#02 iPS細胞が解き明かすコロナワクチンの「副作用」 心筋炎のメカニズムと予防戦略
2026.06.20
iPS細胞を用いた心疾患研究の最前線で活躍されている、オハイオ州立大学の西賀雅隆先生が語る本連載、2記事目となる本記事は、iPS細胞を用いて実際に解明された「コロナワクチンの副作用」や「抗がん剤の副作用」についてです。
取材協力:西賀雅隆先生(オハイオ州立大学)

■略歴
2007年 京都大学医学部卒
2007 - 2012年 天理よろづ相談所病院(研修医および循環器内科後期研修)
2017年 京都大学大学院 博士
2017 - 2025年 Postdoctoral Fellow/Instructor (Stanford University)
2025年 - Assistant Professor (The Ohio State University)
前回までの復習:iPS細胞を用いた基礎研究
前回記事(#01)では、iPS細胞とゲノム編集技術「CRISPR-Cas9」が基礎研究にもたらした革命について紹介しました。動物実験では再現できない「ヒト固有の病態」や「患者さんごとの遺伝的な違い」を、患者さん自身の細胞から作ったiPS細胞によって試験管内で忠実に再現し、比較する。この最先端の手法が、医学研究のあり方を大きく変えつつあります。本記事では、この技術を用いて実際に行われている研究の例を紹介します。
iPS細胞を用いた「コロナワクチンの副作用」研究
ーー西賀先生がこれまで取り組まれてきたiPS細胞の研究の中から、特に紹介したいテーマについてお聞かせいただけますでしょうか。
西賀:直近の例ですと、2025年に発表した「コロナワクチンの副作用の解明(※1)」でしょうか。2021年ごろ、ファイザーやモデルナのワクチン接種後に稀に心筋炎が発生することが話題になりましたが、私たちはその原因となる機序をヒトiPS細胞とマウスモデルを組み合わせて解明し、さらに炎症を抑える薬の候補を見つけました。
※1 原著論文…Cao, Xu et al. “Inhibition of CXCL10 and IFN-γ ameliorates myocarditis in preclinical models of SARS-CoV-2 mRNA vaccination.” Science translational medicine vol. 17,828 (2025): eadq0143. doi:10.1126/scitranslmed.adq0143

研究背景
西賀:当時、mRNAワクチンの2回目接種後に、極めて稀ではありますが(10万人に数人程度の割合で)若い男性に心筋炎が発生することが報告されていました 。先行研究によって、心筋炎の発症と同時期に免疫系の活性化が起こることは示唆されていましたが、具体的に「何が心臓を傷つけているのか」という直接的な因子の特定には至っていませんでした。そこで私たちは、ワクチン接種後の免疫の変化、特にサイトカイン(※2)という炎症物質に注目し、分子レベルのメカニズムを解明しようと考えたのです。
※2 サイトカイン…免疫細胞から分泌されるタンパク質の一種で、細胞同士の情報伝達を担う物質。特に免疫・炎症反応等の生体防御に関連したものが多い。
ヒトの心筋細胞を「試験管内」で再現
西賀:本研究では、ヒトiPS細胞から「心筋細胞」をはじめ、血管を構成する「内皮細胞」や免疫を担う「マクロファージ」を作製し、ワクチンの影響を試験管内でテストできる環境を構築しました。また、スタンフォードの病院で余ったワクチンをもらってきて、マウスに筋肉注射することで心筋炎をおこす動物モデルも作成しました。

心疾患メカニズムの解明
解析を進めると、まずワクチンによってマクロファージが刺激され、CXCL10という物質を放出することがわかりました。それに伴い、T細胞が強力な炎症物質であるIFN-γ(インターフェロン・ガンマ)を放出させるという「炎症の連鎖」が起きていたのです。これらの炎症物質が過剰に発生すると、心筋細胞内のタンパク質分解システムが活性化し、心臓の収縮に必要な構造を壊してしまうことが判明しました。つまり、ワクチンそのものが直接心臓を壊すのではなく、ワクチンに反応した炎症物質が心臓にダメージを与えていたというわけです。

治療法・予防法発見への応用
西賀:メカニズムが分かれば、次は「どう防ぐか」です。私たちはiPS細胞で作った病態モデルを用いて、治療薬の候補を探しました。そこで注目したのが、大豆などに含まれるイソフラボン(※3)の一種、「ゲニステイン」です。
※3 イソフラボン…大豆の芽に多く含まれる植物性成分。女性ホルモンと似た働きをすることから、美肌効果や更年期症状の緩和、骨粗しょう症の予防などに役立つと言われている。
西賀:ゲニステインには抗炎症作用があることが知られており、以前、私たちがスタンフォードでマリファナによる血管の炎症を防ぐ薬をスクリーニングした際にも、ゲニステインが強力な抗炎症効果を発揮しました。今回も、実験の結果、これが心筋細胞内の異常なタンパク質分解を抑え、収縮機能の低下を防ぐことが分かりました。さらに興味深いことに、この成分はワクチンの本来の目的である「ウイルスに対する抗体を作る力(免疫原性)」は維持したまま、心臓へのダメージだけを特異的に和らげてくれたのです。
西賀:また、ゲニステインは女性ホルモンに近い化学構造をしています。そもそもこの心筋炎は、若い男性に多く報告されていたので、男性には少ない「女性ホルモン的な要素」を補うことで心臓が守られたというのは興味深い点です。
iPS細胞とCRISPRを用いた「抗がん剤の副作用」研究
ーーその他で、iPS細胞やCRISPR技術を用いた研究はございますか
西賀:いくつかの抗がん剤はしばしば心臓に悪影響(心毒性)を与えることが知られています。スタンフォードにいたときに私も参加した研究で、「CRISPRスクリーニング(※4)」を用いて、ドキソルビシンという抗がん剤が引き起こす心毒性の原因を調べました(※5)。具体的には、ヒトiPS細胞由来の心筋細胞を用いた網羅的な解析により、これまで心毒性との関連が未解明だった遺伝子「CA12」を新たな原因遺伝子の一つとして特定しました。つまり、この遺伝子を抑制するような治療をすることで心臓を副作用から守ることができるかもしれないということです。
※4 CRISPRスクリーニング…CRISPR Cas9を用いて遺伝子をピンポイントで編集し、細胞が持つ数万種類の遺伝子の働きを総当たりで変化させて、病気の原因や薬の標的となる遺伝子を突き止める実験手法。ここでは、抗がん剤による心臓へのダメージを止める(あるいは悪化させる)鍵となる遺伝子を見つけ出すために用いられた。
※5 原著論文…Liu C, Shen M, Liu Y, “CRISPRi/a screens in human iPSC-cardiomyocytes identify glycolytic activation as a druggable target for doxorubicin-induced cardiotoxicity” Cell Stem Cell, 2024; 31, 1760-1776.e9
西賀:ここで用いたアプローチは、ドキソルビシンに限定される話ではありません。CRISPRスクリーニングによって、病気の原因になっている遺伝子を解明することができます。このアプローチをiPS細胞と組み合わせることで、さまざまな疾患の原因がわかることが期待できます。

(#03へ続く)





森口敦 ドクタージャーナル東大生チーム・コーチ兼メンター