在宅医療の在り方を変えたいという発想から生まれたAIUモデル

前回の記事「自宅で最期を迎える思いが叶わない人たちへ在宅医療を普及させたい」に続き、本記事では在宅医療を行う医師が抱える課題や、その解決のために野末氏が提唱するAIU(アイユウ)モデルについてお話を伺いました。

医師一人の在宅医療は難しい

開業して最初の1年間は365日、24時間一人で診療を行っていましたが、本当に大変でした。これ以上続けるのは厳しいという状況の時に、幸運にも二人目の先生が入職してくれたので、そこから今に至っています。ですから私は、一人で在宅医療を行うというのはとても難しいと思っています。 

患者さんの数が少ない最初の頃は良いのですが、次第に患者さんが増えてきますし、たとえ患者さんの数が少なかったとしても 一人で診療を行うことには限界があります。  

365日、24時間、いつ呼ばれても対応できるように常に待機していなければならない毎日を続ける。それが3年5年となることを考えると、医師としては決して楽しい人生ではない。私にはそう思えます。医師も一人の人間で、その人にも幸せな人生を送る権利があります。医師の自己犠牲の上に成り立つ医療には賛成できません。

私が知っている、一人で在宅医療に取り組んでいる先生の中には、この5年間お酒を一滴も飲んでいないとか、休みを取ったのは二日だけというような先生もおられます。そんな在宅医療の在り方を変えたいという発想から生まれたのがAIUモデルです。 

在宅医療でも知識や技術は日々更新されています。医師が忙しくて自己研鑽の時間も取れず、患者さんも最新の在宅医療を受けることができないとしたら、その患者さんは幸せとはいえないでしょう。 せっかく来てくれても、先生が忙しくて疲れきっている姿では、患者さんも安心して医療を受けることは難しいのではないでしょうか。 

若い先生たちが在宅医療に取り組めるようにするためにも、仕組みを作ってあげることが大事だと思います。そうすれば若い医師たちも安心して在宅医療に入ってこられるのではないでしょうか。  

人資源の側面からの医療モデル

AIUモデルとは、医師が5人で750人の患者さんを365日24時間対応する。それを1ユニットと考える、という在宅医療体制のことです。

1ユニットで医師が5人は必要になります。1人の医師がいても月曜から金曜の昼間だけ働いて土日休むわけですから。仮に土日に一つのチームだけでも動かすとしたら、土日だけでも0.4人は必要なわけです。

そうすると5人常勤医がいると平日の4列(4チーム)で、土日をカバーする人の代休を消化しながら4.4人ぐらい必要で、夜間の診療も含めると大体5人必要という計算になります。 

地方都市ですと在宅医療の範囲はクリニックの半径16 km になりますから、緊急の往診依頼に対応するのに、医師が1人だと診療範囲の端から端までの移動で1時間以上かかります。そうなると予定した診療も遅れ遅れになってしまいます。 

せめて医師が4人体制で4方向をカバーしていれば、緊急の往診依頼があっても余分な移動時間を取られることなく対応できる。

理想的には最低5人ぐらいの医師で一つの領域をカバーするというのがAIUモデルです。これは人資源という側面からの医療モデルといえます。 

医療の質の向上という側面 

AIUモデルでは、医師に時間的な余裕ができてくるので、在宅特有の専門領域にも関心を持ち技術を磨けるようになってきます。 

私たちは在宅の専門領域と呼んでいるのですが、例えば在宅の患者さんは低栄養で飲み込みの機能も悪かったりするので、摂食嚥下の栄養サポートなどで嚥下内視鏡などを使いながら在宅サポートをするとか、褥瘡などの創傷ケアに携わる医師が出てきたり、神経難病や口腔ケアに取り組む医師が出てきたりと、色々な専門領域を行う余裕が出てくるのです。 

在宅医療に携わる医師は最初から在宅医療の専門教育を受けてくるわけではないので、そういう専門領域をしっかりと勉強、研究、教育に邁進してゆくことは法人やクリニックの全体レベルを上げていくことに繋がっていきます。 

これらのことを行うには、とにかくマンパワーが必要です。ですから常に在宅医療のレベルアップを図るためにも、医師が5人くらいは必要だと思っています。 

専門性を持った在宅医療 

これからの在宅医療には専門性は絶対必要だと思います。特に摂食嚥下や口腔ケア、栄養管理、緩和リハビリ、緩和口腔ケアを含む緩和ケア、呼吸不全への対処、在宅腹膜透析なども重要です。それから精神科の専門医も必要ですね。 

さまざまな専門分野に精通した医師が、通常の診療も行いながら自分の専門分野の患者さんもしっかりと診ていく。これは患者さんにとっても非常にメリットが多いです。 

人手を満たすと同時に専門領域を醸成する。これもAIUモデルの目指すところです。 

AIUモデルで全国展開を目指す

このAIUモデルを基本とした医療の提供を全国に展開していきたいと考えています。

現在は群馬の太田と前橋の駒形、山形の庄内の3箇所ですが、2023年8月には神奈川県の逗子で新規開設が決まっています(あい逗子クリニック:仮称)。また私の出身地の長野市や茨城のつくば市でも新規開設の予定があります。 

また、これからの太田と駒形については、その広い地域を全部カバーするために多くのスタッフが必要となってきます。そうなると施設の規模の問題も出てきますので、それぞれの拠点で2ユニットのAIUモデルが必要になってくるでしょう。つまり医師が10人で患者さんは1500人くらいの規模です。

それでも患者さんはさらに増えてくるので、そうなると今度は診療範囲を狭めるしかなくなってくる。そうすれば移動時間も短くなるので、もっと多くの患者さんを診ることができるようになります。

