#01 宮永和夫氏が語る若年認知症の特徴

20年以上も前から若年認知症に取り組んできた宮永和夫氏は、若年認知症の人には医療と共に生活の支援が求められていると訴える。 18歳から64歳までに発症する若年認知症の発病年齢は平均で約51歳といわれる。老年期認知症と違い、失職などによる経済的な困難や治療・介護期間の長期化による介護者の疲弊、社会の差別や誤解など、若年認知症特有の困難が伴う。 若年認知症医療の先駆的第一人者である宮永和夫氏に、若年認知症の医療と課題について問題提起をしていただいた。 (『ドクタージャーナル Vol.16』より 取材・構成:絹川康夫, 写真:安田知樹, デザイン:坂本諒)
宮永和夫
宮永 和夫
神経内科、精神科医。南魚沼市病院事業管理者。精神保健指定医、精神保健判定医、日本老年精神医学会専門医。1951年茨城県生まれ。群馬大学医学部卒業。国立群馬大学医学部精神科在籍時より認知症や高次脳機能障害などの器質精神障害の臨床に関わる。現在 NPO法人若年認知症サポートセンター理事長、全国若年認知症家族会・支援者連絡協議会会長。早くから全国の若年認知症家族会の設立に携わる。地域及び全国での講演会・研修会の活動や認知症に関する著書多数あり。

若年の認知症は20年以上前から見つかっていました。

平成元年から大和病院で認知症の疫学調査を始めました。また平成3年から6年までは群馬県の仕事で県内の地域や施設内の認知症の人の実数調査を行いました。当時は老人病院や老健、特養で認知症の問題が出始めていた頃ですが、調査の中で若い人が認知症で精神科の病院に入院している事例が散見されました。その頃は「高齢者保健福祉推進10か年計画」が制定されて、高齢者だと老人施設に入れましたが若い人は入れないという状況でした。

そこで平成7年に、当時の厚生省精神保健課課長に、若年の認知症に対して老人の認知症と同様の対応をすべきではないかと訴えたのですが、群馬県だけの調査結果では国の政策には反映できないと言われ、全国規模での調査の必要性から平成8年に厚生労働省厚生科学研究若年痴呆研究班を組織して調査を開始しました。

当初は防衛医大教授一ノ渡先生が主任研究者でしたが途中で学長なられたのを機に、私が主任研究者を引き継ぎました。若年認知症の名称を作ったのはこの研究班においてです。

実際には全国調査が始まる随分前から若い認知症の人は見つかっていたのですが、多くの場合が精神科の外来で診ていて、そこで対応できずに精神科の病院に送っているということが多くありました。

ハンチントン病などの遺伝による患者さんも多かったのですが、しかしその中には若くしてアルツハイマー病を発症している患者さんもいたのです。しかし現場では漠然とそう感じていただけで、実際に若い認知症の患者さんの実態は分かっていませんでした。

既にその頃、45歳以上で発症する人を初老期認知症といっていましたが、それよりも以前に認知症を発症している人も多くいたのです。しかし当時は、18歳から64歳までの認知症の患者さんに対応する制度は何もありませんでした。18歳以前に発症している場合は制度的に一律に、今でいうところの知的障害に組み入れられていました。

そこで、若年認知症の人たちの実情に即した制度を作るために、各年齢における認知症発症の調査が必要だったのです。しかし当時、国としては老人の認知症への対応に主眼を置いていたので若年に対しては全く対応がなされませんでした。

また当時の研究班では、若年認知症の危険因子(リスクファクター)を調べていました。最近、認知症の予防法についていろいろと発表されていますが、それは20年以上前に私たちが発表したデータとほとんど同じで、今になって新しいものが出ているわけではありません。

平成3年からの群馬県における調査や、平成8年からの厚生労働省厚生科学研究若年痴呆研究班による調査で若年認知症のデータが出てから既に20年以上経っていますが、状況はあまり変わっていません。

― 厚生労働省が2009年に発表した結果では、若年性認知症患者は、調査時点で4万人弱、男性が女性よりも多く、発病年齢は平均で約51歳。また若年性認知症は、脳血管性型とアルツハイマー型の2つが圧倒的に多く見られると報告されています。若年認知症についてお聞かせください ―

若年認知症の特徴

国の調査によると、若年認知症では脳血管性認知症が最も多く、アルツハイマー病が最も多い老年期認知症と異なっています。

日本における特徴かもしれませんが、外国では若年認知症でもアルツハイマーが多いといわれています。おそらく合併している場合が多いので、一方を取ってアルツハイマーと診断されているのではないでしょうか。

