#02 星は、私たちに夢や希望を与える。生きろといわんばかりに。

… 自然というものは、はるか人間の力の及ばないところにあるからこそ、傷ついた人を癒す力を持つのかもしれない。いつも眺める病院の殺伐とした天井に、夜になれば星空がでてきてくれたら、どんなにいいだろう。…  星空工房アルリシャ 代表 高橋真理子  「病院がプラネタリウム」とは、病院や施設に移動式プラネタリウムを持ちこみ、病気や障がい、生活環境などによって、ホンモノの星空を見られない人たちに、星空と宇宙を届けるプロジェクトだ。 (『ドクタージャーナル Vol.20』より 取材・構成:絹川康夫, デザイン:坂本諒)

「病院がプラネタリウム」がライフワークに

高橋氏が、本格的に「病院がプラネタリウム」というプロジェクト名を作り、それがライフワークの一つになったのは、2013年に科学館の正規職員を辞して独立してからでした。

『絶妙なタイミングで、製薬会社からの助成金を提案され、プロジェクトを始めることができた。主に対象としてきたのは、長期入院している子どもたち、重度心身障害者と呼ばれる難病の人たち。ドームで行うプラネタリウム投影の一番の醍醐味は、街の明かりを消して満天の星空が現れる時間。みんなで目をつぶって、カウントダウンをする。「10、9、8…ゼロ!」「さあ目をあけよう」と言う瞬間の子どもたちやスタッフの大きな歓声、そのたびにこちらが泣きそうになる。』(高橋氏)

病院がプラネタリウム

『何故あの、小さな点像がたくさんあるだけの、ニセモノの星空に、人々は感動するのだろう。星が嫌いという人はほとんどいない…そう思うたびに、星を携えた仕事ができることに無上の喜びを感じる。』(高橋氏)

病院でプラネタリウムを行うと、「私が星にお願いしたいことは、どうか病気がなおりますように、ということです」「広い宇宙の中にいることがわかって、生きているのは奇跡だと思った」という子どもたちからの感想や、「夜の時間が楽しみになりました」という保護者の方からの感想、「癒されました!」というスタッフからの声が寄せられるそうです。

「めっちゃ元気でた!」

『子どもたちも家族もスタッフも、ボランティアも、すごくいろんな立場の人たちが、同じように体験できるのが素晴らしいですね。と言っていただいたことがある。病院という社会の中にあって、医師と患者の関係性は、「治す人」と「治してもらう人」。一種の上下関係のようなものがある。けれども、プラネタリウムの中で、お医者さんが口をあけながら、一緒に「おー」とか「わー」とかつぶやく。そのことが、患者側に与える安堵感はどれだけのものだろう。』(高橋氏)

『ある病院では、こんなこともあった。プラネタリウムをとても楽しみにしていたのに朝から調子が悪く、見に来られないかも、という女子中学生のKさんがいた。子どもたちの楽しみを日々つくりだしているチャイルドライフスペシャリスト(CLS)のMさんが、Kさんの大好きな曲をリクエストしてくれた。「You raise me up 」、あなたがいると私はがんばれる、という意味の有名な楽曲だ。

Kさんはなんとかプラネタリウムにやってきた。その日、病院から見える星空、ライトダウンした満天の星、そこにちりばめられる星座たちを巡ったあとは宇宙旅行。地上を飛び出して、地球を眺め、惑星を訪ねてゆく。

私たちのいる地球が、どれだけ広い宇宙の中にいるのか視野を広げる。太陽系、銀河系、銀河団……。Kさんは、手持ちのスマホで、一生懸命動画撮影をしている。途中で、「あ!」という彼女の嘆きの声が聞こえる。せっかくとった動画を削除してしまったようだ。

残念がる彼女のために、投影が終わったあと、Kさんとお母さん、CLS のMさん、そして私だけがドームに残って、再度、大好きな音楽をかけながら、宇宙を漂い、青く愛おしい地球に帰っていった。

大人3人はすっかり涙であったが、ご本人は、「めっちゃ元気でた!」と、ほんとうに幸せそうな顔になって病室へ戻っていった。朝の具合が悪かった様子を知っていた看護師さんが唖然としたほどに。』(高橋氏)

