うつ病治療の切り札。有効かつ副作用の少ない、rTMS療法という選択肢 #01

お話を伺ったのは、国立精神・神経医療研究センター病院の精神診療部長・臨床心理部長(併任)、ニューロモデュレーションセンター長でいらっしゃる、鬼頭伸輔先生です。

日本においてはまだ新しいrTMS療法ですが、鬼頭先生は20年にわたって臨床研究に取り組んで来られた第一人者です。日本のrTMS療法を率い、適応拡大とさらなる研究開発のために活動されています。

うつ病や双極性障害、強迫性障害、依存症といった疾患は、患者数の増加が社会問題となっている深刻な疾患です。現在日本に120万人、世界に3億人いるとされるうつ病患者。かつては環境や心持ちが原因と考えられ、理解されない時代が続きました。

しかし近年の研究は、精神疾患の根底にある脳の物理的な変化、それが引き起こす機能不全を明らかにしています。こうした脳の活動変化に直接アプローチする治療法が、rTMS療法です。

取材協力:鬼頭伸輔氏

国立精神・神経医療研究センター病院 精神診療部長・臨床心理部長(併任)/ ニューロモデュレーションセンター長 

東京慈恵会医科大学 精神医学講座客員教授

  • 1999年:岩手医科大学医学部卒業
  • 2003年:うつ病患者へのrTMS療法の研究を始める
  • 2009年:米ハーバード大学へ留学
  • 2016年:著書『うつ病のTMS療法』刊行
  • 2013年:日本総合病院精神医学会で最優秀ポスター賞を受賞
  • 2019年:日本精神神経学会学術総会 第115回学術総会部門 優秀発表賞 受賞

①どんな病気にどうやって効くの?

——rTMS療法はどのように作用するのでしょうか。

鬼頭先生(以下、敬称略):rTMS療法は頭に磁場をかけて、特定の部位に電流を発生させる治療法です。このとき、高頻度の刺激をかけた部分は活性化して血流量が上がります。逆に低頻度の刺激をかけた部分は抑制され、血流量が下がります。これを応用して、脳の局所的な活動性を修正し、最終的に脳全体の協調性を回復することができるというものです。

たとえばお料理って、非常にマルチタスクですよね。鍋に火をかけてぐつぐつ煮込んで、その間に具材を切ったりするでしょう。そうした並行作業をする時には、脳の背外側前頭前野という部分が活発に動いています。うつ病になるとそこの働きが低下してしまい、同時に複数のことをてきぱきこなすのが難しくなるんです。そこで、働きが落ちたところを刺激してあげれば良くなるのではないかというのが、rTMS療法の発想です。

またうつ病の患者さんでは、脳の中でも前頭前野と辺縁系領域の活動バランスが崩れることも報告されています。こうした広範囲の脳機能も、rTMS療法で整えることができます。

——どういった疾患に効果を示しますか?

鬼頭:日本では2019年から、うつ病の治療法として承認されました。さらに適応拡大が見込まれており、うつ病の再発を防ぐ維持療法と、双極性障害に対してはすでに先進医療として実施しています。アメリカでは強迫性障害や依存症の治療法としても承認されており、今後日本での導入も期待されています。

②有効性/安全性と懸念点 副作用はある?

——どの程度の有効性が認められていますか?

Rush et al.(Am J Psychiatry 2006)

鬼頭:我々の研究で、日本人でrTMS療法を受けたうつ病患者のうち40~50%程度が寛解(症状が落ち着く)することを示しました。一方お薬による治療では、1剤目で4割、4剤目まで試すことで7割弱の患者が寛解するものの、3割は治らないのが現状です。お薬で治らなかった患者さんにとって、rTMS療法は重要な選択肢となります。

うつ病の再燃・再発を防ぐ維持療法と双極性障害については、臨床研究としてデータを集めている段階ですが、症例報告と過去の研究の横断的解析から有効である可能性が明らかになりました。

——副作用の面はいかがでしょうか?

鬼頭:副作用の少なさはrTMS療法の大きな特徴です。抗うつ薬の副作用には、吐き気や眠気、便秘、喉の渇き、性機能障害といった、全身性の副作用が見られます。一方磁気刺激は脳の限られた範囲を刺激する治療法ですから、副作用のほとんどは限局的で、一時的なものです。

過去に報告された副作用は2点です。

(A)まずは、頭痛や刺激部位の疼痛、不快感、筋収縮が20%~40%の患者に見られるというものですが、こちらは回数を重ねると消えていきますし、術後に長く残ることはなく、危険なものではありません。

(B)次に、けいれん発作が0.1%未満の患者に見られるという所見です。こちらについては発症リスクが低いといえます。実はこの発症率0.071%というのは、一般人口のけいれん発作のリスクと比較しても低い値です。安全に実施するため、過去にけいれんがあったり、ご家族にけいれんが起きた方がいる場合は別の治療法を検討します。そのためrTMS療法を受けることになった患者さんでは、けいれん発作のリスクが低いのかもしれません。

——有効性と安全性について、薬剤に対するメリットがあるのですね。逆に患者さんにとっての負担はあるのでしょうか?

鬼頭:患者さんの負担としては3点が挙げられます。

(1)通院時間がかかる

1回の治療に40分を要し、前後の通院時間や待ち時間によってはかなり時間がかかる可能性があります。週5日の通院が推奨されているrTMS療法では、日常生活への影響が無視できません。この点はお薬の方が優れています。

(2)費用負担がかかる

たとえば、保険診療では、1回12,000円で週5回6週間の場合、36万円となります。

保険が適用される場合自己負担は3割であるほか、自立支援制度を利用して1割まで減額したり、世帯収入によって大きく減額されたりする場合もあります。入院する際は高額療養制度の利用によって負担を下げることも可能です(費用の詳細は次の記事を参照)。

(3)薬と同様に再発の可能性があり、rTMS療法による維持療法には保険が適用されない

うつ病は再発しやすい疾患で、患者の3~4割が再発するとのデータもあります。そのため短期集中的な治療と並んで、長期的な治療戦略も必要な疾患なんです。再発を防ぐための「維持療法」を確立するために現在も研究を進めており、実際に効果が認められて臨床上の確立が急がれているものの、2023年7月時点では使用できません。現状、rTMS療法が保険適用となるのは6週間までです。

次回の記事では患者さんに向けて、rTMS療法の他の治療法との比較や費用負担についてお伝えします。

【国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター】
ホームページ:https://www.ncnp.go.jp

所在地:〒187-8551 東京都小平市小川東町4-1-1
TEL:042-341-2711

この記事の著者/編集者

ドクタージャーナル編集部(中条)   

薬学・生物学を専門的に学んだメンバーが在籍。ミクロな視点で最新の医療を見つめ、客観的にその理想と現実を取材する。科学的に根拠があり、有効である治療法ならば、広く知れ渡るべきという信念のもと、最新の医療情報をお届けする。

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【うつ病治療の切り札】有効かつ副作用の少ない治療法、rTMS療法という選択肢

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