#03 核酸医薬siRNAの歴史ーー研究者たちの努力の結晶

核酸医薬研究の第一人者である程先生が核酸医薬の一種である siRNA(エスアイアールエヌエー)医薬品について語る本連載、3記事目となる本記事は、siRNAの歴史と程先生の研究に対する思いについてです。

siRNAの歴史

■ 1998年:「RNA干渉(RNAi)」の発見

siRNAの歴史は、1998年、アメリカのアンドリュー・ファイアー博士とクレイグ・メロー博士による論文から始まります。線虫という生物を使った研究で、二本鎖RNAを投与すると、特定の遺伝子の発現が抑えられる現象を発見しました。このメカニズムは「RNA干渉(RNAi)」と呼ばれ、生物が持つ遺伝子調節の仕組みとして大きな注目を浴びます。この研究により、両博士は2006年にノーベル生理学・医学賞を受賞しています。

このRNA干渉という仕組みを利用したのが、siRNAです。人工的に作ったsiRNAを体外から投与することで、RNA干渉を引き起こし、特定の遺伝子の発現を抑制します。

■ 2000年代:siRNA医薬品化への挑戦

RNA干渉の発見以降、siRNAを使って病気の原因となる遺伝子を抑制する医療技術への期待が急速に高まりました。2000年代には多くの製薬企業が参入し、siRNAを医薬品として開発する取り組みが進められました。

しかし、当時は以下のような技術的課題が立ちはだかりました。

  • 安定性の低さ:siRNAが体内ですぐに分解されてしまう
  • オフターゲット効果:正常な遺伝子にも作用してしまい、思わぬ副作用を引き起こす現象
  • ドラッグデリバリーシステム:目的とする臓器へのsiRNA送達システム

これらの課題によって、臨床試験での失敗が相次ぎ、主要企業も次々と市場から撤退していきました。当時は、「siRNAは薬としては実用化が難しいのでは」という声も多く聞かれました。

■ 2010年代前半:ドラッグデリバリーシステムGalNAcの開発

2010年代に入り、GalNAc(N-アセチルガラクトサミン)と呼ばれる糖鎖を用いたドラッグデリバリーシステムが開発されます。この技術により、肝臓の細胞にsiRNAを効率よく送り届けることが可能になり、実用化への道が大きく開かれました。

■ 2018年:世界初のsiRNA医薬品が承認される

ついに2018年、アメリカの製薬会社Alnylam(アルナイラム)が開発したパチライシラン(商品名:Onpattro)が、米国FDAによって世界初のsiRNA医薬品として承認されました。

この薬は、遺伝性ATTRアミロイドーシスという難病に対して、異常なタンパク質のもとになるmRNAを分解することで治療効果を発揮します。日本でも2019年に承認され、核酸医薬の時代が現実のものとなった瞬間でした。

■ 2020年〜現在:次々と新たなsiRNA医薬品が登場

Alnylam社の開発を皮切りに、複数のsiRNA医薬品が次々と開発・承認されています。これらはいずれもGalNAcによる肝臓標的化技術を用いていますが、肝臓以外への送達技術も開発が進められており、siRNA医薬の応用範囲が広がりつつあります。

1998年にRNA干渉(RNAi)が発見されて以来、実に20年の歳月をかけて、その仕組みを応用した医薬品――siRNA医薬がようやく実用化に至りました。その道のりは決して平坦ではなく、多くの研究者たちが安定性の低さや副作用の問題といった困難に直面しながらも、粘り強く技術を磨き続けた結果です。その結果、今では新たなsiRNAが次々と開発されており、これからも様々な疾患に対する治療の選択肢として、その可能性を広げていくことでしょう。

