自家がんワクチンのメカニズムを知れば、自分のがん組織を使う意義がわかる

がん免疫療法とは

がんに対する治療法やその考え方は年々アップデートされ、絶えず進歩を続けています。

最近では外科的治療、放射線治療、抗がん剤に次ぐ第4の治療法として、がん免疫療法が注目されています。免疫の働きを抑えるブレーキ役となるタンパク質を発見し、がんに対して免疫が働くようにする新たな治療薬の開発に貢献したとして、2018年に本庶佑氏がノーベル医学・生理学賞を受賞しました。その治療薬である「オプジーボ」やCAR-T細胞療法の「キムリア」はがん免疫療法の代表例と言え、保険診療が適用されています。しかし、このように保険適用されているがん免疫療法は決して多くはありません。

一方、科学的に有効性が示されていても、大規模な治験が実施されていないために自由診療として展開されているがん免疫療法があります。

科学的に有効である治療法なら自由診療であっても偏見なく知りたいという読者が増えてきました。そこでドクタージャーナルでは、自家がんワクチンというがん免疫療法を提供するセルメディシン(株)の代表取締役社長大野忠夫さん、広報担当の石原健さんに取材しました。

セルメディシン(株)の大野忠夫さん(左)、石原健さん(右)。※写真撮影時のみマスクを外していただきました。

自家がんワクチンとは

自家がんワクチンとそのメカニズム

——自家がんワクチンとはどのようなワクチンですか?

大野さん(以下、敬称略):自家がんワクチンとは、患者さんのがん組織を利用して作製される、その患者様専用のオーダーメイドワクチンです。摘出手術で得られホルマリン固定された自家がん組織と免疫刺激剤(アジュバンド)から自家がんワクチンを作製します。そのワクチンを注射することで、免疫力を強化し、転移・再発したがん、取り残したがんを免疫系に攻撃させます。

——生きたがん組織を打ち込むことにはなりませんか?また、ホルマリンは人体に有毒ではありませんか?

大野:ホルマリン固定によって全ての細胞が死ぬため、生きたがん細胞を体に取り込ませることにはなりません。また、ホルマリン自体は確かに人体に有毒ですが、安全性に全く問題のないレベルまで十分に洗浄除去されます。

図1-1:自家がんワクチンの作製と投与の流れ

——自家がんワクチンはどのようなメカニズムで免疫系を強化するのでしょうか?

大野:自家がんワクチンを接種すると、死滅したがん組織が樹状細胞などの抗原を提示する細胞に取り込まれ、その中で消化されます。消化されて出てきたがん抗原がヘルパーT細胞に提示され、活性化されたヘルパーT細胞はサイトカインの放出を通してTリンパ球を活性化・増殖させます。これがキラーT細胞として成熟し、このキラーT細胞が生きているがん細胞の表面に発現しているがん抗原を目印としてがん細胞を殺します

——それはまさに、昨今の新型コロナウイルスでも話題になった「ワクチン」そのものですね。

大野:はい。ただし、普通のワクチンと異なるのは自分のがん組織を使うところです。新型コロナウイルスワクチンは皆同じものが投与されますが、自家がんワクチンは患者さんごとにその中身が違います。

図1-2:がん細胞がキラーT細胞に攻撃される様子 ※NK:ナチュラルキラー細胞、TAA:腫瘍関連抗原、MHC:主要組織適合遺伝子複合体、B7:共刺激シグナルとなるリガンド

自分のがん組織を使う意義

——自分のがん組織を使うとどのような利点があるのでしょうか。

大野:通常、がん抗原は樹状細胞のような抗原提示細胞に取り込まれた後、ペプチド(アミノ酸が複数結合したもの)に分解され、このペプチドを目印としてリンパ球にがん細胞の特徴を知らせます。

図1-3:CEAタンパクの配列を模式的に表したもの

大野:図1-3はがん細胞のマーカーとなるタンパク質CEAの配列を模式的に表したものです。がん細胞の目印として使いやすいところ(赤い部分)、そうでないところ(オレンジの部分)がありますが、赤い部分以外のペプチドでも抗腫瘍活性があることが示されています。

