#01 「普段星空を見上げることのない人たちにこそ届けたい。」星空工房アルリシャ 高橋真理子氏

… 自然というものは、はるか人間の力の及ばないところにあるからこそ、傷ついた人を癒す力を持つのかもしれない。いつも眺める病院の殺伐とした天井に、夜になれば星空がでてきてくれたら、どんなにいいだろう。…  星空工房アルリシャ 代表 高橋真理子  「病院がプラネタリウム」とは、病院や施設に移動式プラネタリウムを持ちこみ、病気や障がい、生活環境などによって、ホンモノの星空を見られない人たちに、星空と宇宙を届けるプロジェクトだ。 (『ドクタージャーナル Vol.20』より 取材・構成:絹川康夫, デザイン:坂本諒)
高橋真理子
高橋真理子氏
星空工房アルリシャ代表。一般社団法人星つむぎの村共同代表。 山梨県立大学、日大芸術学部、帝京科学大学非常勤講師、つなぐ人フォーラム共同代表。 山梨県在住。北海道大学理学部、名古屋大学大学院でオーロラ研究を行う。山梨県立科学館のプラネタリウムで19年間、企画や番組制作を行ったのち2013年に独立、現在は本物の星空をなかなか見られない人に星や宇宙を届ける活動「病院がプラネタリウム」や、星を介して人をつなぐ活動を精力的に行う。 2008年人間力大賞・文部科学大臣奨励賞、2013年日本博物館協会活動奨励賞受賞

「病院がプラネタリウム」とは

星空工房アルリシャの代表で宙先案内人こと高橋真理子氏の、「普段星空を見上げることのない人たちにこそ届けたい」という思いから2014年にスタートした。驚くことに、このプロジェクトは、病院や施設側に負担をかけることなく一人でも多くの人たちに星空を届けたいという考えから、無償で提供されている。

資金は助成金や企業スポンサー、クラウドファンディングなどを駆使し、毎回の実施は高橋真理子氏とこの活動に賛同したボランティアのメンバーによって行われている。実施対象は、全国の病院や施設に長期入院している子どもたち、難病の方々、児童養護施設の子供達を最優先に考えているという。

現在は、病院や施設だけでなく東日本や熊本の被災地や、看護師研修などにも力をいれて活動の範囲を広げている。

プラネタリウム番組「オーロラストーリー」

高橋真理子氏が、『いつかプラネタリウムをもって、病院や施設にいる人たちに見せることができたら』と思い始めたのは、高橋氏が山梨県立科学館の学芸員として、市民に愛されるプラネタリウムの運営に携わっていた2001年の頃だそうです。

その年に制作したプラネタリウム番組「オーロラストーリー」が全国から大きな反響を受け、感性や思いを共にできる人たちとの出会いがたくさんあったといいます。

「オーロラストーリー」とは、高橋氏がシナリオを書いた番組で、人生で最も大きな影響を受けた敬愛する写真家の星野道夫氏の人生を軸に、科学と神話の両面からオーロラの神秘と魅力にせまる物語です。

番組の中で星野道夫氏は、科学も神話も「私たちはどこから来て、どこへ向かうのか」という人間の根源的な問いに応えようとする人間の思考の表れだと語っています。

病院でプラネタリウムという発想

「オーロラストーリー」をきっかけとした出会いの中でも特に、社会福祉を専門としていた同年代の鳥海直美氏との出会いが大きな刺激となったそうです。

『人と向き合う福祉という仕事にありながら、常に宇宙という視点を持っていた彼女から、私が得たものは計り知れず大きい。彼女と仕事をする、つまり宇宙と福祉の接点は何だろうと考えていたときに思いついたのが、「いつか病院や施設でプラネタリウム」ということだった。』(高橋氏)

しかしそのころは、宇宙と福祉・医療という分野が本来的なところでどうつながるのか、同氏の中にはまだ明確には無かったそうです。

その後、2004年のプラネタリウム・ワークショップにはじまった「星の語り部」の活動、2006年に製作した番組「戦場に輝くベガ―約束の星を見上げて」、2007年の「星を見上げて、その想いを言葉にして、みんなで歌をつくろう」というプロジェクト「星つむぎの歌」などの活動から、「生き死に」を考えることと、宇宙を知ることの近さを学んだと高橋氏は語ります。

