藤田和子 氏
連載藤田和子氏:しなやかさと力強さで創る認知症になってもだいじょうぶな社会

#02 藤田和子氏「フェイスブックに書いた“私 ”をまとめて。」

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藤田和子さんがサインをするときに書くことばとは、「笑顔を忘れず歩んでいこう♡」 「すべての認知症の本人とその周りでともに歩む人が、笑顔でいられる社会をみなさんとともに創っていきたい」というメッセージである。  どうすれば「認知症になってもだいじょうぶ」であることが可能になるか。その答えが、著者が渾身を込めて綴った本書に描かれている。  5月28日に東京で開催された出版記念会では、しなやかで力強い著者の話が聞けた。   ― 株式会社メディア・ケアプラス 松嶋 薫 ― (『ドクタージャーナル Vol.23』より 構成:絹川康夫, デザイン:坂本諒)

続いて登壇した全国マイケアプラン・ネットワーク代表の島村八重子さんは、藤田さんが綴ってきた膨大な量のフェイスブックを整理し、本書を藤田さんが書きあげ校了になるまで併走し続けたキーパーソンだ。

「私は藤田さんとたくさんお話ができると思いこの本のお手伝いを引き受けました。藤田さんは最初『本は出したいけれども一冊の本を書くのはしんどい』と悩んでいました。

何度かのお話する中で、藤田さんがいろんな思いをフェイスブックに書きこんでいることから、それを整理して項目ごとに掘り下げていく方法を思い付きました。

それからは一気呵成に執筆が進み、約半年で書き上げました。結果はご覧のように200ページの本になりました。」と本書が生まれるまでのいきさつを語った。

約半年の間、泊まりこみで鳥取市まで行き藤田さんの執筆活動を助けたときもあった。

「ものすごくエネルギーを注ぎ込んでいるのがよくわかりました。また、原稿の書き直しや修正など、細かいことを話していましたから、日によってはそうとう疲れているなと思ったときもありました」と振り返る。

「私は頭痛がするとよく言うのですが、それは何か頭の中が膨脹するとか焼き切れる感じとか、そういう感覚です。島村さんが膨大なフェイスブックを整理してくれて、私にも人生がありその人生が今も続いているということをあらためて考えました。

それでも書き続けていくうちに、脳疲労が激しくなってきたこともありました。

その時には私が書いた原稿なのですが『こんなことを書いたかなあ。私はこんなことを書いていない』と島村さんに言ったこともありました。

実際には私が言ったことを、そのままパソコンに打ちこんでくれたのですが、それを『こんなことを書いていない』と思ってしまうのです。

そのために何度も何度も文章を書き直したところが何か所もあります。 こうして私とともに原稿の完成を手伝っていただけた島村さんは、新しいパートナーだと思っています。」

と藤田さん。

「私自身も藤田さんと原稿完成のために話し検討するうちに、自分ももっていた認知症に対する偏見に気づき、これから自分が認知症になってもだいじょうぶになるように、自分自身の周りにいる人との関係性を見つめ直すこともできました。」

と島村さんも話す。

(続く)

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この記事の著者/編集者

藤田和子
藤田和子   

鳥取県出身、鳥取県鳥取市在住。認知症の義母を9年間介護し、その後看護師として勤務中の2007年に自身がアルツハイマー病と診断された。以来、鳥取県で「若年性認知症問題にとりくむ会・クローバー」を立ち上げるなど、認知症の人も誰もが生きやすい社会をめざして講演や執筆を続ける。若年性認知症問題にとりくむ会・クローバー副理事長、日本認知症ワーキンググループ共同代表。 本年3月に著者を取材しNHK総合で放送されたドキュメンタリードラマ『母、立ちあがる』が第54回ギャラクシー賞奨励賞を受賞。

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