図1-4:ホルマリン固定されたCEAタンパクから誘導された細胞傷害性T細胞(CTL)による処理で生存した標的細胞の割合

大野:この実験結果は、ホルマリン固定されたCEAタンパクから、それに含まれるがん抗原ペプチドに由来する多種類のCTLクローンが誘導されたことを示唆します。これほど多くのがん抗原ペプチドが発生するのならば、もしその他にもがん抗原タンパクががん細胞に含まれていれば、それらから発生するがん抗原ペプチドは膨大な種類になります。

このまだ明らかになっていないがん抗原タンパクをネオアンチゲンと言います。ネオアンチゲンは遺伝子の突然変異によって生じるため、その特徴は患者さん一人ひとりによって異なります。よって、ネオアンチゲンを合成するためには生きた組織の遺伝子解析とネオアンチゲンペプチドの候補推定が必要となりますが、それには膨大な作業が必要となります。

既知のがん抗原ペプチド、ネオアンチゲン、さらにそこに入り得る遺伝子変異を考慮すると、人工的に合成したわずかな種類のがん抗原ペプチドで全体のがん抗原を代替させようとするのは難しいということになります。

自分のがん組織であれば、その膨大な種類を網羅することができるのです。

——まさに自分にとって最適なオーダーメイドなワクチンですね。

お問い合わせ

次回の記事では自家がんワクチンを臨床で用いた事例についてご紹介します。

併せてメリット・デメリットについてもお伝えできればと考えています。

次回の記事の公開を待たずに自家がんワクチンに関してご質問のある方、お問い合わせになりたい方は下記フォームからお願いします。

お問い合わせフォーム

この記事の著者/編集者

ドクタージャーナル編集部(藤原)   

薬学・生物学を専門的に学んだメンバーが在籍。ミクロな視点で最新の医療を見つめ、客観的にその理想と現実を取材する。科学的に根拠があり、有効である治療法ならば、広く知れ渡るべきという信念のもと、最新の医療情報をお届けする。

最新記事・ニュース

more

遺伝子専門医でもある熊川先生は、難聴のリスク遺伝子を特定する研究にも携わられてきました。信州大学との共同研究を経て、現在では高い精度で予後を推定できるようになっています。 将来を見据えたライフスタイルの設計のために。本連載最終記事となる今回は熊川先生の経緯や過去の症例を伺いながら、難聴の遺伝子検査について取り上げます。

人工内耳の発展によって効果や普及率が格段に高まってきた現代。今だからこそ知りたい最新の効果、補聴器との比較、患者さんにかかる負担について伺いました。重度の難聴を持つ患者さんが、より当たり前にみな人工内耳を取り付ける日は来るのでしょうか。

本連載の最後となるこの記事では、首都圏で最大規模の在宅医療チームである悠翔会を率いる佐々木淳氏に、これからの悠翔会にとって重要なテーマや社会的課題、その解決に向けてのビジョンについて伺いました。

こころみクリニックは正しい情報発信とぎりぎりまで抑えた料金体系、質の高い医療の追求を通して、数多くの患者を治療してきました。専門スタッフが統計解析して学会発表や論文投稿などの学術活動にも取り組み、ノウハウを蓄積しています。一方でTMS療法の複雑さを逆手に取り、効果が見込まれていない疾患に対する効果を宣伝したり、誇大広告を打つクリニックもあり、そうした業者も多くの患者を集めてしまっているのが現状です。 こうした背景を踏まえ、本記事ではこころみクリニックの経緯とクリニック選びのポイントについて伺いました。

前回記事に続いて、首都圏で最大規模の在宅医療チームである悠翔会を率いる佐々木淳氏に、「死」に対しての向き合い方と在宅医が果たすべき「残された人生のナビゲーター」という役割についてお話しを伺いました。

人工内耳の名医でいらっしゃる熊川先生に取材する本連載、1記事目となる本記事では、人工内耳の変遷を伺います。日本で最初の手術現場に立ったのち、現在も71歳にして臨床現場で毎日診察を続けられている熊川先生だからこそお話いただける、臨床実感に迫ります。