#05 高瀬義昌氏「在宅医療はレスキューシステムです。」

東京都大田区で訪問診療を中心に取り組む「たかせクリニック」。院長の髙瀬義昌氏は臨床医学の実践経験・家族療法の経験を生かし、「高齢者が安心して暮らせる街」作りに取り組んでいる。 高瀬義昌氏の活動は、24時間在宅診療、医師会、地域ケア行政、日米医学医療交流、執筆、テレビ、マスコミでの啓発活動等、幅広い分野に及んでいる。 「認認介護」という言葉で、認知症の人が認知症の人を介護しているという現実を最初に訴えたのも高瀬義昌氏だ。 同氏は、在宅療養空間というシステムを安定させること、『システムスタビライザー』として機能することが在宅医療の役割だという。 (『ドクタージャーナル Vol.17』より 取材・構成:絹川康夫, 写真:安田知樹, デザイン:坂本諒)

在宅診療の卒業式

私たちは、在宅の患者さんで一人では歩けなかったり食事ができなかった方が自分でできるようになった時には、在宅診療の卒業式をしています。

式では患者さんを表彰しお花を贈呈して、在宅医療からの卒業を称えます。こんな事をしているのは極めて珍しいのではないでしょうか。私どもでは在宅医療の在り方を示す時代のモデルルームでありたいと思っているのです。

医療者として、特にプライマリ・ケアでは、患者さんに行動変容を起こしていくのが本当のプロの仕事だと思います。

患者さんの行動変容や認知の変容ができなかったら、それは医療側の力量不足にあると考えるべきで、医療者は常にカウンセリングとコーチングのクオリティをブラッシュアップしなければならないと思っています。

支援の本質とは何か

日本のキャリア研究の第一人者で、神戸大学大学院の金井壽宏教授が監訳された本で、エドガー・H・シャインの「HELPING」(邦題『人を助けるとはどういうことか 本当の「協力関係」をつくる7つの原則』があります。

エドガー・H・シャインは、組織心理学者として世界的に高名なマサチューセッツ工科大学の名誉教授です。

組織行動論におけるクリニカル・アプローチやプロセスコンサルテーションを考案した組織論の第一人者で、私が尊敬する学者の一人で、2011年には渡米してご本人と面会しました。

エドガー・H・シャインは「HELPING」の中で、相手のためになりたいと思って接するのに、それが意外と難しいことに気付かされることが多い。親切が仇になることもよくあるが、それは、助けを求める側が助言に耳を傾けないから生じることもあろう。

だが、助ける側が、相手の要望に耳を傾けることなしに、頭ごなしに答えめいたものを押し付けているせいであることも多い。と援助の本質とは何かを「支援学」として解説しています。

援助の本質とは、何でも全部してあげることではありません。在宅医療における支援の在り方の答えがここにあるように思います。まずこのことを、医療を提供する側が理解していなければなりません。

在宅医療はレスキューシステムです。

厚生労働省の新オレンジプランの中で、2025年には認知症の人が700万人になると言われています。そうなると地域包括ケアはマンパワー不足などで、そこから漏れ落ちてしまう人たちが沢山出てくると予想されます。病院では対応できません。

その人たちのレスキューシステムこそが在宅医療だと思っています。在宅医療に取り組んでいる医師はキャッチャーボートのようなものです。地域の医療現場で見ているから在宅医にはいろいろな患者さんの情報が入ってきます。

それに対していち早く対応し、患者さんを地域の中で見守ります。当然リスクもありますから緊急時には安全に病院に繋ぐなど、いわば懐深い病診連携が大切です。しかし対応できる病院が少なくなっているのが現状と言えます。

これでは、キャッチャーボートがあっても母船がないのと同じです。

この記事の著者/編集者

高瀬義昌 医療法人社団 至髙会 たかせクリニック 院長 

医療法人社団至髙会理事長、医学博士、認知症サポート医。
1984年、信州大学医学部卒業。東京医科大学大学院修了、医学博士。麻酔科、小児科研修を経て、包括的医療・日本風の家庭医学・家族療法を模索し、2004年、東京都大田区に在宅医療中心の「たかせクリニック」を開業する。在宅医療における認知症のスペシャリストとして厚生労働省推奨事業や東京都・大田区の地域包括ケア、介護関連事業の委員も数多く務め、在宅医療の発展に日々邁進している。『はじめての認知症介護』『自宅で安らかな最期を迎える方法』など著書多数。

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在宅医療のフィールドを使ったハイパフォーマンスヘルスケア

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