認知症介護研究・研修東京センター長  山口晴保 氏
連載山口晴保氏インタビュー:患者さんや家族のQOLを高めることが認知症の実践医療

#05 山口晴保氏「認知症の臨床現場では、エビデンス通りの画一的な治療が多いように思われます。」

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病理学研究、神経内科医、リハビリテーション医と特異な経歴を有し、30年以上にわたる認知症医療で、多くの臨床経験を積んできた認知症専門医で群馬大学名誉教授の山口晴保氏は、特に認知症医療の薬物療法における医師のエビデンス信奉に警鐘を鳴らす。 新著の「紙とペンでできる認知症診療術 - 笑顔の生活を支えよう」では、目の前の患者・家族の困難に立ち向かう認知症の実践医療を解説し、あらゆる分野の医師に認知症の診断術を理解・習得して欲しいと訴える。 (『ドクタージャーナル Vol.20』より 取材・構成:絹川康夫、写真:安田知樹、デザイン:坂本諒)

エビデンスは絶対ではない。

医療にとってエビデンスは重要で、それは間違いなく正しいのですが、とりわけ認知症の臨床現場では、あまりにもエビデンス通りの画一的な治療が多いように思われます。そのためにいろいろな問題も生じています。

確かにエビデンス通りにやると、7割位はうまくいきます。しかしエビデンスというのは多人数における確率値でしかないので、当然外れる人が出てきます。

しかし外れていてもその通りにやらなくてはいけないというのが今のエビデンス医療の問題点なのです。

エビデンスはあくまでも確率であり、これが一番確率の高い治療法ということにすぎません。

アメリカでは、確率が高い治療法から順番に試していきながら本人に一番合ったものを見つけるという考え方ですが、日本では確率の高い治療法が絶対という考え方が強いのです。

エビデンスを唯一絶対と信奉し、エビデンスに沿った医療を患者さんに強制する医師も多くいます。

医療の現場で医師の目の前にいるのは一人の患者さんです。その人にとって重要なのは、エビデンスという集団をベースにした治療法が有効か無効かいずれかということです。

集団で70%の人には効果があっても、その患者さんには当てはまらないこともあります。そうなると個別にその人に合った治療法を見つけていかなければならない。ですから認知症治療の現場では試行錯誤の繰り返しです。

私は臨床で積み重ねて来た数多くの経験を基に、認知症の患者さんの様々な状況に応じて、その都度エビデンスに捉われず最適と思われる治療を考え行ってきました。

エビデンスを基本として、そこに経験が加わることで、良い結果を得られる確率が上がるのです。

薬効には個人差が必ずあります。

特に認知症の治療薬に関しては、最低投与量まで決められています。

例えばドネペジルは5mg以上と決められています。しかし経験上、5mg以下の少量投与でもよく効く人や、副作用も出ず怒りっぽくならないでうまくいく人がいます。

でもその人たちは全体の中で見たら一部なので、そのエビデンスを作れといっても不可能なのです。

理論的に考えれば当然のことで、薬剤の感受性には必ず個人差があります。

体重が80kgの人もいれば30kgの人もいます。勿論、血中濃度も変わってきます。そういうことは無視して、一律に、5mgだと効くというエビデンスがあるが、3mgだと統計学的有意差が無いから5mgを使わなければだめだ、というのがエビデンスの論法です。

例えば、酒の適量には個人差がありますが、「酩酊するにはお酒を5合飲ませてください。3合ではだめです。酩酊するためには必ず5合飲ませてください。」という規定です。私は、それはおかしいと思うのです。

また、規定通りの5mgであっても1割位の人が、イライラして怒りっぽくなってきます。それは薬の副作用と考えるのではなくて、薬の効き過ぎ症状と考えるべきなのです。ですから効き過ぎ作用であれば量を減らせばよいのです。

以前から厚生労働省に働きかけた結果、ようやく2016年6月に、添付文書に示された規定量以下でも医学的な根拠があれば認めるという通達が出てドネペジルの長期少量処方が容認されました。

エビデンス至上から抜け出せない医師。

エビデンス至上の典型的な医師は、診察で画像を見て海馬が萎縮しているとか、VSRAD(前駆期を含む早期アルツハイマー型認知症の診断を支援するためのソフト)の値が2だとかでアルツハイマー型認知症と診断すると、ドネペジル5mgを処方し、その後も頑なに変えようとはしません。

例えば、ドネペジルを使っていて怒りっぽくなっているアルツハイマー型認知症の患者さんがいるとします。

A医師はドネペジルに加えて抑肝散を併用します。確かに少し穏やかになります。

B医師はドネペジルに加えて抗精神病薬を処方します。

C医師はドネペジルを一時止めてみて、その間の症状を見ます。それで穏やかになれば、その後はドネペジルの処方量を少なく調整します。
私はC医師を支持します。

この場合、A医師とB医師は患者さんの症状は見ていますが、アルツハイマー型認知症にはドネペジルは絶対に必要な薬だというエビデンスに捉われていて、それを止める判断はしません。

患者さんが怒りっぽくなっても、これは進行を遅らせるために必要な薬だから飲むようにと、食欲がないと言ってもこの薬は治療薬として一番大切な薬だから飲み続けるようにと指導します。

進行を遅らせることだけが認知症医療のアウトカムだと信じて疑わず、エビデンス至上という価値観から抜け出せないのです。

ここがC医師(私)との決定的な違いです。

(続く)

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この記事の著者/編集者

山口晴保
山口晴保  認知症介護研究・研修東京センター長 

群馬大学名誉教授、認知症介護研究・研修東京センター長。認知症専門医、リハビリテーション専門医。 アルツハイマー病の病態解明を目指して、脳βアミロイド沈着機序をテーマに30年にわたって病理研究を続けてきた後、認知症の臨床研究に進む。認知症の実践医療、認知症の脳活性化リハビリテーション、認知症予防の地域事業などにも取り組む。群馬県地域リハビリテーション協議会委員長として地域リハビリテーション連携システムづくりに力を注ぐとともに、地域包括ケアを10年先取りするかたちで、2006年から「介護予防サポーター」の育成を進めてきた。2005年より、ぐんま認知症アカデミーの代表幹事として、群馬県内における認知症ケア研究の向上や連携に尽力している。

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