#01 がん免疫療法の新時代 CAR-T細胞療法の仕組みと強み
連載:【CAR-T細胞療法】 株式会社A-SEEDSが目指す “日常に届く” がん免疫療法
2025.09.06
近年、がん治療の世界では、従来の手術・放射線・化学療法に加え、免疫の力を活用する「がん免疫療法」が急速に発展しています。その中でも特に注目を集めているのが「CAR-T細胞療法」です。
患者自身の免疫細胞によってがんを狙い撃ちするこの革新的な治療法は、その効果の持続性から「生きた薬」とも呼ばれ、血液がんを中心に劇的な治療効果をあげています。
本連載で取材するのは、信州大学の柳生茂希先生。株式会社A-SEEDSの代表取締役として、新規CAR-T細胞療法の研究・開発をされている、がん免疫療法の第一人者です。
1記事目となる本記事は、CAR-T細胞療法の原理と優位性についてです。CAR-T細胞療法はどのようにがんを狙うのか、柳生先生がわかりやすく伝えます。
<株式会社 A-SEEDS>
ホームページ:https://www.a-seeds.co.jp
取材協力:柳生茂希先生

■略歴
1994年4月〜2000年3月 京都府立医科大学 医学部 医学科 卒業
2000年4月〜 京都府立医科大学附属病院 小児科学教室 所属
2005年4月〜2009年3月 京都府立医科大学大学院 医学研究科 修了
2013年2月〜2015年8月 Baylor College of Medicine, Center for Cell and Gene Therapy(米国) ポスドク研究員
2015年8月〜2025年2月 京都府立医科大学 大学院医学研究科 小児科学 助教
2022年4月〜 信州大学 学術研究・産学官連携推進機構 教授(特定雇用)
2025年3月〜 京都府立医科大学 大学院医学研究科 小児科学 講師
CAR-T細胞療法とは
ーー「CAR-T細胞療法」とはどのような治療法なのでしょうか?
柳生:CAR-T細胞療法は「免疫療法」と呼ばれる治療法の一種です。がん細胞を認識できなくなった免疫細胞を一度体外へ取り出し、がん細胞を認識できるように作り替え、体内に戻します。

柳生:免疫の仕組みからわかりやすく説明しましょう。例えば、 私は今年で50歳になるのですが、このくらいの年齢になると毎日体の中でがん細胞ができています。しかし、幸いなことに私はまだがんになっていません。 その理由は、「自分たちの体の中でできたがん細胞が異物とみなされて排除されるような仕組みがあるから」です。それを担っているのがT細胞やNK細胞といった免疫細胞です。がん細胞が作り出す異物のタンパク質を目印にして、体の中でパトロールしている免疫細胞がそれを見つけて攻撃するという仕組みです。
柳生:では、なぜがん患者さんはがんになるのかというと、「パトロールしている免疫細胞ががん細胞をがん細胞として認識することができなくなったから」だと考えられています。ですから、がんも一種の免疫不全と捉えることができます。

柳生:一方で、がん細胞は「自身ががん細胞であること」を示すようなタンパク質を細胞表面に出しています(※1)。そのタンパクを目印にしてがん細胞をうまく見つけて殺すように免疫細胞を遺伝子改変するのがCAR-T細胞療法です。患者自身のT細胞を体外へ取り出し、がん細胞を認識できるよう遺伝子改変したCAR-T細胞(キメラ抗原受容体遺伝子改変T細胞)を再び患者の体内に戻すことで、免疫を活性化させてがん細胞を攻撃します。がんの三大療法(手術・薬物療法・放射線治療)とは全く異なるがん治療になります。
※1 このようなタンパク質を「抗原」と呼び、「抗体」によって認識されます。代表的な抗原としては、B細胞性白血病やリンパ腫で標的とされるCD19や、前立腺がんのPSMAなどがあり、これらを標的とするCAR-T細胞は高い特異性でがん細胞を攻撃できます。

