#02 日本発・人工網膜「STS法」の現在地と課題 次世代機が目指す「解像度の壁」の突破

人工網膜研究の第一人者である森本先生が人工網膜について語る本連載、2記事目となる本記事は、日本初の人工網膜技術 STS法が抱える課題と、それを解決するための次世代のSTS法についてです。

取材協力: 森本 壮 先生 (大阪大学 医学系研究科)

■略歴
1997年 大阪大学医学部医学科卒業
2001年 大阪大学大学院医学系研究科未来医療開発専攻 博士課程
2003年 日本学術振興会特別研究員
2005年 医学博士(大阪大学)
2008年 大阪大学大学院医学系研究科眼科学 医員
2009年 大阪大学大学院医学系研究科寄附講座視覚情報制御学 助教
2010年 大阪大学大学院医学系研究科感覚機能形成学 講師
2012年 大阪大学大学院医学系研究科感覚機能形成学 准教授
2019年 大阪大学大学院医学系研究科視覚機能形成学寄附講座 准教授

日本初の人工網膜技術「脈絡膜上経網膜電気刺激法(STS法)」

「網膜色素変性症」は、眼の奥にある光を感じる組織「網膜」に異常が起こり、光を感じる細胞である視細胞がゆっくりと失われていく、遺伝性の病気です。現在の医療ではこの疾患に対する確立された治療法はなく、世界中で様々な治療法が研究されています。その中でも特に注目を集めているのが「人工網膜」です。

日本初の人工網膜「STS法」は、網膜の外側に存在する脈絡膜上に電極を埋め込む技術です。体外のカメラが捉えた映像を電気信号に変換し、脈絡膜状の電極から視神経を刺激することで、その信号を脳に伝えて視覚を生み出します。網膜組織に直接触れない外側の脈絡膜上に電極を設置することで、網膜へのダメージリスクを軽減し、欧米の技術よりも高い安全性安定性を実現しています。

STS法が抱える課題について

ーーSTS法にはどのような課題があるのでしょうか?

森本:STS法の主な課題は、解像度の低さ視野の狭さです。現在のSTS法では電極を49個しか使用していません。49個の点で視覚を表現しなくてはならないため、どうしても解像度が落ち、視野も狭くなってしまっています。例えるなら、細長い筒を覗き込みながら生活を送っているような状態です。そのため、歩行を改善する程度には視力を改善できていますが、それよりも難易度の高いタスクは難しくなっています。

森本:この課題を解決するには、電極を増やさなければならないのですが、これは簡単ではありません。電極を増やせば増やすほど、それだけケーブルの数も増やさなければならないのです。この課題を次世代のSTS法によって解決していきたいと考えています。

次世代STS法

ーー「次世代」のSTS法とはどのような技術なのでしょうか?

森本:主に2つの点で、従来のSTS法を超える技術です。1つ目は「電極の多さ」です。先ほど述べた通り、従来のSTS法では電極の少なさが課題でした。電極を増やそうと思ってもその分たくさんのケーブルが必要になってしまい、実現が難しいです。しかし、次世代のSTS法では、電極の形やケーブルの繋げ方により、その問題を克服しようとしています。下の図をご覧ください。

森本:これは次世代のSTS法の電極のイメージ図です。7つの電極を1つのモジュールという単位で構成しています。このモジュール同士の位置関係は自由に動かせられるようになっているので、患者さんの状態に合わせて様々な形に変更できる点が強みです。これにより、従来のSTS法よりもたくさんの電極を配置できるようになります。

森本:そして、もう1点重要なのは、「脳内ネットワークの理解」です。人工網膜を実現する上でとても重要な視覚神経の仕組みがあります。

森本:上の図のように、脳の視覚の経路は主に2つに分かれます。物体の位置や動きを見る「背側視覚路」と物体の形や色を見る「腹側視覚路」です。従来の人工網膜技術は、運動視を捉えることは得意なのですが、形態視は少し苦手だと言われています。2次元の光の点だけで視覚を表現しようとしているわけですから、3次元の物体の形を表現するのがとても難しいのです。しかし、ここで重要な視覚経路があります。

森本:突然ですが、上の3枚の画像をご覧ください。3枚ともただの点の塊ですが、左から順に見ていくと、ピラミッドのような物体が回転しているように見えませんか?

森本:たとえ2次元の画像であっても、動きによってそれを3次元に見せることができるのです。これは「structure from motion」と呼ばれる、動きによって立体感を感じる目の仕組みです。この時、背側視覚路の V5/MT 野から、腹側視覚路の下側頭葉の ITX 野への経路が刺激されていると言われています。次世代のSTS法では、視覚情報によってこの経路を強化することでより立体的に物体を捉えようとしています。

森本:この次世代のSTS法に関しては、電極の完成には4年ほど、患者さんに届くまでは10年ほどかかる予定ではありますが、それが実現した暁には、現在の技術に比べ現在の技術に比べ、視覚の質が飛躍的に向上すると期待しています。

STS法の将来的な可能性

ーーSTS法の将来的な可能性を教えていただけますか?

森本:デバイスだからこその強みを活かしていければと思っています。具体的に構想しているのは「音声ガイドシステム」です。カメラが認識した映像をAIによって認識させ、その物体が何なのかを音声で患者さんに伝えることで、視覚を補助することができればと考えています。

森本:他にもIoT技術のように、信号が近づけばそれを知らせてくれる、といった仕組みも実現可能だと考えています。これは、iPS細胞による再生医療などの治療法では実現できません。このように、デバイスだからこその強みを活かしていければと考えています。

森本:人工網膜という技術は、視力がほとんどない患者さんが視覚を取り戻す画期的な技術ですが、現在達成している最高視力は0.005ほどで、日常生活を送る上で充分な視力とは言えません。視界に映るものの形や大きさを認識できたとしても、それが何なのかを判別するのは難しく、通常は付き添いの人がその物体が何なのかを説明するという方法をとっていました。しかし、近年ではAIが発達したことにより、カメラが捉えた画像をAIが自動で認識し、それを音声にして伝えることが可能になりました。付き添いの人がいなくても、目の前のものを判別できるような仕組みを作っていければと考えています。

(#3へ続く)

森本壮 大阪大学 医学系研究科

■略歴
1997年 大阪大学医学部医学科卒業
2001年 大阪大学大学院医学系研究科未来医療開発専攻 博士課程
2003年 日本学術振興会特別研究員
2005年 医学博士(大阪大学)
2008年 大阪大学大学院医学系研究科眼科学 医員
2009年 大阪大学大学院医学系研究科寄附講座視覚情報制御学 助教
2010年 大阪大学大学院医学系研究科感覚機能形成学 講師
2012年 大阪大学大学院医学系研究科感覚機能形成学 准教授
2019年 大阪大学大学院医学系研究科視覚機能形成学寄附講座 准教授

取材・執筆

ドクタージャーナル編集部(島元)

薬学・生物学を専門的に学んだメンバーが在籍。ミクロな視点で最新の医療を見つめ、客観的にその理想と現実を取材する。科学的に根拠があり、有効である治療法ならば、広く知れ渡るべきという信念のもと、最新の医療情報をお届けする。

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東京都大田区で訪問診療を中心に取り組む「たかせクリニック」院長の髙瀬義昌氏は、臨床医学の実践経験や家族療法の経験を生かし、「高齢者が安心して暮らせる街づくり」に取り組んでいます。 本記事では、高瀬氏に家族療法との出会いについて伺いました。