#02 地域で支援を必要とする人たちに寄り添い、社会活動にも幅広く奔走する。

在宅療養支援診療所として高齢者から小児、難病、認知症、緩和ケアまで幅広く地域医療に貢献する ひばりクリニックの院長 髙橋昭彦氏は、医療的ケア児の在宅医療に取り組む中で、重度障がい児の子どもを見守る母親たちのために、独自でレスパイト施設「うりずん」をスタートさせる。 それら地域の支援体制の確立に向けた高橋氏の活動に対しては、第10回 ヘルシー・ソサエティ賞や、第4回赤ひげ大賞(日本医師会)が贈られている。 (『ドクタージャーナル Vol.22』より 取材・構成:絹川康夫, 写真:安田知樹, デザイン:坂本諒)

小児科医の仕事とは

小児科医の仕事では、子どもの病気を治すだけでなく、子どもが病気になる背景にも目を配り、体の健康だけでなく、心の健康にも目を向けることが必要だと思っています。

病気や障がい以外に、家庭や社会的背景など、いろいろな課題が存在しています。困っていることを、まずは知って、抱えている困難を一つ一つ解決できるように最善を尽くしてゆく。私は常にそうしたいと願っています。

社会の健康とか家庭の健康を考えると、子どもにとっては、まずご飯が大切です。安心して暮らせ、勉強できる環境も必要です。日常生活の中で子どもが、今日も楽しかったとか、ご飯がおいしいとか、そんなことも普通に喜べない環境があるとしたら、社会で何とかしていかなければならない。

育児とは、広い意味で考えると世の中全体で子どもを育てるということでしょう。その一端を小児科医が担っても良いだろうと考えています。最近では、若い小児科医の中にも子どもの虐待に関心の高い人が増えてきています。

家族全員に目を向けることの大切さ

母親はどうしても障がいのある子どもの世話に目が向きがちです。ともすると他の兄弟姉妹は後回しになってしまい、寂しさや疎外感を感じさせてしまうことがあります。その結果、兄弟姉妹の中でいろいろな思いや感情が生まれてしまいます。

ある呼吸器をつけた8歳の女の子の訪問診療では、必ず妹さんにも声を掛けて、時には一緒に遊んであげるようにしています。「あなたのこともちゃんと見ていますよ。」と。

そうすると妹さんは、「お姉ちゃんだけでなく自分にも関心を持ってくれている。」と思い安心します。些細なことですが大事なことです。また、家庭の中でお母さんが健康を壊すと、子どもの健康状態も崩れがちになります。家族全体の状況や状態に気を配っていくことも医師の仕事だと思っています。

時として関係性は専門性を超えると思っています。医師と、患者さんや家族との間に信頼関係があると、いろいろなことを相談してくれます。在宅医療にとって、それはとても大切なことです。

うりずん

重い障がいのある子どもの日中お預かり「うりずん」をスタート

レスパイトケア施設「うりずん」を始めるきっかけとなったのは、人工呼吸器をつけた子どもさんの訪問診療に伺った時に、お母さんが熱を出して寝込んでいて、代わりにお父さんが仕事を休んで看病している姿を目の当たりにしたことです。

24時間目が離せないわが子の介護にあたる両親には、ひと息つける時間も取れず、緊急時に子どもを預けられる場所も無い現状でした。

何かできることはないかと始めたのが、重い障がいのある子どもをボランティアで日中数時間お預かりすることで、親が一休みでき、仕事にも出られるようにする研究事業(在宅医療助成 勇美記念財団)でした。2007年のことです。

行政の制度も前例もない中で民間の助成金を受け、実際のお預かりをスタートし、小さな診療所であっても、環境を整備すれば人工呼吸器をつけた子どもを預かることは可能であることを証明しました。

その取り組みを知った宇都宮市が制度を作ってくれ、2008年に「宇都宮市障がい児者医療的ケア支援事業」として行政からの支援が始まりました。この陰には、行政だけでなく多くの方からの働き掛けがあったのだと思います。

2012年からは、「特定非営利活動法人うりずん」として活動の範囲を広げています。「うりずん」のスタートは、最初の頃から周囲には無謀な取り組みに見えたようで、懇意の先生からも随分心配されました。でもシスタービンセントの、「あなたの目の前にある必要なことをやりなさい。そうすればあなたにとって必要なものは現れます。」の言葉が私の原動力となりました。

今でも経営的には決して楽ではありませんが、「うりずん」の運営は、多くの方々から寄せて頂いている善意の寄付により支えられています。それは本当に嬉しいことです。

「うりずん」の感謝の木

うりずんの玄関ホールに感謝の木という大きな絵があります。この樹には、ご支援をいただいた方のお名前が書かれた葉っぱのプレートが貼られています。支えて下さる方が増えると、だんだんと葉っぱが増えていきます。

毎年、多くの方々から善意の寄付が寄せられています。昨年のクリスマス会でも、いろいろな方面から多くの方々のプレゼントやご支援を頂きました。

うりずん感謝の木

病児保育「かいつぶり」の開設

クリニックの2階に併設している病児保育施設が「かいつぶり」です。私の故郷である滋賀県の県鳥で、琵琶湖にいる水鳥の名前から取りました。

健康な子どもが、風邪やインフルエンザ、水ぼうそうなどにかかると保育園などでは預かってもらえませんから、働いているお母さんは仕事を休まざるを得なくなり困ってしまいます。そんな病気の子どもを、日中お預かりする施設が病児保育かいつぶりです。

