#03 外来診療と在宅医療は地域医療の両輪だと思っています。

「鈴木内科医院」は、地域の診療所として50年以上の歴史を持つ。 在宅療養支援診療所として地域の高齢者や認知症患者の医療を担う一方、日本でいち早く緩和ケアに組んだクリニックとして在宅緩和ケアを得意とし、地域のかかりつけ医として患者とその家族を支えている。 初代院長でもある父の鈴木荘一医師は、わが国における緩和ケアの草分けで、在宅ターミナルケアの先駆的な存在としても有名だ。 鈴木央院長は、内科医として外来診療を行いながら、在宅医療では、がんの疼痛管理を始め、経験豊かな知識に基づいた高度な緩和ケアを提供している。 鈴木央院長は、在宅医療は医療の頂点であり、ここには医療の原点があるように思うと語る。 (『ドクタージャーナル Vol.21』より 取材・構成:絹川康夫, 写真:安田知樹, デザイン:坂本諒)

入院病棟を閉じて在宅医療に取り組む

1997年まで鈴木内科医院では入院と在宅の両輪で診療を行っており、それまでも在宅での癌の終末期の患者さんの看取りなどを行っていました。

それが在宅ケアに専念するようになった最大の理由は、1997年にシシリー・ソンダース医師が来日された折に、父に「これからは在宅医療が中心ですよ。」と示唆してくれたことです。

父はその考えに共感し、それまであった有床診療所病床を閉じて、外来と在宅ケアに力を注ぐことにしました。その後の1999年に私が医院に戻りました。それまで孤軍奮闘で頑張っていた父にとっては心強かっただろうと思います。

在宅医療とは看取りを視野に入れた生活支援

在宅医療では看取りはゴールではなくて、それを視野に入れて、そこに至る一日一日をどう支援するかということが重要だと思います。

また看取りにおいては、時には患者さんにはあえて医療的な介入を行わずに、ただ見守りだけをすることもあります。見守るご家族にはこれで大丈夫ですよと勇気づけて支援を行い、自然の死を迎えさせてあげる。そのような在宅終末期医療もあります。

外来診療と在宅医療の両立にこだわる

外来診療と在宅医療は地域医療の両輪だと思っていますので、ここにはこだわっています。何故なら、私が目指している「町医者」像にとっては、在宅と外来のどちらも対応していないと、不自然ではないかと思っているからです。

地域においては、最初は外来で来られていた患者さんが、来院できなくなって在宅に移っていくのが自然な在宅医療のあるべき姿だと考えています。

わたしどもでお看取りした先代のお子さんが癌になられた時に、さらにはそのご家族もそれぞれに私どもに通院されていたりする家庭では、極めて自然に在宅医療が導入できます。

在宅医療では、担当する医師がその患者さんご本人をどれだけよく知っているかが重要です。かかりつけ医として昔からお付き合いのある医師が、その方に寄り添い最後の瞬間までお手伝いをすることが理想の姿だと思っています。

がん難民の受け入れ

がん難民の患者さんの問題も深刻ですし、ここを診ることのできる医師はまだ少ないように思います。都市部では在宅医も増えてきているので、身体機能が落ちてきて外出や受診が困難な状態になると、そこで在宅医療の導入や緩和ケア病棟への入院も可能になるのですが、それまでは難民状態です。

病院からがんの末期で治療できないと言われてしまうと患者さんは行き場に困ってしまいます。そのような患者さんには、通院できる間は通院して頂き、抱えている不安や心配事を相談してもらい、安心して頂く。当院が外来診療を行っている意味の一つはそこにあります。

実際に、私が今毎日訪問しているがんの終末期の方は、それまでずっと当院の外来に通って頂いていた患者さんです。その患者さんが病と対峙してきたこれまでの過程も十分に知っていますから、その患者さんとの信頼関係は非常に築きやすく、在宅緩和ケアもスムーズにいくというメリットもあります。

医師同士のコミュニケーションも重要

在宅医療では、医師同士のコミュニケーションも重要です。

医師は独立した専門科ですから、その領域に立ち入ることはお互いに難しい。

ただし地域の中で長く医療に関わっていると、たくさんの医師の知人や友人ができます。そしてその先生方と信頼関係を結べると、いろいろなことを任せてもらえるようになります。

例えば地域の病院の先生で、自分の患者さんが終末期の癌で在宅が必要になった時に、鈴木内科医院を紹介してもらえるようになりましたし、同じように診療所の先生でも在宅緩和ケアが必要な患者さんには当院を勧めてもらえるようになりました。

