客観的なデータに基づいた自家がんワクチンの事例紹介

前回の記事では、自家がんワクチンの特徴、免疫系のメカニズムなどをご紹介しました。今回の取材では自家がんワクチンを臨床で活用した事例についておうかがいしました。

事例の紹介

——実際に自家がんワクチンを活用した治療にはどのようなものがありますか?

肝臓がん

大野:アルコール性肝硬変を伴う肝細胞がんの患者さんの例です。

患者さんは発症後、約4-6ヶ月間隔で再発を5回繰り返し、常に腫瘍マーカー(PIVKA2EC)の再上昇に悩まされてきました。その都度TAE(肝動脈塞栓療法)、PEIT(経皮的エタノール注入療法)による血管内治療を施行され、その後、自家がんワクチンを接種しました。その3ヶ月後、半年後、CT画像上で再発は確認されず、腫瘍マーカーの値も正常化しました。

図2-1:肝細胞がん患者の腫瘍マーカーの推移

大野:また、Randomized Study(無作為比較対照試験)による臨床試験で自家がんワクチンの肝臓がんに対する再発抑制効果・延命効果が統計的に有意なレベルで示されています。 同じ時期に肝臓がんの手術を受けた患者様を無作為に対照群と自家がんワクチン群に分け、再発抑制効果、延命効果を調べました。

図2-2:自家がんワクチンによる再発抑制効果(左)と延命効果(右)

大野:図2-2左のオレンジの線は自家がんワクチン投与群で、青線は同時期に肝臓がんの手術を受けた対照群です。18例の症例に自家がんワクチンが投与された結果、対照群の 21例に比べ、 15ヶ月(中央値)の追跡調査で、再発頻度が対照群の62%からワクチン群の17%へと、絶対再発リスクが45%も減少、ハザード比は0.19、p=0.003となりました。

また図2-2右のオレンジの線は前述の自家がんワクチン投与群で、青線は同時期に肝臓がんの手術を受けた対照群です。縦軸は生存率を示しています。試験期間中に亡くなったのは対照群で 21例中8例(38%)もあったのに対し、ワクチン投与群では18例中たった 1例(6%)に過ぎませんでした。この結果には統計学的な有意差(P=0.01)がありました。

※関連:医学統計の基本シリーズ第4回:リスク比とオッズ比、相対リスクと絶対リスク

脳腫瘍

大野:多型膠芽腫の患者さんの例です。

手術、放射線を照射後、抗がん剤(ACNU)投与を2コース実施し、その後自家がんワクチン療法を施行しました。腫瘍体積減少が認められ、術後24ヶ月以降は完全寛解(CR)。患者さんは社会復帰し、10年生存例となりました。

図2-3:多型膠芽腫の腫瘍サイズの推移

腹膜がん

大野:原発性漿液性腹膜がん(PPSC)の患者さんの例です。

腹腔内の広範囲を切除した後、TC療法(パクリタキセルとカルボプラチンの2種類の異なる作用の抗がん剤を組み合わせた治療法)が6コース実施されました。再発後、回腸転移巣を3cm切除、TC療法を6コース追加、腫瘍マーカーである血中CA125の上昇が認められ、さらに5コース追加されましたが、8ヶ月後にはCA125が急速に上昇し、PET-CT(がん検査の一種)で多発再発が認められました(図2-4左図の左、黄枠内) 。

TC療法をもう一度追加されるもCA125が3,571 U/mLに達し、制御不能となってしまいました(グラフの105日目)。そこで自家がんワクチンを併用したところ(グラフの青い白抜き矢印)、1ヶ月でPET-CT上でがん塊が消失し(図2-4左図の右、黄枠内)、CA125も減少(グラフの133日目)、完全寛解(CR)状態が281日まで続きました。残念ながら 310日目以降に再々発し、患者は16.5ヶ月後に死亡しましたが、強烈な化学療法でさえも制御不能になってから自家がんワクチン併用により1年以上も生存できたことから、その効果がうかがえます。

図2-4:がん塊の変化を示すPET-CT画像(左)と腫瘍マーカーCA125の推移(青矢印はTC療法)(右)

自家がんワクチン単独で利用か、併用か

——術後にワクチン単独で投与している事例と抗がん剤と自家がんワクチンを併用している事例がありますね。どちらを選択するかについて何かわかっていることはありますか?

石原:ワクチンを単独で利用すべきか、抗がん剤や放射線療法などと併用すべきかについての体系的な理解はまだ得られていません。腫瘍組織によっても効果は異なります。

抗がん剤の副作用が骨髄などの免疫に関わる組織にダメージを与えることがあり、その場合は自家がんワクチンによる免疫力の強化は見込めません。

——抗がん剤を利用した標準的な治療が行われた後に自家がんワクチンを活用している事例がありますが、この場合、自家がんワクチンの効果が最大限発揮されていない可能性もあるのではないでしょうか。抗がん剤の使用前に使えばより効果が得られる可能性はありますか?

大野:その可能性はありますね。ただし、そこまでのデータがまだ得られていないため、どのように投与するかについては経験に基づいています。

お問い合わせ

次回の記事では自家がんワクチンに伴う副作用の有無、治療の受け方などについてお伝えします。

併せてメリット・デメリットについてもお伝えできればと考えています。

セルメディシン株式会社:https://cell-medicine.com/

この記事の著者/編集者

ドクタージャーナル編集部(藤原)   

薬学・生物学を専門的に学んだメンバーが在籍。ミクロな視点で最新の医療を見つめ、客観的にその理想と現実を取材する。科学的に根拠があり、有効である治療法ならば、広く知れ渡るべきという信念のもと、最新の医療情報をお届けする。

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遺伝子専門医でもある熊川先生は、難聴のリスク遺伝子を特定する研究にも携わられてきました。信州大学との共同研究を経て、現在では高い精度で予後を推定できるようになっています。 将来を見据えたライフスタイルの設計のために。本連載最終記事となる今回は熊川先生の経緯や過去の症例を伺いながら、難聴の遺伝子検査について取り上げます。