在宅ホスピス医の内藤いづみ先生と出逢う

2010年には山梨県立科学館プラネタリウムがリニューアルし、それを機に2001年に制作した「オーロラストーリー」を完全リメイクします。 同時に機器をデジタル化したおかげで、オーロラの映像も以前より格段にリアリティのあるものになりました。そんな時に、在宅ホスピス医として有名な内藤いづみ先生と出会います。

『ホスピスでプラネタリウムをやってみたい、ということをお伝えしたのをきっかけに急速に交流が始まった。 彼女の患者さんに、「死ぬ前に一度でいいからオーロラをみたい」という末期がんの方がいると聞いた。科学館の近くにお住まいということで、ドームでオーロラを見ようということになった。』(高橋氏)

『オーロラ映像と音楽のみの10分程度の時間であった。実はご本人は、すでに意識もうつろだったので、オーロラを見て何かを感じられたかは、わからない。でもご家族もスタッフも大変喜んでいかれた。後日、一緒にいらしていた看護師で、小さい娘さんを亡くされた経験をお持ちの方が、「娘に逢えた」と漏らしていた、ということを聞いた。「オーロラストーリー」本編ではなく、オーロラ映像をお見せしただけなのに、番組のメッセージである「地球と宇宙をつなぎ、生と死をつないでいる」ということを、彼女自身の経験から感じていたのである。鳥肌の立つ思いだった。』(高橋氏)

この体験が、内藤医師との新しい企画を早めることとなります。それが「宙を見ていのちを想う~オーロラとともに」というイベントでした。

内藤医師のホスピス講演、プラネタリウム番組「オーロラストーリー~星野道夫・宙との対話」鑑賞、そして、内藤医師と高橋真理子氏の対談「いのちはみんなつながっている」という三部構成で行われました。

『2001年の「オーロラストーリー」をきっかけにいつか宇宙と福祉や医療がつながれば、と漠然と思っていたのが、2010年の「オーロラストーリー」とともにそれが結実したことに感慨深いものがあった。』(高橋氏)

その後、このイベントは、内藤医師と長年におよび親交のあるタレントの永六輔氏とのコラボレーションにも発展しました。

天文好きの小児科医との出逢い

2007年、山梨で開催された「ユニバーサルデザイン天文教育」の研究会で、山梨大学附属病院の小児科医である犬飼岳史医師に出逢います。

『小さいころは天文学者になりたかったという彼は、今も天文少年のように、美しい天体写真が撮れるとすごく嬉しそうに見せてくれる、とてもピュアな人。しかも、小児がんなど長期の治療を強いられる子どもたちを相手にしているお医者さんである。病室でプラネタリウムをやったらどうだろう、というこちらの提案が、承諾されないわけがなかった。まだ、十分な機材を持ち合わせていなかったのにもかかわらず、病院内でのプラネタリウム計画をたて、それは結構あっという間に実施された。』(高橋氏)

家庭用のプラネタリウム「ホームスター」と傘式のドームで、部屋を一生懸命暗くして行いました。これこそが、「病院がプラネタリウム」の誕生でした。

『後日、「ふだんあまり笑わない子が翌朝、嬉しそうに星を見た、と言ってとても嬉しかった」という先生からの報告を聞いた。きっとこれは求められるものになっていくだろうという実感。これも、2001年に漠然と描いた想いが一つ形になった日であった。』(高橋氏)

この記事の著者/編集者

高橋真理子 星空工房アルリシャ 代表 

星空工房アルリシャ 代表。一般社団法人星つむぎの村共同代表。
山梨県立大学、日大芸術学部、帝京科学大学非常勤講師、つなぐ人フォーラム共同代表。
山梨県在住。北海道大学理学部、名古屋大学大学院でオーロラ研究を行う。山梨県立科学館のプラネタリウムで19年間、企画や番組制作を行ったのち2013年に独立、現在は本物の星空をなかなか見られない人に星や宇宙を届ける活動「病院がプラネタリウム」や、星を介して人をつなぐ活動を精力的に行う。
2008年人間力大賞・文部科学大臣奨励賞、2013年日本博物館協会活動奨励賞受賞

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遺伝子専門医でもある熊川先生は、難聴のリスク遺伝子を特定する研究にも携わられてきました。信州大学との共同研究を経て、現在では高い精度で予後を推定できるようになっています。 将来を見据えたライフスタイルの設計のために。本連載最終記事となる今回は熊川先生の経緯や過去の症例を伺いながら、難聴の遺伝子検査について取り上げます。