そのためには、この太田の近隣、駒形の近隣に、新たに小規模のクリニックを開設し、お互いに連携して助け合いながらやっていく、そういう新しいモデルも模索しているところです。 

現状でも首都圏や地方都市で在宅医療は足りていません。その上、開業医の先生が一人で頑張っておられる在宅医療の現場においては、医師も大変ですが、患者さんに満足度の高い医療を提供するのも大変です。

将来的には在宅医療のニーズはさらに高まってくるでしょう。ですから今後はAIUモデルを基本にした在宅医療の全国展開を考えています。

また、開業医の先生が3人とか5人集まって在宅医療のチームを作りましょうよ。そのお手伝いをしますよ。というようなことも今後は進めていきたいと思っています。

さらには、私たちの理念に賛同してくれる開業医の先生がいれば、そのクリニックと一緒に協働していきたいとも考えています。 

在宅医療にもクオリティの高い医療が求められている

私たちは在宅医療に専門的な医療を取り入れようと考えていますが、在宅医療で病院医療の代わりを目指しているわけではありません。

しかし今の在宅医療には、高いクオリティが求められています。 患者さんも質の高い在宅医療を選んでいく。そういう時代になってきています。

質の高い在宅医療で満足度のより高い医療を地域に十分に提供してゆくことがこれからは重要です。  

全体の75%が施設の患者さんの在宅医療 

私たちが診ている在宅の患者さんの割合は全体の75%が施設の患者さんです。個人宅への訪問診療は25%です。施設の患者さんへの診療は、個人宅への診療に比べると収益面では低いですが、診療に当てている時間で見ると短いです。

また、個人宅の在宅医療に比べると、施設の患者さんは家族の調整とか個々の特性に応じた対応、例えばバリアフリーのような住居に応じた工夫などもしなくてすむので、患者数の割合では75%:25%と差はあっても、我々が診療に費やすエネルギーの割合では、施設と個人宅の比率は50%:50%とほぼ同じです。

今後は、費やしているエネルギーでは50%の施設の在宅患者さんに対して、より満足度の高い、質の高い在宅医療を十分に提供できるように考えていく必要があるでしょう。

施設におけるケアのクオリティが高まる

私たちが持っている技術を施設の職員さんに提供すると、施設全体のケアレベルが上がっていきます。と同時に、我々としては質の高い在宅医療を提供するために施設の職員さんの力を借りることもできるので、そのような点は施設の在宅医療のメリットといえます。 

しかし、施設の中にはそこまで介入できないところもあります。なぜかと言うとそのためにデイサービスの時間を削ることで施設側の収入が減ることもあるからです。

時にはそのせめぎ合いでもどかしい思いをすることもありますが、そのような状況でも丁寧に説明をして、実際にいろいろな活動をしていくと、経営が厳しい施設の責任者も、これだったらデイサービスの時間を削ってでも職員に口腔ケアのトレーニングや褥瘡の勉強をしてもらおう、となってきます。  

今後、施設での在宅医療が増えていくのは時代の流れといえます。 家族構成の問題とかを考えると、これからの在宅医療は施設での介護が当然増えてくるでしょう。 家族の負担を考えて施設を希望される方も多くなってくるでしょう 。施設側はそういうニーズに応えられるように、ケアの質を上げていく必要も出てくるでしょう。 

全ての人が、自分の力を思う存分発揮できるようなお手伝いがしたい

あい友会のミッションは、「人間の尊厳の回復と維持のため、価値的な医療・介護サービスを提供する」です。

ビジョンでは、「全職員が、持てる能力を十分に発揮し、さらなる成長と向上により、充実した人生を送れる高水準な環境と収入を確保する」ことを掲げています。

私は組織のリーダーとして、それらを実現させる責任を負っています。

組織やスタッフに影響を及ぼす立場でもある今の私にとってのやりがいとは、患者さんだけでなくスタッフも含めて、さらに言えばすべての人びとが本当に自分自身の力を今以上に発揮できる、それこそ150%とか200%発揮できるようにお手伝いをすることです。

例えば、悩みや課題を抱えている若い医師がいれば、こう考え方を変えることでもっと自分の思いを叶えながら活躍できるとアドバイスをして、その人の自主性を尊重しながら、さらに頑張ってもらえるようにコーチングする。その結果、あの先生は素晴らしい医師に成長したと評価される姿を実感できた時などは、嬉しくもありやりがいを感じます。

それは患者さんに対しても同じです。患者さんの中には自分が癌になったことを悲観する方も多くいます。その人たちが私の話で、“自分は色々な人に恵まれて幸せな人生だった”と思えれば、人生を悲観している状態から抜け出せて、その人の人生は変わっていくでしょう。 それは患者さんの家族も同じです。そういうこともやりがいのひとつです。 

特に終末期の癌の患者さんは笑うことも少ないので、本人やご家族が心から笑えるように努めています。医療の提供だけではなく、患者さんに寄り添い、その人の人生を前向きに変えていける在宅医でありたい。そう思っています。 

医療法人あい友会の基本情報

法人名医療法人あい友会
法人所在地〒373-0852 群馬県太田市新井町578-3
設立年月日2014年10月
法人事業医療・介護サービス事業
法人従業員数117名 (2023年1月時点)
理事長野末 睦(のずえ むつみ)
ホームページhttps://aiyu-kai.or.jp/

この記事の著者/編集者

野末睦 医療法人あい友会 理事長 

専門:総合内科、消化器外科
外科、創傷ケア、総合診療などの分野で、臨床医として活動しながら総合病院(庄内余目病院)の院長を経て、2014年9月 群馬県太田市のあい太田クリニックを開設、2022年2月まで院長を務め、現在は医療法人あい友会の理事長(CCO:Chief Clinical Officer)に専任。各拠点を飛び回り活躍している。

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