但し、今後は日本の若年認知症でも脳血管性認知症が目立たなくなりアルツハイマー型認知症が多くなっていくと思われます。

その理由としては、最近言われている生活習慣病と認知症の関連で、特に糖尿病が大きいと思います。余談ですが私は講演などで沖縄の病院にも度々行っているのですが、沖縄は県民の肥満度指数が日本で最も高く、糖尿病の患者さんが年々増え続けているので、沖縄では今後アルツハイマー型認知症の人が爆発的に増えていくのではないかと思っています。

また、脳血管障害で起こった認知症は、認知症に入れるべきか、という議論もあります。

アルツハイマー型やレビー小体型、ピック病とかは、脳にある種のタンパクなどが溜まって引き起こされるもので、脳血管性とは原因が根本的に違います。

脳血管性認知症と高次脳機能障害との境界もはっきりしていません。ですから認知症を高次脳機能障害として診ていたり、高次脳機能障害を認知症として診ていたりと、非常に曖昧な立ち位置にあります。しかも、脳血管性は認知症といいながらも回復する可能性もあるのです。

認知症自体は症状を指します。しかし認知症の人となると病気でもあり、障害でもあるといえます。どの視点で捉えるかで違ってきますが、全体としては曖昧なままで使われていると思います。

老年期認知症の場合は病気という捉え方が現実的かもしれませんが、若年認知症の人にとっては障害と考えたほうが良いと考えています。

― 若年性認知症の8割が失職 厚労省研究班 ―
厚生労働省研究班の生活実態調査で、65歳未満で発症した若年性認知症の人で就労経験がある約1400人のうち約8割が勤務先を自ら退職したり、解雇されたりしたと回答したことが分かりました。

これは認知症介護研究・研修大府センターが平成26年夏から年末にかけて実施した調査結果で、秋田、岐阜、大阪など15府県の医療機関などの、18~64歳の若年認知症患者2129人についての回答です。就労経験があると確認できた1411人のうち、定年前に自ら退職した人は996人、解雇された人が119人で、合わせて79%に上った。定年退職したのは135人でした。

労働時間の短縮や配置転換など、仕事を続けるための配慮が十分とはいえず、若年性認知症の対応については企業側の意識改革も求められています。

初期の段階では記憶障害や見当識障害などが見られますが、身体合併症が少なく元気で体力もあるので老年期認知症に比べると介護が大変だという問題もあります。しかも発症後からの介護の期間はおのずと長期化します。

初期の診断で精神疾患と誤診されることが多いのも特徴の一つです。若年認知症に対する医師の知識や経験不足から、年齢的に認知症と考えづらく、うつ病と誤診されることが多いのです。意欲低下や性格変化がうつ病と似ているからです。

早期発見と早期治療が肝心です。

何といっても早期発見と早期治療が肝心です。

若年認知症は高齢者の認知症よりも進行が早いと言われています。また早期発見し治療を行う事で、症状の進行を遅くするなどが期待出来ますので、早期に受診する必要があります。

そのために若年認知症に対する社会の認識や知識の普及が最も大切です。それが早期発見につながります。

職場におけるメンタルヘルスの中にも、若年認知症の知識を普及することで個人の病識が高まり、周囲も早く気付くようになるでしょう。

職場の産業医の役割も大きい。地域のかかりつけ医も同様です。

もっともこれは認知症全般について言えることですが、十分な理解や知識を有している医師がまだまだ少ないと感じています。マスコミ報道や地域での講演会などを通じて世間の人にも広く認知させていくことも大切だと思います。

最近は認知症をテーマとした映画も作られています。2008年に上映された渡辺謙主演の若年認知症をテーマにした「明日の記憶」は大きな反響を呼びました。

そして若年認知症と気づいたら、本人や家族にとっては認め難い現実かもしれませんが速やかな専門医の受診が大切です。ただ本人が自分でおかしいと気付く事は難しいため、家族や会社の同僚、仲の良い友達などがおかしいと気付き、受診を勧めるケースが多いのも特徴です。

この記事の著者/編集者

宮永和夫 南魚沼市病院 事業管理者 

神経内科、精神科医。南魚沼市病院事業管理者。精神保健指定医、精神保健判定医、日本老年精神医学会専門医。1951年茨城県生まれ。群馬大学医学部卒業。国立群馬大学医学部精神科在籍時より認知症や高次脳機能障害などの器質精神障害の臨床に関わる。現在 NPO法人若年認知症サポートセンター理事長、全国若年認知症家族会・支援者連絡協議会会長。早くから全国の若年認知症家族会の設立に携わる。地域及び全国での講演会・研修会の活動や認知症に関する著書多数あり。

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遺伝子専門医でもある熊川先生は、難聴のリスク遺伝子を特定する研究にも携わられてきました。信州大学との共同研究を経て、現在では高い精度で予後を推定できるようになっています。 将来を見据えたライフスタイルの設計のために。本連載最終記事となる今回は熊川先生の経緯や過去の症例を伺いながら、難聴の遺伝子検査について取り上げます。