医療機関のひばりクリニックに併設しているので、病後児だけでなく病児にも対応できます。それと、幼児だけでなく小学生もお預かりできるのが特徴です。3名の常勤スタッフがいますが、時にはお預かりする子どもさんが一人とか、突然の予約のキャンセルが入ったりと、まだまだ運営は厳しい状態です。それでも困っている人のお役に立てる事業ですから何とか続けて軌道に乗せたいと思っています。

認定特定非営利活動法人だいじょうぶ

私が理事を務めるこのNPO法人だいじょうぶは、子どもの貧困対策の活動を行っています。

母子家庭の中には、子どもにご飯を作らなかったり、お風呂に入れなかったり、掃除をしなかったりという、養育能力の低いお母さんたちもいます。このような家庭では、給食だけが支えだったり、汚いといじめられたり、成績が振るわなかったりする子どもたちも多くいます。

その子どもたちを、「Your Placeひだまり」という一軒家の施設に連れてきて、温かい手作りのご飯をお腹一杯食べさせ、お風呂に入れてあげ、勉強まで教えてあげて、お母さんのもとに送り届ける活動を、毎日無料で行っています。もともとNPOとして母親、子供からお金は取らず自主事業として開始しまして、最初は全くのボランティアで助成金もないところから始まった活動でした。

今年で11年目になり、今では自治体からの助成をはじめ、多くの支援を頂けるようになりました。これは本当に凄い取り組みだと思います。驚くべきことに、この活動を続けていくと、子どもが大きく変わってきます。本人は食事の心配もなくなり、清潔になることで学校でのいじめもなくなり、成績も上がってくるのです。

更には、子どもたちを助けることで、親も変わってきます。それまでは児童相談所や役所の職員が自宅に来ても、絶対に家に上がらせなかった親が、子どもが元気になっていく姿を見て、自分も「ひだまり」に来るようになります。

そこで子どもと一緒に温かい食事をとると、自分の辛かった幼少期を思い出し、お母さんが涙するのです。そこからヘルパーが入って、食事の作り方、入浴の仕方、掃除の仕方などを教えて、その家族を再生してゆくのです。行政の指導だけでは絶対にできないことだと思います。

今の日本では子どもの6人に1人は貧困といわれています。子どもは親を選べません。親の養育能力が低いのであれば、それを補い救っていく社会的な養育の仕組みを作っていかなければならない。この点では日本は非常に遅れていて、このような実態があることすら、あまり知られていません。一般のお母さんたちは、母親が怠けているとしか思いません。

ところが、養育能力が低いお母さんたちの多くは、自分も同じような境遇で育ってきていて、子どもに対する愛情の掛け方も分からないのです。だから、時には自分の子どもを虐待してしまったりするのです。

今は家庭の姿が大きく変わってきています。離婚も多く、母子家庭も多くなっています。しかも母子家庭の母親にとっては働きにくい社会で、収入も低い。その上に母子家庭で子どもに障がいがあったとしたらどうでしょうか?本当に大変なことです。

在宅緩和ケアとちぎ

高齢者や末期がんの患者さんの在宅医療で、緩和ケアは欠かせない医療の一つです。

私どもに在宅医療の依頼が入る患者さんの中には、それまでかかっていた医療機関から在宅医療を断られてしまった、緩和ケアを必要とする末期がんの患者さんもいます。栃木県を中心に、在宅緩和ケアに関心のある人たちが集まって情報交換や勉強会を行っています。

特定非営利活動法人障がい者福祉推進ネット ちえのわ

障がいのある子どものお母さんや学校の先生、相談員と医師など、専門職と当事者がコラボしたNPO法人で、二つの活動を行っています。

一つは、スイーツタイムといって、当事者のお母さんたちがお茶をしながら、お互いに自由に語りあえる場を作っています。ピア・カウンセリングの一つといえるでしょう。二つ目は、学校などを回り、一般の人の理解を深めるために障がい理解啓発授業を行っています。

(続く)

この記事の著者/編集者

高橋昭彦 ひばりクリニック 院長 

小児科医。1961年滋賀県生まれ。1985年に自治医科大学卒業後、大津赤十字病院、郡立高島病院、朽木村国保診療所に勤務。1995年より沼尾病院(宇都宮市)在宅医療部長。2002年ひばりクリニックを開業。2006年に重症障害児の日中預かり施設「うりずん」を開所。2012年特定非営利活動法人うりずん設立。2014年第10回 ヘルシー・ソサエティ賞受賞。2016年に現在の地にひばりクリニックを新設移転し、病児保育かいつぶりを併設する。2016年の第4回赤ひげ大賞(日本医師会)を受賞。

この連載について

本人だけでなく家族も支える小児在宅医療とは

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遺伝子専門医でもある熊川先生は、難聴のリスク遺伝子を特定する研究にも携わられてきました。信州大学との共同研究を経て、現在では高い精度で予後を推定できるようになっています。 将来を見据えたライフスタイルの設計のために。本連載最終記事となる今回は熊川先生の経緯や過去の症例を伺いながら、難聴の遺伝子検査について取り上げます。