自然は傷ついた人を癒す力を持つ。

『星に向かって語りかけても、何も答えはしない。何かをくれるわけでもない。しかし、星は、何故か私たちに夢や希望を与える。生きろといわんばかりに。

自然というものは、はるか人間の力の及ばないところにあるからこそ、傷ついた人を癒す力を持つのかもしれない。

いつも眺める病院の殺伐とした天井に、夜になれば星空がでてきてくれたら、どんなにいいだろう。

いつか、そんな日がくることを目指しながら、「病院がプラネタリウム」に心と体を傾けていきたい。』(高橋氏)

― 本文参考・引用 ―
高橋真理子氏著書「人はなぜ星を見上げるのか―星と人をつなぐ仕事」より(新日本出版社発行)

入院生活がより潤いのあるものに変わる。

― 山梨大学附属病院小児科 犬飼岳史先生からのメッセージ ―

大学病院の小児科病棟や小児病院では、さまざまな疾患の子どもたちが入院生活を送っています。

なかでも、白血病をはじめとする小児がんや、腎臓疾患、循環器疾患などの子どもたちは、長期の入院生活を強いられています。

子どもたちは家族と離れて病室で過ごし、友人と離れて院内学級で学びながら闘病生活を送っています。

小児科病棟に大きなエアドームを持ち込み、子どもたちが家族や病棟スタッフと一緒に星空を見上げることができるこの活動は、ただ単に子どもたちが病棟でプラネタリウムを体験できるだけではありません。

自分たちは社会から忘れられてはいないのだ!ということを認識することができる重要な意義があります。

そして、一緒に星空を見上げることで医師や看護師との関係もより良好なものになり、退院して本物の星空を見上げることを楽しみに、それからの入院生活がより潤いのあるものへと変わります。

― 星空工房アルリシャ ウェブサイトより一部抜粋 ―

病院がプラネタリウムのスタイル

【スタイル.1 移動プラネタリウム】

4mエアドームの中は満天の星。5m四方の広さと3mほどの天井高さの部屋であればどこでもできます。点滴や車椅子を使っていても、はいることができます。1回あたり5~15名ほど(車椅子の数などに応じて)。1回につき30分~40分ほどが標準ですが、ご希望に応じます。1日5、6回の投影も可能です。

【スタイル.2 病室での天井投影】

部屋の外に出られない人たちのために、病室の天井に星空を映し出すことも可能です。窓に遮光シートをはって、部屋全体を暗くして行います。

【スタイル.3 スクリーン】

大きなホールなどがある場合には、宇宙映像を映し出し、音楽と語りが融合した講演スタイルが可能です。生演奏で行うこともできます。

【病院がプラネタリウムの内容】

宇宙と私たちをつなぐ物語」をお話しています。広大な宇宙、長い時間をかけて今、ここにいることの不思議。UNIVIEWという最新スペースエンジンを使った映像で、その日の夜見える星空から宇宙の果てまでシームレスに見せています。

病院や施設のみなさまへ

なるべく病院や施設側に費用をご負担いただかずに実施できるように、助成金、企業スポンサー、クラウドファンディングなどを駆使しています。もし、施設側でご負担いただけるような場合は、優先して日程を決めていきます。(費用は直接ご相談ください。)

対象としては、長期入院の子どもたち、難病の方々を最優先に考えていますが、費用をご負担いただく場合には、この限りではありません。医療・福祉スタッフの研修の一環(視野を広げる、リラックスする、精神面での自浄方法を知る、など)として、やらせていただくケースも増えてきました。

問い合わせ先/星空工房アルリシャ
http://alricha.net
Info@alricha.net

人はなぜ星を見上げるのか-星と人をつなぐ仕事

この記事の著者/編集者

高橋真理子 星空工房アルリシャ 代表 

星空工房アルリシャ 代表。一般社団法人星つむぎの村共同代表。
山梨県立大学、日大芸術学部、帝京科学大学非常勤講師、つなぐ人フォーラム共同代表。
山梨県在住。北海道大学理学部、名古屋大学大学院でオーロラ研究を行う。山梨県立科学館のプラネタリウムで19年間、企画や番組制作を行ったのち2013年に独立、現在は本物の星空をなかなか見られない人に星や宇宙を届ける活動「病院がプラネタリウム」や、星を介して人をつなぐ活動を精力的に行う。
2008年人間力大賞・文部科学大臣奨励賞、2013年日本博物館協会活動奨励賞受賞

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