クリスティーナブライデン 氏
連載認知症とともに生きる私 ―「絶望」を「希望」に変えた20年

#01 私たちは“なにもわからなくなった人”ではありません

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当事者として発言することで認知症への偏見を打ち破り、医療やケアの改革に大きく貢献した著者の過去20年にわたる講演録。 認知症の当事者として発言することで、「認知症の人は何もわからない」という偏見を打ち破り、医療やケアの改革に大きく貢献した著者が、20年にわたり世界各地で行った講演を抄録。当事者・家族、医療・福祉関係者必読の一冊。 1955年、46歳で認知症の診断を受けた著者は、それ以来20年間にわたって、当事者として発言することで認知症への偏見を打ち破り、世界の医療やケアの改革に大きく貢献した。みずから選んだ14篇の講演を収録する。 (大月書店、2017年)
認知症とともに生きる私

希望をもって認知症とともに生きる

本書は、オーストラリアのクリスティーン・ブライデンというひとりの女性が、認知症の診断という絶望から這いあがり、希望をもって認知症とともに生きることについて語った、22年におよぶ講演録である。

この貴重な一冊を訳すにあたっては、正確さやわかりやすさとともに、彼女が全身全霊で伝えようとした珠玉のメッセージをどうしたらうまく際立たせられるかを考えた。

クリスティーンが深い思いを寄せる日本の読者にとって読みやすい本にするため、著者本人である彼女とメールでやりとりを行いながら、大月書店の協力のもと、日本版オリジナルの編集を施してこの訳本はでき上がった。

著者による本書の紹介

では、クリスティーン自身による本書の紹介をお読みいただこう。

「この本の起源は1995年にあります。それは私がまだ46歳で認知症の診断を受けたときでした。

当時の私は、9歳、13歳。19歳の三人の娘たちを連れて離婚したばかりで、当然ながら大変なショックでした。

私はやがて衰えていって五年後には介護施設に入所し、その三年後にたぶん死ぬだろうと告げられていたので、認知症そのものに向き合うことが怖かったのです。

また、私は認知症に対する社会の偏見(スティグマ)と怖れのために孤立しているとも感じていました。

当時の一般的な見方として、認知症は自然な老いの一部分と考えられており、冗談の対象になるか、さもなければ怖がられるような「年寄りの病気」だったのです。

認知症になった私は気が狂うか、「長いお別れ」を告げることになるはずでした。

私の家族や友人は、認知症を単なる軽いもの忘れだと考えていたようです。

記憶力への影響をはるかに超えて、迷子になったり、言葉を失ったり、混乱したりするような不治の病だとは思っていませんでした。

私のほうは暗い将来に直面して恐怖とトラウマのさなかにいましたが、本人への支援を見つけられずにいました。あるのは介護者のためのものだけでした。

私たち認知症の人は、ものごとを考えられない「心を失くした抜け殻」だと思われていたのです。

人びとのそのような態度に対する怒りと憤慨から、私は認知症の人の権利擁護活動家(アドボケート)になっていきました。

その態度を変えたいと思い、みずからについて話さなかった、そして話せなかったすべての認知症の人たちを代弁して声を上げたのです。

私は何度かメディアに取り上げられ、一冊目の自伝『私は誰になっていくの?』(クリエイツかもがわ、2003年)を書きました。

自分が認知症であることを「カミングアウト」すると、恥ずかしい思いをしたり、当惑したりすることは避けられませんでした。

そして、誰も自分は認知症であることを認めたがらないことに気づいたのです。

認知症であることを認めると特別扱いされてしまい、私たちが目に見えない存在になったか、耳が聞こえなくなったかのように、まわりの人たちは気を遣ってそっとぬき足さし足で歩くようになるのです。

(続く)

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この記事の著者/編集者

クリスティーナブライデン
クリスティーナブライデン   

1949年、イギリス生まれ。科学者、官僚としてオーストラリア首相の科学政策顧問を勤めるなど活躍するが、1995年に46歳の若さでアルツハイマー病の診断を受けて退職。 1998年に前頭側頭型認知症と再診断。将来への不安と周囲の偏見に苦しみながらも、講演や手記の執筆を通じて当事者としての体験や心情を発信。 13年前の国際アルツハイマー病協会国際会議(ADI)・京都では、認知症当事者として自らの思いや希望を発言し、変革の先駆けとなった。 2003年以来たびたび来日し、日本の認知症当事者や医療・福祉関係者と交流を重ねている。 2017年4月、再び京都で行われたADI会議に参加し拍手喝采を受け、その存在感を示した。

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