#05 キツネ・ハト模倣テストをはじめとした『認知症らしさ』を見つけるための7つの認知テスト

病理学研究、神経内科医、リハビリテーション医と特異な経歴を有し、30年以上にわたる認知症医療で、多くの臨床経験を積んできた認知症専門医で群馬大学名誉教授の山口晴保氏は、特に認知症医療の薬物療法における医師のエビデンス信奉に警鐘を鳴らす。 新著の「紙とペンでできる認知症診療術 - 笑顔の生活を支えよう」では、目の前の患者・家族の困難に立ち向かう認知症の実践医療を解説し、あらゆる分野の医師に認知症の診断術を理解・習得して欲しいと訴える。 (『ドクタージャーナル Vol.20』より 取材・構成:絹川康夫、写真:安田知樹、デザイン:坂本諒)

診断の前段階で認知症の疑いを診断すること

一般的に認知症の診断基準としては、改定長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R) とMMSE(ミニメンタルステート検査)があります。

これらのテストは、認知症の本人を検査するものです。しかし喜んで認知症の検査を受ける人はいません。多くの場合本人は嫌がります。初期の場合などは尚更で、検査を受けてもらうまでに大変な苦労があります。

私は、認知症の診断の前段階での、まず認知症の疑いを診断することができれば良いと思いました。

しかし、そのようなテストやスクリーニングはありませんでした。専門医の多くは診断基準に注力して、誰もこのことに取り組んではいませんでした。

そこで、「認知症らしさ」を見つけるために、本人だけでなく、医師や介護者の誰にも行えるテストの開発を行いました。

認知症の患者さんには、振り向き兆候とか、取り繕いとかの特徴があります。それらは全て認知症の診察の必要性の目安として用いることができます。多くの認知症臨床医のデータも参考にして、それらを実践的なテクニックとしてまとめました。

数多くの認知症テストを公開しています

標準高次動作性検査のハト模倣テストは、今は亡き愛媛大学の田邉敬貴教授が提唱され認知症への臨床応用もされていましたが、残念なことにプロトコルが残されませんでした。

標準的な検査方法や診断意義が論文として明確になっていなかったために、現場ではまちまちな方法でキツネ・ハトの模倣テストが行われていました。

例えば、「ハトの形を作ってください」と口頭で指示を出してしまうと、もう全く別なテストになってしまうのです。

指示では「良く見て同じ形を作って下さい」とだけ言うのです。このように、テストの診断意義を理解した上で、標準的な検査手順に沿った検査が行われなければ、テストの意味がありません。

そこで私はプロトコルを作り、その診断意義について論文として発表し、多くの医師に使ってもらえるように公開しました。その結果、キツネ・ハト模倣テストが臨床の現場で安心して使ってもらえるようになりました。

現在、私のホームページ上では、キツネ・ハト模倣テストをはじめ7つの認知テストや評価表を一般に公開し、誰もがダウンロードして使ってもらえるようにしています。今までの研究成果は社会に還元するのが私の責務だと思っているからです。

認知テスト無料ダウンロード 山口晴保研究室

https://yamaguchi-lab.net/

  • 認知症病型分類質問票43項目版(DDQ-43)解説付き2枚組
  • 山口符号テスト(山口漢字符号変換テスト)YKSST高齢者用解説付き
  • 認知症初期症状11項目質問紙SED-11Q本人用・介護者用・解説の3枚組
  • 表情作成課題の型紙
  • 落とし穴課題図
  • 山口符号テスト(山口漢字符号置換テスト)若年者用
  • 山口キツネ・ハト模倣テストのプロトコル(手技)

この記事の著者/編集者

山口晴保  認知症介護研究・研修東京センター長 

群馬大学名誉教授、認知症介護研究・研修東京センター長。認知症専門医、リハビリテーション専門医。
アルツハイマー病の病態解明を目指して、脳βアミロイド沈着機序をテーマに30年にわたって病理研究を続けてきた後、認知症の臨床研究に進む。認知症の実践医療、認知症の脳活性化リハビリテーション、認知症予防の地域事業などにも取り組む。群馬県地域リハビリテーション協議会委員長として地域リハビリテーション連携システムづくりに力を注ぐとともに、地域包括ケアを10年先取りするかたちで、2006年から「介護予防サポーター」の育成を進めてきた。2005年より、ぐんま認知症アカデミーの代表幹事として、群馬県内における認知症ケア研究の向上や連携に尽力している。

この連載について

患者さんや家族のQOLを高めることが認知症の実践医療

連載の詳細

病理学研究、神経内科医、リハビリテーション医と特異な経歴を有し、30年以上にわたる認知症医療で、多くの臨床経験を積んできた認知症専門医で群馬大学名誉教授の山口晴保氏は、特に認知症医療の薬物療法における医師のエビデンス信奉に警鐘を鳴らす。 新著の「紙とペンでできる認知症診療術 - 笑顔の生活を支えよう」では、目の前の患者・家族の困難に立ち向かう認知症の実践医療を解説し、あらゆる分野の医師に認知症の診断術を理解・習得して欲しいと訴える。

最新記事・ニュース

more

遺伝子専門医でもある熊川先生は、難聴のリスク遺伝子を特定する研究にも携わられてきました。信州大学との共同研究を経て、現在では高い精度で予後を推定できるようになっています。 将来を見据えたライフスタイルの設計のために。本連載最終記事となる今回は熊川先生の経緯や過去の症例を伺いながら、難聴の遺伝子検査について取り上げます。

人工内耳の発展によって効果や普及率が格段に高まってきた現代。今だからこそ知りたい最新の効果、補聴器との比較、患者さんにかかる負担について伺いました。重度の難聴を持つ患者さんが、より当たり前にみな人工内耳を取り付ける日は来るのでしょうか。

本連載の最後となるこの記事では、首都圏で最大規模の在宅医療チームである悠翔会を率いる佐々木淳氏に、これからの悠翔会にとって重要なテーマや社会的課題、その解決に向けてのビジョンについて伺いました。

こころみクリニックは正しい情報発信とぎりぎりまで抑えた料金体系、質の高い医療の追求を通して、数多くの患者を治療してきました。専門スタッフが統計解析して学会発表や論文投稿などの学術活動にも取り組み、ノウハウを蓄積しています。一方でTMS療法の複雑さを逆手に取り、効果が見込まれていない疾患に対する効果を宣伝したり、誇大広告を打つクリニックもあり、そうした業者も多くの患者を集めてしまっているのが現状です。 こうした背景を踏まえ、本記事ではこころみクリニックの経緯とクリニック選びのポイントについて伺いました。

前回記事に続いて、首都圏で最大規模の在宅医療チームである悠翔会を率いる佐々木淳氏に、「死」に対しての向き合い方と在宅医が果たすべき「残された人生のナビゲーター」という役割についてお話しを伺いました。

人工内耳の名医でいらっしゃる熊川先生に取材する本連載、1記事目となる本記事では、人工内耳の変遷を伺います。日本で最初の手術現場に立ったのち、現在も71歳にして臨床現場で毎日診察を続けられている熊川先生だからこそお話いただける、臨床実感に迫ります。