また最近ですが、ある診療所の先生が、自分のかかりつけの患者さんが癌になって在宅医療が必要になったのですが、自分は緩和ケアに自信がないからと、一緒に来てほしいと私を誘ってくださったことがありました。

これには私は感激しました。とても嬉しかった。患者さん第一で考えれば、このような連携こそが、一番理想の形だと思います。

周囲との良好な関係作り

良好なコミュニケーションは全ての基本にあると思います。それが上手にできるかできないかでいろいろな事が大きく変わってきます。医師は腕さえよければ良いという考え方は、今では通用しなくなっていると思います。

勿論医師は、良い仕事をするということが大前提ですが、同時に周囲との良好な関係作りも大切で、周囲との関係性が良いと、いろいろな関係者から信頼されて、患者さんを紹介されるようになる。これは医院経営にも直結してきます。

鈴木央

まず何といっても、在宅医療は良い医療

国民の6割の方が在宅での療養を希望しているという厳然としたニーズもありますから、それを供給できる体制づくりは非常に重要だと考えています。国の医療政策では今後病院を増やすことは難しい上に、特に都市部では今でも療養病床は不足しています。

ですから多職種との連携による在宅医療でそのような患者さんをケアし支えていかなければ、東京などでは医療が崩壊してしまうと思っています。在宅医療はチーム医療ですから、様々な職種の人たちが協力して一人の患者さんを支えなければなりません。

そのために多職種が連携して在宅医療を推進するための協議会が大田区在宅医療連携推進協議会です。当院のある大田区は若い世代の流入も多く人口も増えている地域ですが、地域の中で長く住まわれている住民も多く、その方々が高齢化しており、結果的に高齢者の方が多い地域になっています。

最も大事な取り組みとして、在宅医療とは病院を追い出された患者さんが受ける医療ではないということ、そして在宅医療は正しい選択肢の一つであることを、区民の皆さんに理解してもらうための活動をしています。そのための啓蒙活動の一つとして、地域の商店会のイベントなどで無料の健康相談を行ったりしています。

地域の多職種の方々と一緒に活動に取り組とその過程で新しいチームができ、そこではさらにお互いがより理解を深め合うことができる。そんな地域連携の姿を目指しています。

認知症診療はかかりつけ医が担い手。

認知症の患者さんの不安を解消できるのはかかりつけ医です。認知症の人は、記憶を失ってしまうという非常に不安な病態だと思っています。認知症は診断が確定することによって、ご本人はもとよりご家族も大きな不安とストレスを抱え込むことになります。

ですから不安を少しでも和らげてご本人が安心できれば、いろいろな症状がずいぶんと改善されると思っています。

そのためには、古くからその患者さんを良く知っている顔見知りのかかりつけ医に毎回診てもらうことが重要だと思います。同様に、ご家族も安心できるように、何でもかかりつけ医に相談できる体制があることも理想的です。

認知症の患者さんの場合、投薬による治療ももちろん大事ですが、治ることのない病気だけに、患者さんやご家族の生活の不便さをどれだけ解消でき、満足した生活を送れるための支援かできるかが非常に重要だと思っています。

画像診断のような専門的な部分は専門医に任せますが、認知症の方が抱いている不安を解消できるのは、地域のかかりつけ医でなければできないでしょう。ご家族にとっては、長い行き先の見えない旅路を共に歩むかかりつけ医がいることが、大きな支援になると感じています。認知症診療ではでかかりつけ医は、薬物療法だけではなく、ご家族のケアという大きな役割も担っているのです。

私が考える在宅医療とは、"生活を支える医療"といえます。寝たきりの方、退院したいけどできない方、自宅で看取りたい方などのニーズにお応えすることが、この地域における当院の役割だと考えています。

この記事の著者/編集者

鈴木央 鈴木内科医院 院長 

医師:内科、消化器内科、老年内科。専門:プライマリ・ケア、がん緩和ケア、在宅医療。一般社団法人 全国在宅療養支援診療所連絡会 副会長。大田区在宅医療連携推進協議会会長。日本在宅医学会理事。日本プライマリ・ケア連合学会理事。1987年昭和大学医学部卒業。1995年~99年都南総合病院内科部長。1999年~鈴木内科医院副院長。2015年鈴木内科医院 院長。
主な著書:『がんの痛みをとる5つの選択肢』、『医療用麻薬』、『命をあずける医者えらび-医療はことばに始まり、ことばで終わる-』他多数

この連載について

緩和ケアや在宅医療の目標とは、QOLを高め、生活を支えること

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