#02 核酸医薬siRNAの正体ーーその働きと課題、次なる展望へ

核酸医薬研究の第一人者である程先生が核酸医薬の一種であるsiRNA(エスアイアールエヌエー)医薬品について語る本連載、2記事目となる本記事は、siRNAの具体的な作用機序や課題、今後の展望についてです。siRNAに立ちはだかる課題は何なのか、程先生が語ります。

siRNA医薬品の具体的な作用機序

#01で紹介したように、siRNA医薬品は体内の特定のmRNAに作用することで、異常なタンパク質が作られるのを防ぎます。では、具体的にどのような仕組みなのでしょうか。

siRNAが働くプロセスは以下のようです。

  1. siRNAが細胞質に取り込まれる
  2. siRNAはAGO2というタンパク質に取り込まれる
  3. siRNAはAGO2上で一本鎖(ガイド鎖)となる
  4. siRNAガイド鎖と標的mRNAが対合し、AGO2によって切断される
  5. 切断されたmRNAは分解され、標的タンパク質の発現は減少する

1.siRNAが細胞質に取り込まれる

点滴や皮下注射などで投与されるsiRNAは、血流や組織間液を通って細胞周囲へ到達します。それが細胞膜を通過し、細胞内に位置する細胞質によって取り込まれます。

2.siRNAはAGO2というタンパク質に取り込まれる

細胞質に辿り着いたsiRNAはArgonaute2(AGO2)というタンパク質に取り込まれます。

3.AGO2上で一本鎖(ガイド鎖)となる

siRNA は2本のRNA鎖が相補的に結合した形をとっていますが、AGO2上で分解されて一本鎖となり、AGO2のポケット構造に固定されます。ここでいう「相補的な結合」というのは、塩基が特定の塩基とだけ結合することです。

4.siRNAガイド鎖と標的mRNAが対合し、AGO2によって切断される

siRNAのガイド鎖と相補的に結合する配列を持つmRNAが結合します。この結合を認識したAGO2が、標的mRNAを切断します。

5.切断されたmRNAは分解され、標的タンパク質の発現は減少する

タンパク質の翻訳のもとである mRNA が分解されることで、結果的にそのタンパク質が減少します。このようにして標的タンパク質の発現を減らすことができます。

  1. siRNAが細胞質に取り込まれる
  2. siRNAはAGO2というタンパク質に取り込まれる
  3. siRNAはAGO2上で一本鎖(ガイド鎖)となる
  4. siRNAガイド鎖と標的mRNAが対合し、AGO2によって切断される
  5. 切断されたmRNAは分解され、標的タンパク質の発現は減少する

この一連の仕組みを「RNA干渉(RNAi)」と呼びます。少し複雑で理解するのが難しかったとは思いますが、大事なのはsiRNAはその20塩基程度の配列のパターンによって標的の配列だけを認識し攻撃していることです。この仕組みにより、標的遺伝子に特異的に作用することが可能になっています。

siRNAの課題

siRNA医薬品には以下のような課題が存在します。

  1. 現状、肝臓にあるmRNAしか標的にできていない
  2. 現状、変異した遺伝子のみを特異的に狙うことが難しい

1.現状、肝臓にあるmRNAしか標的にできていない

現在薬事承認されているsiRNA医薬品は、肝臓にしか輸送することができません。それは、siRNAがドラッグデリバリー問題を抱えているからです。

[ドラッグデリバリー問題]

siRNAは核酸からなる比較的壊れやすい医薬品であるため、体内に投与された後、目的の臓器に到達する前に分解されてしまうおそれがあります。そのため、体内で安定的に運搬できるよう、siRNAにはさまざまな化学修飾が施されています。そのように化学修飾によって安定化されたsiRNA が目的とする臓器に輸送されるためには、臓器ごとに適した輸送方法(ドラッグデリバリーシステム)が必要です。現時点では、肝臓へのドラッグデリバリーシステムのみが実用化されており、他の臓器への応用にはなお課題が残されています。新たなドラッグデリバリーシステムが開発され、肝臓以外の臓器へも薬剤を輸送できるようになれば、治療の幅は大きく広がると考えられます。