研究者としての思い

ここからは、程先生のsiRNA研究に携わる思いについてお聞きします。

ーーsiRNA研究に携わるようになった背景をお聞かせいただけますか

程:私はもともと、医療に直接関わりたいという思いから研究を始めたわけではありません。どちらかというと、生命現象そのもの――「なぜ、こういうことが起きるのか?」という素朴な疑問に強く惹かれて、研究の道に進みました。そんな時に発見されたのが、RNA干渉という、それまで知られていなかったまったく新しい仕組みでした。それが、ゲノムや塩基配列といった“ヒトの根本”に関わるメカニズムだと知って、強く興味を持ち、そこからsiRNAの研究を始めたんです。

ーー現在の研究に携わるようになった経緯をお聞かせください

程:最初の頃は、siRNA医薬品の実用化はかなり難しいのではないかと思われていましたし、私自身も最初から薬の開発に関わろうとは考えていませんでした。ところが、初めてsiRNA医薬品が実用化されたときに、その設計方法がまさに私たちが当初から研究していた設計方法とぴったり一致していたんです。自分たちの研究が実際に治療に結びついている可能性があるのだと知ったとき、科学の進歩だけでなく、医療の進歩や人類の幸せにも貢献できる研究をしたいと強く思うようになりました。そこから、「私たちが開発している新しいsiRNAも実用化できるのではないか」と考え、現在は“SNPD-siRNA”という新たなsiRNAの開発に取り組んでいます。

ーー研究に取り組まれる際の、先生の目標や思いについて教えていただけますか

程:科学の進歩に役立てたいという気持ちだけでなく、欲張りですが、医療に役立てることで人類の幸せに貢献できれば嬉しいです。

程:私は昨年の4月から、東京科学大学のTIDEセンターで、核酸医薬の研究を進めています。TIDEセンターでは、今回紹介したsiRNAだけでなく、アンチセンス核酸医薬とかヘテロ核酸についての研究を行っております。そしてそれらを医療に役立てようとしている人たちが集まっています。それぞれの核酸医薬がそれぞれの特徴を持っているので、それらを使い分けることで色々な病気に対応できるようになればと思っています。

あとがき

次世代の治療薬であるsiRNA核酸医薬は、mRNAに作用することでタンパク質の発現を抑えるという新たな仕組みで、医療の可能性を広げました。しかしその裏には、RNA干渉というメカニズムが発見されて以来、医療への実用化に至るまでの20年間の研究者たちの苦悩がありました。そして、TIDEセンターの程先生は、現在進行形でsiRNAの更なる可能性を模索しています。一方で、siRNAにはまだ解決すべき課題が残っています。新たなドラッグデリバリーシステムの開発や、遺伝子変異を特異的に狙う仕組みの発見が、siRNAの治療の幅を広げることを期待しています。

筆者は現在、東京大学理学部に在学しており、日々の学びの中でゲノム医療の重要性とその発展を強く実感しています。中でも、基礎研究が着実に医学へと応用されつつある「核酸医薬」の分野に強い関心を抱き、今回の取材を通じて、その魅力を読者の皆さまにお伝えしたいと考えました。

今回の連載は、アカデミアの第一線で活躍する研究者である程先生への取材ということもあり、やや専門的な内容となったかもしれません。それでも、科学がどのように医療と結びつき、社会に貢献していくのか、その一端でも感じていただけたなら幸いです。

<東京科学大学 核酸・ペプチド創薬治療研究(TIDE)センター>
ホームページ:https://www.tmd.ac.jp/tide/

ドクタージャーナル編集部(島元)

薬学・生物学を専門的に学んだメンバーが在籍。ミクロな視点で最新の医療を見つめ、客観的にその理想と現実を取材する。科学的に根拠があり、有効である治療法ならば、広く知れ渡るべきという信念のもと、最新の医療情報をお届けする。

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東京都大田区で訪問診療を中心に取り組む「たかせクリニック」院長の髙瀬義昌氏は、臨床医学の実践経験や家族療法の経験を生かし、「高齢者が安心して暮らせる街づくり」に取り組んでいます。 本記事では、高瀬氏に家族療法との出会いについて伺いました。