#03 西賀雅隆先生と心疾患研究 | 研究者として救う、まだ見ぬ多くの命

iPS細胞を用いた心疾患研究の最前線で活躍されている、オハイオ州立大学の西賀雅隆先生が語る本連載。3記事目となる本記事では、iPS細胞を用いた心疾患研究に取り組むことになった背景や、研究に携わる想いについて、西賀先生が語ります。

取材協力:西賀雅隆先生(オハイオ州立大学)

■略歴
2007年 京都大学医学部卒
2007 - 2012年 天理よろづ相談所病院(研修医および循環器内科後期研修)
2017年 京都大学大学院 博士
2017 - 2025年 Postdoctoral Fellow/Instructor (Stanford University)
2025年 - Assistant Professor (The Ohio State University)

ーー西賀先生が心疾患研究を志したきっかけは何ですか?

西賀:もともとは循環器内科の医師として、臨床現場で多くの患者さんと向き合っていました。日本では、一般的に、医師になって5〜6年ほど臨床を経験した後に大学院へ進んで研究を始める人が多いのですが、私もその一人です。京都大学の大学院に進学し、そこでmiRNA(※1)の研究をしました。具体的には、ノックアウトマウス(※2)を用いて、心不全動脈硬化の発症メカニズムを解明する研究に没頭しました。そこで、さらに基礎研究を深めたいという思いが強くなり、アメリカに渡って心疾患研究を深めることを決意しました。

※1 miRNA…RNAの一種。遺伝子の発現を調節する役割を持つ。心不全やがんなど様々な病気の発症にも深く関わっているため、新しい診断や治療のターゲットとして注目されている。
※2 ノックアウトマウス…遺伝子工学の技術を用いて、特定の遺伝子を働かなくさせた実験用マウスのこと。その遺伝子が体にどんな影響を与えているか、病気の発症にどう関わっているかを解明するために用いられる。

西賀:当初は3年くらい米国で研究を積んだら、日本に帰るつもりだったんですよ。ところが、ちょうど向こうでの生活や研究が軌道に乗り始めたタイミングで新型コロナウイルスの世界的なパンデミックが起きてしまって。国をまたぐ移動自体が非常に困難な状況になってしまったんです。

西賀:ただ、それが結果的に一つの転機になりました。米国に留まることになり、向こうでPI(※3)として独立して、自身の研究を継続する道が開けたんです。さらにパンデミックから少し経った頃には、新型コロナワクチンの副作用に関する研究にも着手するようになりました。振り返ってみると、良い意味でも悪い意味でもコロナに激しく左右されたなと思います(笑)。

※3 PI (Principal Investigator) …研究室の主宰者・研究責任者のこと。

ーーあえて日本を離れ、海外で研究することを選んだ、最大のモチベーションは何でしょうか?

西賀:一言で言えば、世界最先端の環境と予算規模の中で研究に挑みたかったからです。

西賀:実は心血管病の分野では、カテーテルやペースメーカーといったデバイスの進歩はあるものの、基礎研究の難易度が高く(病気の細胞が入手困難、心筋細胞は培養で増やすことが困難など)、「がん」や「免疫」の分野と比べると、今まで治せなかった病気が治るようになるといった基礎生物学的なブレークスルーが相対的に少ないです。そうした背景から、臨床でのトピックと基礎研究との間には乖離があり、もう少し臨床に活かせるような研究をしたいと考えるようになりました。

西賀:日本にいると、どうしても「いま手元にあるリソースで何ができるか」という発想になりがちです。一方でアメリカでは、各研究者の中期的なキャリアプラン、あるいはもっと長期的な目標に基づいて「今何をするべきか」を考える傾向があります。これには予算規模の問題もあるとは思いますが、アメリカのグラントや教育制度といったシステム的な要素が大きいと感じます。そこで、患者さんに還元できるような臨床応用の可能性のある研究を、サイエンスにおける世界の中心であるアメリカで研究をしてみたいと考えました。

西賀:そこで、海外の学会へ参加した際などに、有名な研究者に直接声をかけてアプローチしました。そこからアポイントを取り、「うちに来ていいよ」と言ってくれたiPS細胞を用いた最先端研究をしているスタンフォードの研究室に行くことになりました。

西賀先生が所属するオハイオ州立大学の研究施設「Pelotonia Research Center」

ーーこれまでの研究の中で特に困難だと感じた場面はありますか?

