慢性期医療はかかりつけ医として長い間患者さんと関わる医療

群馬県沼田市の医療法人大誠会内田病院 理事長 田中志子(たなかゆきこ)氏は、故郷の沼田市が大好きで、慢性期医療が大好きといいます。 「大切な、この故郷のために、地域の老若男女が安心して生きられるようなまちづくりをしたい。医療を通じてまちづくりに貢献したい。医師という専門職の立場から地域を見つめ、まちづくりに役立ちたい。」と話す田中氏に慢性期医療について伺いました。

(記事内容は2021年に公開されたものです)

取材協力:田中志子氏

田中志子
  • 医療法人大誠会理事長。
  • 1966年、群馬県沼田市出身。医学博士。
  • 1991年、帝京大学医学部を卒業し、群馬大学附属病院第一内科(当時)に入局。
  • 1995年に父親が理事長を務める医療法人大誠会・内田病院に就職。働きながら3人の子どもを育て、2009年群馬大学大学院医学系研究科を修了。
  • 2011年、同グループの理事長に就任。「地域といっしょに。あなたのために。」をグループ理念とし、地域包括ケアシステムを沼田市で展開している。病院だけでなく、認知症のある患者の「身体拘束ゼロ」をメッセージに掲げた介護老人保健施設、特別養護老人ホーム、グループホームなどの運営、障がい者施設と商業施設を組み合わせた共生型施設の開設、移動型コンビニ事業の展開など、幅広く地域のために活動。医師として初めて認知症介護指導者の資格を得る。現在、沼田利根医師会理事、日本慢性期医療協会常任理事、地域包括ケア病棟協会理事、日本リハビリテーション病院・施設協会常務理事、全国老人保健施設協会常務理事等を務める。
  • 2020年「第72回保健文化賞」(第一生命保険株式会社)を受賞。

あくまでもかかりつけ医でありたい

私は子どもの頃から医師になるつもりはありませんでした。父の強い勧めで半ば強制的に医学部を目指すこととなりました。

でも今では、父が言った通り、こんなに生きがいがあって、楽しくて、人とつながっていけるこの仕事は本当に私に向いていたと思っています。毎日が楽しくて、何の不満もありません。今は父に本当に感謝しています。

父は、沼田市の中核病院で外科医として働いた後に、市内に内田外科医院を開業しました。

気さくな父は地域の方々から大変慕われていて、お年寄りから子どもさん、お孫さんまであらゆる患者さんが、さまざまな治療で来院されていました。

朝採りの野菜を持ってきてくれる患者さんとか、地域ぐるみのお付き合いがあり、いわば生活の中に医療があり、子どもの頃から医療は生活と直結していました。

その後、現在の医療法人大誠会 内田病院に至っています。父が取り組んでいた「かかりつけの医療」が、そのまま病院になったのが内田病院です。

幼い頃から、ホームドクターとして地域の方々と接する父を見て育ちましたので、どのような立場になろうとも、私も常に、地域に貢献する一人のかかりつけ医でありたいと思っています。

医師の務めとは、患者さんの望んでいることに忠実に応えることだと思っています。その根本にあるのは一言でいえば「愛」と言えるかもしれません。

愛情がないと、患者さんのことを我が事のように考えることはできません。それも父から受けた影響が大きかったと思います。今でも私にとって父は、良き先輩であり相談役です。

慢性期医療と出会う

平成3年に大学を卒業した後、父の強い希望で地元の群馬に戻ることになり、4年間ほど群馬県内の大学病院や救急病院などで研修医として経験を積みました。

その後結婚が決まり、婚約期間の1年間を軽いアルバイト感覚で父の内田病院で働くこととなりました。平成7年の頃でした。

父の病院は、慢性期医療を中心とする病院で、それが私と慢性期医療との出会いでした。

最初の頃はやるべきことがたくさんあり、さまざまな苦労や悔しい思いも経験しましたが、一つひとつの成功体験を積んでいくうちに慢性期医療が大好きになり、同時に医師という仕事も大好きになりました。それ以来、ずっと慢性期医療に携わっています。

今では日本慢性期医療協会という専門団体もありますが、その当時はまだ慢性期という概念はなかったと思います。慢性期医療という言葉さえ周知されていませんでした。

慢性期医療は急性期とは違う医療です。急性期医療では、患者さんが退院するとその後に関わることはまずありません。でも慢性期医療は、かかりつけ医として長い間、患者さんと関わっていく医療です。

