#07 自宅や、施設、病院でも、『ハッピーエンド・オブ・ライフ』が送れる街を作りたい。

群馬県沼田市の医療法人大誠会内田病院 理事長 田中志子(たなかゆきこ)氏は、故郷の沼田市が大好きで、慢性期医療が大好きという。 田中志子氏は「地域といっしょに。あなたのために。」の理念を掲げ、「大切な、この故郷のために、地域の老若男女が安心して生きられるようなまちづくりをしたい。医療を通じてまちづくりに貢献したい。医師という専門職の立場から地域を見つめ、まちづくりに役立ちたい。」と話す。 「沼田市認知症にやさしい地域づくりネットワーク」の設立など、幅広い活動で地域に貢献する。 (『ドクタージャーナル Vol.19』より 取材・構成:絹川康夫, 写真:安田知樹, デザイン:坂本諒)

グリーフケアは慢性期医療の醍醐味です

急性期医療と違い慢性期医療の私たちはグリーフケアが得意です。

グリーフケアとは、患者さんが生きている時からスタートすると考えています。その人の生きている時の人柄や人となりを知らなければ、亡くなった時に一緒に嘆き悲しむことなどできません。

私たちは、患者さんがどう生きて、そして亡くなったかをご家族と共につぶさに見ています。ですから私たちの喪失感も家族となんら変わりはありません、グリーフケアは慢性期医療でこそ得意分野なのです。

ですから、グリーフケアとは、亡くなった時ではなく、患者さんが生きている時からスタートする。ということを常にスタッフに話しています。それこそが慢性期医療で行わなければならないことであり、医療従事者にとってそれは大きな生きがいであり醍醐味でもあります。

「ハッピーエンド・オブ・ライフ・ツリー」~終りよければすべてよしの樹~

病院ロビーに、シンボルマークのツリー「ハッピーエンド・オブ・ライフ・ツリー・終りよければすべてよしの樹」を掲示しています。

このツリーに貼られている1枚1枚の葉っぱには、亡くなられた患者さんのイニシャルとご命日が記されていまして、それぞれの葉っぱは、私たちの病院や施設で最期を迎えて本当に良かったと思っていただいた患者さんのご家族に張り付けていただいています。

普通は亡くなった後、用事がなければご家族が病院に行くこともないと思いますが、当院には亡くなった後もこの樹を見に来られるご家族の方もとても多くおられます。

私たちは「あなたが幼稚園の時に、おじいさんはこんな方でしたよ。」と、いわば患者さんのご家族にとっての語り部でもあります。

患者さんが生きていた時のことを知っている人も、時とともに減っていきます。でもその方たちのお名前がここで一葉の葉に残っている。時が経ち訪れる方がいなくなっても、その方の名前はずっとそこに残っている。それって素晴らしいと思っています。

病院にとって死は忌むべきことかもしれませんが、私たちの病院では、死はケアのアウトカムだと思っています。

ですから施設では、亡くなった方を裏口から隠してお返しするようことはしません。きれいなご遺体にして表から全員で、「お疲れさまでした。」とお見送りしています。

次には病院でも正面からお帰りいただけるといいなと思っています。しかし外来の方がいらっしゃるところでは、まだまだ難しいですね。

それでも、当院ではご家族の方々が、「本当にここで亡くなってよかった」とおっしゃってくれることがとても多いのです。入院して治る患者さんもいつかは最期が来ます。その時、亡くなってもなお「よかった」と言ってくださる。

外来受診の患者さんから、「ここで看取ってもらうから」とか、「私の命をあんたに預ける」とおっしゃっていただける。こんなに素晴らしい仕事はありません。

地域の患者さんと何年も、何十年も関わっていける。最期はご家族と一緒に、「あの時はこんなことがあったよね」とお話ししながらお看取りする。

自宅でも、施設でも、病院でも、「ハッピーエンド・オブ・ライフ」が送れるようなまちづくりをしていきたい。これこそが私の使命と思っています。

この記事の著者/編集者

田中志子 群馬県認知症疾患医療センター内田病院 センター長 

医療法人大誠会 理事長、社会福祉法人久仁会 理事長、群馬県認知症疾患医療センター内田病院 センター長。医学博士、日本内科学会総合内科専門医、日本老年医学会老年病専門医、日本認知症学会認知症専門医・指導医、認知症サポート医、認知症介護指導者、日本医師会認定産業医、介護支援専門員。日本慢性期医療協会常任理事、特定非営利法人手をつなごう理事長、特定非営利法人シルバー総合研究所理事長。

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生まれ故郷をこよなく愛し、大好きな慢性期医療に取り組む

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