西賀:正直なところ、日々の研究は困難だらけです。基礎研究の世界というのは、その大半が失敗で成り立っていますから。日常的な実験の失敗――例えば、狙い通りにiPS細胞が心筋細胞へと分化してくれないといった技術的な問題から、そもそも立てていた仮説自体が間違っていたという根本的な失敗まで、本当に数え切れないほどの壁にぶつかります。

西賀:特に私の場合、もともと臨床医としてキャリアをスタートしているため、失敗だらけの環境に適応することが最初の大きな試練だったと思います。病院という臨床の現場は、患者さんの命を預かる場所であり、絶対に失敗が許されない世界です。その価値観が身体に染みついていた私にとって、研究室に入って毎日失敗の連続と向き合うことは、かなり大変でしたね(笑)。

ーー逆に、特に嬉しかった場面はありますか?

西賀:「この瞬間が最高に嬉しかった」という特定のイベントがあるわけではないですが、それよりも、日々の生活の中で純粋に学問や研究に打ち込めている状態そのものに、何よりの楽しさと幸せを感じています。いつか自分の研究が治療法になったりして、患者さんの役にたつような「瞬間」がくればよいなと思って研究しています

西賀:臨床医として働いていた頃は、目の前の患者さんに向き合う日々の中で、どうしても医療行為以外のサイエンスではない部分に多くの労力や時間を割かれ、大変な思いをすることも少なくありませんでした。だからこそ、今こうして純粋に科学の探求だけに没頭できる環境にいられることが、本当にありがたく、満足しています。

西賀:もちろん、先ほどお話ししたように研究は失敗だらけで困難の連続です。しかし、その高い壁をどう乗り越えるかを考えるプロセス自体が面白い。さらに、世界中の優秀な研究者たちとネットワークを築き、互いの強みを活かして一緒に共同研究していく営みが、私にとっては純粋に楽しいですね(笑)。

ーー日々の研究に取り組む上で、先生が大切にされている想いや目標がございましたらお教えいただけますか?

西賀:私が基礎研究を行うにあたって大切にしているのは、未来の医療に貢献できる可能性です。

西賀:臨床医と基礎研究者の一番の違いは、「救う対象の広さ」にあると考えています。臨床の現場では、今まさに目の前にいる患者さんと向き合い、その方の命を救うために全力を尽くします。それは間違いなく、尊く意義のある仕事です。一方で、基礎研究の現場には、目の前に患者さんはいません。

西賀:しかし、それは裏を返せば「まだ見ぬ、世界中の数え切れない患者さんたちに素晴らしい影響を届けられる可能性がある」ということでもあります。

西賀:私の日々の研究の成果が、いつか何らかの治療法となり、形を変えて世界に広がっていく。そうなれば、医師として直接診ることができる患者さんの数よりもずっと多くの人たちに影響を与えるかもしれない。極端な話、100年後とか、私自身がこの世を去った後であっても、どこかで誰かの命を救い続けることができるかもしれない。そんな想いを大切にしながら、日々の研究に取り組んでいます。

取材協力:西賀雅隆先生

あとがき

再生医療として注目される「iPS細胞」は、ゲノム編集技術「CRISPR-Cas9」と共に用いられることで、病気のメカニズム研究や創薬の領域でも新たな発見をもたらしています。ヒトの検体を直接入手することが困難な場合や、マウスなどの動物モデルでは再現が困難な場合に真価を発揮しており、特に脳や心臓の基礎研究において今後も活躍することが期待されます。

そして今回は、西賀雅隆先生の研究に向ける情熱と愛情を感じる取材でもありました。研究者だからこそ「まだ見ぬ、多くの命を救う」ことを大切に日々の研究に取り組まれている西賀先生のお姿は本当に素敵で、大学院で研究生活を送る筆者にとっても大切な学びになりました。

私たちの知らないところで、科学は一歩ずつ、確実に進歩しています。本記事を通じて、最先端の研究に挑む研究者の想いと、医療の未来に向けた歩みの一端を少しでも身近に感じていただければ幸いです。

西賀雅隆 オハイオ州立大学

2007年 京都大学医学部卒
2007 - 2012年 天理よろづ相談所病院(研修医および循環器内科後期研修)
2017年 京都大学大学院 博士
2017 - 2025年 Postdoctoral Fellow/Instructor (Stanford University)
2025年 - Assistant Professor (The Ohio State University)

取材・執筆

ドクタージャーナル編集部(島元) 東京大学大学院 修士1年

薬学・生物学を専門的に学んだメンバーが在籍。ミクロな視点で最新の医療を見つめ、客観的にその理想と現実を取材する。科学的に根拠があり、有効である治療法ならば、広く知れ渡るべきという信念のもと、最新の医療情報をお届けする。

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