#01 へき地医療の主な目的は、離島の人たちの慢性疾患の急性増悪や悪化を防ぐこと
連載:東京でクリニックを運営する傍ら、 日本最西端の離島でへき地医療に取り組む。
2021.02.05
離島の医療では病気の予防や管理が大切
― 緒方先生は長年、東京での診療と沖縄での離島医療に取り組まれています。実際にへき地医療の現場に身を置かれているので、日本の地域医療格差の実態がおわかりになっていると思います。離島におけるへき地医療の実態と課題をお聞かせください。―
へき地医療で主な目的は、離島の人たちの慢性疾患の急性増悪や悪化を防ぐことなのです。離島の医療というと、ドクターヘリや緊急搬送などの救命医療のイメージが強いですが、専門医の私たちが離島で行っている主な仕事は救急対処ではありません。
離島の医療で大切なのは、病気の予防と基礎疾患や慢性疾患を有する患者さんが病気をさらに悪化させないようにコントロールする事なのです。
病気の予防やコントロールが大切なのは離島に限らずどこでも同じですが、都市部と大きな違いは、その症状が悪化した時に、離島の患者さん達は簡単に医師を選んで医療を受けることが非常に難しい。
その機会も極端に少ない。ということなのです。ですから離島の医療では、病気の予防と慢性疾患をコントロールするための医療に主眼を置いているのです。耳鼻咽喉科の私が与那国島や伊江島に行く日程は月に1回と決まっています。当然、急病は私がいない時に出ることのほうが多いのです。
例えば鼻炎持ちの子供は中耳炎になりやすいので、診療時には鼻炎を抑えるようにすると共に、そのための日常生活の指導もします。
そうすると中耳炎の発症が非常に少なくなります。内科の先生による糖尿病患者さんの血糖値コントロールなども同じです。
稀に緊急の手術を行うこともありますが、島民の慢性疾患の急性増悪や悪化を起こさないようにすることこそが私のへき地医療であり、使命もそこにあると思っています。
そのために診察の時だけでなく学校健診でも、日頃の健康管理や健康維持の啓蒙と予防医学的なレクチャーを精力的に行っています。
離島では医療に掛かる経済的負担も深刻
離島の人たちは、普通に医療を受けるだけでも大きな経済的負担が生じてしまいます。医療過疎の問題だけでなく、医療に掛かる経済的負担の問題も深刻なのです。
例えば与那国島の子供が中耳炎を起こし、親が近くの医療施設に連れて行かなければならない時でも、耳鼻科の医師がいる一番近い診療所は石垣島です。
与那国島からだと石垣島まで飛行機で30分、船では4時間もかかります。中耳炎ですと準救急に近いから急ぐ場合は飛行機となります。しかも大人の付き添いが必要ですから2人での移動となります。
石垣島で診察を受けても、1日の便数が少ないので当日には帰れませんし、石垣島への到着時間によっては翌日の診察となったりします。いずれにしても、必ず2人で1泊2日の行程となります。場合によっては再診察でまた往復しなければならないということになったりもします。
そうなると、治療費以外に2人分の4往復の運賃と2回の宿泊代が余計にかかってしまうのです。安く単純計算しても5万円以上になってしまう。
東京に住んでいると考えられないでしょう。2人でわざわざ大阪まで1泊2日で診察に行くようなものです。でもこれが島の子供が急病になった時の日常なのです。
離島の経済は決して豊かとは言えません。それなのにお金が島から流出してしまうこととなり、結果的には島がますます疲弊することになってしまうのです。
離島の人たちと生活の大変さとはそんなところにもあるのです。中耳炎でそうなのですから、多少の体の具合の悪さは我慢してしまい、そのために病気がますます悪化してしまうという悪循環もよくあるのです。
これは医療格差が生んでいる大きな問題の一つと言えるでしょう。
いまだに人と予算が大きく不足してるへき地医療
言うまでもなく、へき地医療の最大の課題は人の不足です。医師だけでなくて医療スタッフや薬剤師も足りていません。
それと、予算の問題です。いまだに医療機器も古いままの医療施設も多い。CTや電子カルテも十分普及しているとは言えません。
国民皆保険制度があるにも関わらず、地域における医療格差の弊害が最も顕著に表れているのが離島の医療かもしれません。現場に身を置いていると、そこを何とかできないものかと痛感します。
離島医療では、長期的な計画に基づいて医療の質を上げるための施策を行うことが特に重要であると考えます。
それでも最近は明るい兆しが生まれています
最近は沖縄でも離島医療に取り組む医師たちを増やそうという活動に取り組まれている方々が増えてきています。
沖縄地域医療支援センターで活動されるドクターの中には、大学においてへき地医療の講座を持たれ積極的に啓発活動をされている方もいます。
私たちが学生の頃は制度としては無かったのですが、最近は研修で離島の診療所に来ている医大生もいます。医師になる前から離島医療の現場に接することは、将来どのような臨床医になろうとも必ずプラスになるものと確信します。
また、医師になってからも、離島の診療所で勤務する若い医師達が増えてきていることは素晴らしいことだと思います。
いまだにへき地医療に携わる医師が充足しているとは言えない現状ですが、このような学生の時からの草の根的な活動がさらに広まっていくと、将来に希望が持てます。今、いろいろな形で取り組まれている僻地離島研修は、非常に良いプロジェクトだと思います。
月2回の離島診療を行っています
― どのようなスケジュールで東京と離島での診療を行われているのですか。―
現在は、沖縄の伊江島と与那国島に毎月1回ずつ、月2回の離島診療を行っています。そのために東京のクリニックは水曜日を休診日としています。
スケジュールとしては、火曜日のクリニックの診療後、20:00時の沖縄行き最終便で羽田を経ち、その日は那覇で一泊、翌日島での診療を行います。
特に日本最西端の与那国島には、那覇から飛行機でも片道2時間ほどかかります。ですから限られた時間内で可能な限り多くの患者さんを診て、その日の夜に東京に帰ってくるというスケジュールにならざるを得ません。強行軍ですが、体力の続く限りは続けたいと思っています。
島での診療は午後の限られた時間内となりますが、当日はなるべく診察を受けに来てくださいと事前に伝えてありますから、多い時には40、50人の患者さんが来られます。
診療時には、緊急時にはどう対処したら良いかなどもあらかじめ伝えておくようにしています。
緊急時には私の携帯に、現地の医師から患者さんの照会や相談が入ってくることもありますし、健診先の学校の先生から連絡が入ることもあります。
離れているのでできることは限られていますが、これは島と私のいわゆる医療ホットラインだと思っています。