2.現状、変異した遺伝子のみを特異的に狙うことが難しい

siRNAは、特定の遺伝子に由来する mRNA を狙って分解することで、その遺伝子の働きを抑えることができます。しかし、その遺伝子が変異しているかどうかをsiRNA自体が判別することはできません。つまり、異常な遺伝子だけでなく、正常な同じ遺伝子にも作用してしまう可能性があるという課題があります。

このため、現在薬事承認されているsiRNA医薬品は、生体にとって必須ではない(なくても大きな支障が出ない)とされる遺伝子を標的にしています。たとえ正常な遺伝子に作用したとしても、重大な副作用につながりにくい標的を選ぶことで、安全性を確保しているのです。このように、現時点では「狙いやすく、安全な標的遺伝子」に限定してsiRNAの効果が発揮されています

しかし、がんや遺伝性疾患というのは遺伝子変異が疾患の原因であって、遺伝子の存在自体が疾患の原因ではありません。よって、変異した遺伝子のみを特異的に狙い、正常な遺伝子は残すような siRNAを開発することができれば、より治療の幅も広がると考えられます。

[コラム]生体にとって必須ではない遺伝子が存在する理由


ーーなぜ「生体にとって必須ではない遺伝子」が存在しているのでしょうか?

程:私もわからなかったので色々な先生方に聞いたりしてみたのですが、その中で納得したのは、「人の長い歴史の中で、この遺伝子が重要な役割を果たしていた時期があった」という意見です。

程:例えば、我々は今裕福に暮らすことができていますが、過去にはヒトは飢餓の時代を経験しています。そのような時代を生き抜くために重要だった遺伝子が、今の我々にとって不要なものになっているのではないかと言われています。

程:また、この「生体内にとって必須ではない遺伝子」の中には、体内に存在しない方が生存率が上がるものもあることが示されています。例えば、悪玉コレステロールを抑える Inclisiran という siRNA医薬品があります。この siRNA は悪玉コレステロールの代謝に関わる PCSK9 という遺伝子を標的にしていますが、この遺伝子を持たない家系は長寿になることがわかっています。現状の siRNA医薬品はこのような遺伝子を標的にしています。

siRNAの今後の展望

siRNAは、ほぼすべての遺伝子を標的にできるという点で非常に優れた治療手段です。そのため、遺伝子変異が疾患の原因となっているケースでは、特に高い効果が期待されます。しかし、「siRNAの課題」でも述べたように、変異遺伝子のみを特異的に狙うことは現時点では困難です。この課題に対して、程先生は、変異をもつ遺伝子だけを選択的に抑制し、正常な遺伝子には作用しない新たな技術 "SNPD-siRNA" の開発に取り組まれています(※1)。

※1 株式会社ANRis ホームページ(https://anris.jp/technology/)より

さらに、siRNA治療はゲノム配列に依存した精密医療であることから、個人のゲノム配列情報があれば、その人に最適なsiRNA治療を設計できる可能性があります。このように、将来的には個別化医療を支える柱の一つとして、siRNAが重要な役割を果たすと期待されています。

<東京科学大学 核酸・ペプチド創薬治療研究(TIDE)センター>
ホームページ:https://www.tmd.ac.jp/tide/

ドクタージャーナル編集部(島元)

薬学・生物学を専門的に学んだメンバーが在籍。ミクロな視点で最新の医療を見つめ、客観的にその理想と現実を取材する。科学的に根拠があり、有効である治療法ならば、広く知れ渡るべきという信念のもと、最新の医療情報をお届けする。

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東京都大田区で訪問診療を中心に取り組む「たかせクリニック」院長の髙瀬義昌氏は、臨床医学の実践経験や家族療法の経験を生かし、「高齢者が安心して暮らせる街づくり」に取り組んでいます。 本記事では、高瀬氏に家族療法との出会いについて伺いました。