#02 伊藤病院には大切にしている3つのミッションがあります。

伊藤病院は年間外来患者数30万6000人、年間初診患者数2万2000人(※2011年度実績)。全国から患者が訪れる甲状腺疾患専門の民間病院だ。東京、表参道の一等地に位置し60床の小規模病院ではあるが、7床のアイソトープ専用病床を有し、重症のバセドウ病や甲状腺がんの治療も含め、甲状腺を患う全ての患者に対して完璧な自己完結型医療を提供している。 創業以来、甲状腺疾患の専門病院としてのプライドを貫きながらも、常に新しい事にチャレンジを続けるのが3代目院長の伊藤公一氏だ。 ※2016年度実績/年間外来患者数36万8000人、年間初診患者数2万6000人  (『ドクタージャーナル Vol.5』より 取材・構成:絹川康夫、写真:安田知樹、デザイン:坂本諒)

1.甲状腺疾患の専門病院でありつづける

守備範囲と適正規模を守るということを1番大切にしています。

守備範囲とは甲状腺の病気を指し、甲状腺疾患であれば全ての診療に対応する自己完結型医療を目指し、責任を持ってその守備範囲に徹するということです。そのために極めて重要となるのが診療連携です。

甲状腺の病気は特徴的な症状が少ないため、患者様自らでは判らない事も多くあり、かかりつけの医師からのヒントによって当病院に来院される方や、診断を受けて治療に来られる方が多い。

年間2万人以上来院される新患で、紹介状をお持ちになられている患者様は1万人以上に及びます。その紹介状の半数以上が地域のかかりつけ医の先生からです。

当然私たちは地域のかかりつけ医の先生からのご期待にもしっかりと沿えるよう、一人一人の患者様を大切に治療をさせて頂いているという思いで診療にあたっています。

当病院の特徴ですが、地域の患者様は1%以下で、殆どの患者様は日本全国、遠方から来られています。それも、私たちが病気を見つけているのではなく、既に病気が見つかった方が来院され、我々が精密検査を行い、治療を行っているという点です。

また、患者様の中には糖尿病や高血圧などほかの余病をお持ちの方もおられます。そのような場合には、当病院は地域の先生方に逆紹介をしています。年間では1万人位の患者様を当病院から逆紹介しています。これも守備範囲に徹するということです。

電子カルテやIT化により患者様の情報を正確にフィードバックできる体制で、常に患者様だけでなく紹介元の医師にいち早く正確な診断結果をお返しできるようにしています。

そのような事で、診療連携という事を非常に大事にしています。

また、適正規模とは経営医理念や経営方針の中で一番大切なことと思っております。

これは、常に適正な規模で人的投資や経営資源の投資を行っていくという事で、適正規模である限り、患者様が増えていく事は経営にとって大きなプラスとなります。

実際に、この15年間で患者様の数は3倍になっていますが、医師は3倍以上に増やし、職員も倍増しています。

2.民間病院の強みを活かす。

当院は民間病院であり、かつ個人病院ですので、トップダウンが効き易いという強みがあります。

良いことはすぐにやる。悪い事はすぐに止める。というようなフレキシビリティに富んだ組織作り、環境作りに努めています。これが良き経営にも繋がっていると思います。

余談ですが、東日本大震災での福島県の原発の事故では、放射線と甲状腺がんが非常に注目を浴びましたが、行政の動きの鈍さに対して我々は民間病院の強みを最大限に活かして、例えば南相馬市立病院から依頼を受けて、3名の臨床検査技師をこちらで宿舎も用意して1ヶ月間ずつ交代で教育を行ったりして、迅速に多くのボランティア支援を行いました。これらについても、民間病院だからこそ出来る強みだと思っています。

3.常に学術的研鑽に務める。

これは創業時からの理念でもありますが、甲状腺疾患の分野における学会発表や学術論文では、常に世界のトップランナーでありたいと思っております。

実際に医師をはじめ、看護師やコメディカルスタッフ、全職員が多くの学会発表を行い、国内だけでなく世界中から非常に高い評価を受けており、結果として当院から多くの情報発信がなされております。

このように勉強するという事に重きを置いており、当病院の全てのスタッフが非常にモチベーションの高い勉強家です。

勉強しないと退屈してしまいますし、私は退屈こそが人生において最大の罪悪と考えています。工夫をせず同じ事をやり続けているだけでは新しいものは生まれませんし、技術も進歩しません。

幸い当院には専門分野で豊富な経験を積んだ経験者や、甲状腺疾患に興味のある意欲的な人材が多く集まってきます。

世間で言われているような医師不足とは無縁です。理由は、当病院の75年に及ぶ甲状腺疾患専門病院としての知名度と実績、研究が評価されている事と、職員のモチベーションが高く働きやすい職場環境が評価されている結果だと思っています。

実際に、甲状腺に興味があれば当院ほど働き甲斐のある職場は無いと思いますし、閨閥や学閥もありません。

女性医師も多く、現在27名の常勤医の内12名が女性医師です。甲状腺疾患は9割が女性の患者様ですので、女性医師が多いというのは非常に大きいアドバンテージです。

当病院では女性医師に限らず、女性スタッフにとっても働きやすい環境作りを常に心掛けています。

名古屋分院「大須診療所」の開業

私が病院経営に取り組んだ中で、特筆したいことが二つあります。

ひとつは、2004年に名古屋市の中心部、中区に診療連携施設「大須診療所」を設立したことです。

設立の理由は3点あります。東海地方から来院される患者様が多かったことと、名古屋における甲状腺疾患の診療に熱意を持った医師や看護師、コメディカルスタッフの活躍の場を作りたいという思いがあった、そして私の手で甲状腺疾患の専門医療機関を新たに創設したかったというスピリッツマインドです。