ここでは入院したおじいさんのお見舞いに来ていた孫が、やがて親になってお見舞いに来るようなこともあり、患者さんとの長い伴走になります。

慢性期医療では、患者さんとは長い時間の関わりとなり、時には10年以上になることもあります。

その間患者さんの家族の世代変わりもまざまざと見ながら付き合っていくのです。「地域といっしょに。あなたのために。」という当院の理念が、まさに慢性期医療であるといえます。

亡くなるからこそしっかりケアするのです

慢性期医療では、患者さんが生きている時から、最期のゴールを考えた治療がスタートします。私たちの理念である、慢性期医療のハッピーエンドにも繋がりますが、患者さんの生き様を知っているから、死に方も一緒に考えられるのです。

20年前は「なぜ、死んでいく人をケアしなくちゃいけないの?」と考えるスタッフも多く、そんな雰囲気もありました。家族も面会に来ませんでした。患者さんが大事にされていないから、見るのが辛くて来られないのです。そんな後ろめたい気持ちを抱かせるようなケアをしていました。

指針となるモデルもなく、医療でもケアでもどうしてよいのか分からない時代で、懸命に仕事をしている心あるスタッフも劣等感の中で働いていました。

私は「亡くなるからこそ、しっかりケアしてあげなきゃいけない」とスタッフに訴え続け、全員で手探りしながら、今のようにプライドをもって働ける形にまで持ってくることに取り組んできました。

開業して28年になりますが、私たちはこの間ずっと患者さんの死というものを考えてきました。認知症になっても見てきました。

その中でどうしたら患者さんが笑いながら老いてゆき、亡くなっていくかということを本気で考えてきました。今はそれが私たちのプライドとなっています。

慢性期医療にこそチーム医療の原点がある

慢性期医療は、急性期医療に比べるとどうしても傍流の印象があります。

平成7年からこの病院で働いていますが、当時においては、慢性期医療は敗北の医療のように見られていたような気がします。死んでゆく医療ともいえます。そんな時代でしたから、医師は少ないしケアにしても教育にしても全くの未開の地でした。

その頃はチーム医療や多職種協働という考えもなかった時代でした。しかし看護師やケアスタッフも巻き込んだチーム医療でないと慢性期医療はうまくいかない。

最近言われているチーム医療も、慢性期医療では遥か以前から至極当然の姿なのです。20年以上も前から慢性期医療の現場では、必要に迫られてチーム医療、多職種協働に行きついたわけです。

ともすると、急性期医療でのチーム医療にスポットが当たりがちですが、現在のチーム医療の原点は、まさに慢性期医療にあると思っています。

慢性期医療におけるチーム医療とは

慢性期医療におけるチーム医療は、急性期医療のような医師が頂点のピラミッドではなく、全員が各々の役割におけるフラットな関係です。

例えば医師一人に対して看護師20人と大勢のケアスタッフが関わる大所帯のチーム医療となります。そうなると一人の医師ができることには限界があります。

ですから指示命令よりは一緒に考え行動するチームの一員であり、時には医師の見落としをフォローしてもらう、というような補完関係ともいえます。

その上に、医師にはスタッフへの教育も求められます。褥瘡(じょくそう)をつくらないためにはどうしたらよいのか、患者さんが本当に困っていることを聞き出すためにはどうしたらよいか。

褥瘡とは
寝たきりなどによって、体重で圧迫されている場所の血流が悪くなったり滞ることで、皮膚の一部が赤い色味をおびたり、ただれたり、傷ができてしまうこと。一般的に「床ずれ」ともいわれています。
日本褥瘡学会HPより

例えば、患者さんは短期間の入院でしたら我慢してあまり要望しません。しかし長い入院になると、「ああしてほしい」といろいろな要望や、時には我儘も言います。それらをどのようにして聞き出し、整え解決するかということは、現場のスタッフにも求められている仕事なのです。

ですから慢性期医療では、医師は威張れません。威張ったら誰も協力してくれません(笑)。

私が知る限り、父も含めてですが慢性期医療に携わる医師は皆さん本当に優しいと感じます。

(続く)

田中志子 氏 群馬県認知症疾患医療センター内田病院 センター長

医療法人大誠会 理事長、社会福祉法人久仁会 理事長、群馬県認知症疾患医療センター内田病院 センター長。医学博士、日本内科学会総合内科専門医、日本老年医学会老年病専門医、日本認知症学会認知症専門医・指導医、認知症サポート医、認知症介護指導者、日本医師会認定産業医、介護支援専門員。日本慢性期医療協会常任理事、特定非営利法人手をつなごう理事長、特定非営利法人シルバー総合研究所理事長。

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