#02 緩和ケアとは決して消極的な治療ではなく、患者さんのQOLを高めるための一つの手法

「鈴木内科医院」は、地域の診療所として50年以上の歴史を持つ。 在宅療養支援診療所として地域の高齢者や認知症患者の医療を担う一方、日本でいち早く緩和ケアに組んだクリニックとして在宅緩和ケアを得意とし、地域のかかりつけ医として患者とその家族を支えている。 初代院長でもある父の鈴木荘一医師は、わが国における緩和ケアの草分けで、在宅ターミナルケアの先駆的な存在としても有名だ。 鈴木央院長は、内科医として外来診療を行いながら、在宅医療では、がんの疼痛管理を始め、経験豊かな知識に基づいた高度な緩和ケアを提供している。 鈴木央院長は、在宅医療は医療の頂点であり、ここには医療の原点があるように思うと語る。 (『ドクタージャーナル Vol.21』より 取材・構成:絹川康夫, 写真:安田知樹, デザイン:坂本諒)

早期のがんでも、痛みがあれば緩和ケアを

緩和ケアとは、決して消極的な治療ではありません。よく言われるような敗戦処理の医療ではなく、患者さんのQOLを高めるための一つの手法です。

緩和ケアというと、がん疼痛を対象としている医師が多いですが、私ども在宅医はがんだけに限らず、苦痛があればなるべく和らげてQOLを改善しようと考えます。

また、患者さんの中には医療用麻薬の使用に対して心配をする人もいます。しかし、緩和ケアの目的は、単に痛みを取るだけではありません。痛みを和らげることができれば、精神面のケアを進めることができ、生活にもゆとりが生まれます。

積極的な治療の段階で麻薬を使うことは、安全性の面でも何ら問題はありません。たとえ早期のがんであっても、そこに痛みがあるのであれば、緩和ケアが介入したほうが良いということを、医師にも患者さんにも当たり前の知識として知ってもらうことが大切だと思っています。

現在はがん対策基本法において、緩和ケアを終末期医療に限らず診断の初期から重視すべきであるとされています。

私どもは、「患者さんがにこにこ笑えるようにしよう。」と言っています。患者さんに笑いが出てくると生活が明るくなると同時に、生活の質も上がってきます。

患者さんにとってはこんな厳しい状態なのに、ご本人に笑いが生まれてくる。そのような環境作りも緩和ケアでは大切なことだと思っています。在宅緩和ケアにおいては、ただ単に痛みを取るだけの緩和ケアでは不十分です。

医療用麻薬は上手く使えば非常に良い薬

疼痛管理で使う医療用麻薬についてですが、今でも多くの誤解があるように思います。確かに使い方にはそれなりのノウハウが必要ですので、間違って使ってしまうと逆に患者さんを苦しめてしまうこともあります。それが恐ろしくて医師の中には、緩和ケアになかなか手を出しづらいということもあるでしょう。

私は、強い痛みには強い薬を、弱い痛みには弱い薬をWHOのガイドラインに沿って使います。今は薬の種類も多く医療用麻薬は上手く使えば非常に良い薬だと思っています。

緩和ケアで看取る患者さんの多くは、穏やかに最後を迎えているように感じます。そのためにいろいろな手を尽くします。時にはモルヒネを持続的に注射しながら最期を迎えられる方もいます。

また緩和ケアでは薬剤師も大きな役割を担っています。医療用麻薬を中心とした薬の知識と、どんな副作用があるのか、どのようなチェックポイントがあるのかという、薬学的な観点から医療用麻薬を熟知した薬剤師が一緒に付き添ってもらうと、医師としては非常に助かります。

「できることをできるだけ」が合言葉

私はスタッフにいつも「できることをできるだけ」という合言葉を使っています。

「できること」とは患者さんのこれまでの生き方や、今までの人生の物語をきちんと理解し、これまで生きてきたようにこれからも生きることを「できるだけ」支えるということです。これをナラティブベースドアプローチといいます。

自分たちのできることには限界があり、命には終わりがありますから、いつかは必ず患者さんとのお別れが来ます。その過程の中で、自分は何ができるのかを考えてもらうようにすると、若いスタッフでもしっかりと患者さんに対応できるようになります。

人生経験の少ない若い医療スタッフにとっては、人の死に接することは辛いことかもしれません。しかし良い看取りができると次の患者さんへのモチベーションになりますし、症状緩和がしっかりとできたという経験は、スタッフにとってのその後の自信にも繋がっていきます。

この記事の著者/編集者

鈴木央 鈴木内科医院 院長 

医師:内科、消化器内科、老年内科。専門:プライマリ・ケア、がん緩和ケア、在宅医療。一般社団法人 全国在宅療養支援診療所連絡会 副会長。大田区在宅医療連携推進協議会会長。日本在宅医学会理事。日本プライマリ・ケア連合学会理事。1987年昭和大学医学部卒業。1995年~99年都南総合病院内科部長。1999年~鈴木内科医院副院長。2015年鈴木内科医院 院長。
主な著書:『がんの痛みをとる5つの選択肢』、『医療用麻薬』、『命をあずける医者えらび-医療はことばに始まり、ことばで終わる-』他多数

この連載について

緩和ケアや在宅医療の目標とは、QOLを高め、生活を支えること

連載の詳細

最新記事・ニュース

more

遺伝子専門医でもある熊川先生は、難聴のリスク遺伝子を特定する研究にも携わられてきました。信州大学との共同研究を経て、現在では高い精度で予後を推定できるようになっています。 将来を見据えたライフスタイルの設計のために。本連載最終記事となる今回は熊川先生の経緯や過去の症例を伺いながら、難聴の遺伝子検査について取り上げます。

人工内耳の発展によって効果や普及率が格段に高まってきた現代。今だからこそ知りたい最新の効果、補聴器との比較、患者さんにかかる負担について伺いました。重度の難聴を持つ患者さんが、より当たり前にみな人工内耳を取り付ける日は来るのでしょうか。