リスク診断による先制医療が期待されています。

(#03へ続く)