この8年間で診療連携をますます強化して、地元医師からの甲状腺疾患の患者様の紹介と、守備範囲を超えた患者様の逆紹介も増えており、東海地域での医療連携は順調に進んでおります。

私自身はふたつの関連施設に出向き手術も行っております。さらには2011年に、近隣にアイソトープ治療設備を備えた施設を新規開設して、名古屋でも自己完結型医療を構築できました。

新たな地での開業では、それなりに苦労も多かったのですが、多くのことを学べました。

メディカルツーリズム

ふたつ目は、メディカルツーリズムです。私は発足時より、国土交通省・観光庁の「インバウンド医療観光に関する研究会」の政府委員を務めています。

日本の医療の良さや、甲状腺疾患専門病院の私共の現状や存在を知らせるためのプロモーション活動で、中国や台湾、韓国、アメリカなどに講演に行ってまいりました。

それと同時に当病院で実証事業として中国人の患者様を診療して高い評価を受けました。

日本に滞在している多くの外国人の方にも甲状腺疾患の確かな診療を行いたいと考え、患者様への啓蒙や情報提供のために英語、中国語、韓国語、ロシア語の各国語に翻訳したパンフレットの作成やホームページでの案内をしており、非常に好評を頂いています。

更には、中国出身の韓国籍で3ヶ国語に堪能な専業医療通訳男性スタッフを採用して、日本語に不安のある患者様たちへの対応を任せています。

最近はロシアからも期待をされており、そちらの対応を進めています。

この取り組みを機に、外国から来られる患者様だけでなく、日本に住んでおられる外国人の患者様に対しても、日本人の患者様と同等の専門医療を提供する事が大切と考えて、外国人の患者様の受け入れを日常的に行っています。

これら新しいことに常に挑戦することが、スタッフのモチベーションのアップにも繋がっていると信じています。

また、関連したことですが、東日本大震災時の原発事故で、甲状腺の被曝や、甲状腺癌、ヨード剤の使用などについて情報が錯綜して多くの方が不安になっている時に、素早く私共はホームページ上で、日本語だけでなく、英語、中国語、韓国語で正しい情報を流しました。これは在日外国人の方に大変喜ばれました。

増収増益を続けている要因とは

診療報酬体系が下がる中、当病院は15年間増収増益を続けていますが、その背景には相当な努力があります。

私が経営に携わった時代から、診療報酬はマイナス改定が続いており、一人当たりの診療報酬額も下がっています。

その逆風の中で、しっかりとした診療で患者様を治すという基本に徹し、診療報酬のマイナス分を凌駕する患者増で増収増益を実現させているのです。

今までに人材採用をはじめ、最先端の医療機器の導入やコンピュータ化、診療情報の管理とか、多大な費用を投資していますが、それも甲状腺疾患の専門病院として患者様への最良の医療の提供に真摯に取り組み、病院の信頼を上げていくことが、結果として患者様の増加に繋がると信じているからです。

それとスタッフの資質に関してですが、病院経営における事務方スタッフの力は非常に大きいと思います。事務方スタッフについては新卒はもとより、他業種、他職種出身者が多く在籍しています。

例えば、前職が医療関連の検査会社、メーカーのMR、薬卸のMSだった人達です。その人達がマネジメントに携わっていますが、購買力の強さは当病院の特筆すべき強みの一つです。

専門病院の強みとは、総合病院と違って目的と手段が定まっていますので、経営資源を集中できる。診療効率化は当然として、ハード構築、IT化、物品購入などで無駄を省き効率化が図れる。共通言語で情報伝達がスムーズにできる。と言う点です。

最後に、経営の中でのポイントを一言で申し上げると、常に帳尻を合わせるということに尽きるのではないかと思います。

今後、臨床医を務める病院長の視点から、専門病院の健全な経営に邁進していきたいと思っています。

伊藤病院の基本情報

この記事の著者/編集者

伊藤公一 伊藤病院 院長 

外科医 甲状腺疾患専門。
1985年北里大学医学部卒業、東京女子医科大学内分泌外科学教室入局。1990年東京大学医科学研究所 細胞遺伝部、1992年米国シカゴ大学 内分泌外科、1998年伊藤病院院長就任。日本内分泌外科学会理事、日本甲状腺外科学会監事、厚生労働省診断群分類調査研究班班長、日本病院管理学会評議員、全国病院経営管理学会常任理事、国際観光医療学会理事、日本国際医学協会理事、等歴任。

最新記事・ニュース

more

遺伝子専門医でもある熊川先生は、難聴のリスク遺伝子を特定する研究にも携わられてきました。信州大学との共同研究を経て、現在では高い精度で予後を推定できるようになっています。 将来を見据えたライフスタイルの設計のために。本連載最終記事となる今回は熊川先生の経緯や過去の症例を伺いながら、難聴の遺伝子検査について取り上げます。