ーーなぜ、患者自身の細胞を改変して体内に戻すのでしょうか?
柳生:「非自己」として認識されないようにするためです。自身の細胞でないと判断された細胞は、体内の免疫系によって非自己として認識され、排除されてしまいます。CAR-T細胞療法では、自身のT細胞を遺伝子改変することで、CAR-T細胞が免疫系によって排除されないようにしています。
柳生:ただ、患者の体内からT細胞を取り出してから、遺伝子改変して体内に戻すまでには2ヶ月ほどの時間がかかります。その間は別の化学療法によって病状を安定させることになります(※2)。そこで、この期間をなんとか短縮しようと、他人の血液からあらかじめCAR-T細胞を作っておいて、必要な時にいつでも投与できるようなシステムを作るという研究も進められています。ここで重要なのは、他人の免疫系に排除されないような工夫をCAR-T細胞に加えるということですが、現時点ではあまり成功していません。よって、今世の中に出ているCAR-T細胞療法は全て患者自身のT細胞を使うというやり方になっています。
※2 これを「ブリッジング療法」と呼びます。

ーーCAR-T細胞療法はどのような病気に用いられますか?
柳生:現在は血液がん、特にB細胞性腫瘍や形質細胞性腫瘍に対して用いられています。これらは、免疫細胞の一種であるB細胞や、B細胞から分化した形質細胞ががん化したものです。現在日本では、5つの製品が保険適用されています。

[参照]
キムリア:ノバルティスファーマ株式会社 キムリア 製品情報サイト
イエスカルタ:ギリアド・サイエンシズ株式会社 イエスカルタ 製品情報サイト
ブレヤンジ:BMS HEALTHCARE(ブリストル・マイヤーズ スクイブ株式会社 製品情報サイト)
アベクマ:BMS HEALTHCARE(ブリストル・マイヤーズ スクイブ株式会社 製品情報サイト)
カービクティ:JanssenPro(ヤンセンファーマ株式会社 製品情報サイト)
ーー他の治療との併用は可能なのでしょうか?
柳生:併用は可能です。私を含め多くの研究者が、どの治療と組み合わせればより治療効果を発揮するのかというのを研究しているところです。
CAR-T細胞療法の優位性
ーー現在、CAR-T細胞療法は主に血液がんに使われているということでした。血液がんで大きな成功を収めている理由というのは何だと考えていますか?
柳生:理由は2つあります。①副作用が許容できるということと、②固形がんに比べて免疫逃避の仕組みが少ないということです。
ーー「①副作用が許容できる」とはどういうことなのでしょうか?
柳生:CAR-T細胞療法は、がん化したB細胞に発現しているタンパク質CD19を標的にします。しかし、CD19は正常のB細胞にも少し発現しています。ですので、もしCAR-T細胞を人に投与すると、がん細胞だけでなく正常のB細胞も攻撃してしまいます。ただ、正常のB細胞が少しなくなっても人は問題なく生きていけます。例えば、もしCD19が脳や心臓に発現していると、脳や心臓の正常細胞がCAR-T細胞に攻撃されてしまい、重篤な副作用に繋がりかねないですが、B細胞であれば副作用がある程度許容できたのです。そのような理由から、B細胞性のがんへのCAR-T細胞療法の開発が始まり、開発された治療は臨床試験によってその安全性が確かめられました。
ーー「②固形がんに比べて免疫逃避の仕組みが少ない」とはどういうことなのでしょうか?
柳生:固形がん(胃がん, 大腸がん, 肺がんなど)は、免疫細胞に対してかなりの抵抗性を持っています。がん細胞の集団にCAR-T細胞がやってきたとしても、CAR-T細胞の機能を抑制するようなメカニズムがたくさん備わっているのです(※3)。血液がんにはそういうメカニズムが比較的少ないのでCAR-T細胞療法が効きやすいと言われています。
※3 これを「免疫逃避」と呼び、多くのがんやウイルス感染症の持続化の重要な原因となっています。
ーーその他、CAR-T細胞療法のメリットはありますか?
柳生:主に2つあります。1つ目は「効果が持続する」ということです。というのも、体内に投与されたCAR-T細胞はがん細胞を殺傷すると、それが刺激となってどんどん増殖していき、しばらくの間体内に残るからです。普通の薬剤であれば、時間が経てば体内から代謝・排泄されて効果が消えてしまうものの、CAR-T細胞療法は生きた細胞が体内で長期間残り、再発時にも直ちに働けるというのが一つの強みと考えています。
柳生:2つ目は「抗がん剤が効かなくなった患者さんにも有効」ということです。というのも作用機序が全く異なるからです。抗がん剤が全く効かなくなってしまった患者さんに対する最後の手段としてもよく用いられます。
(#2へ続く)
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蓮池林太郎 医療法人社団SEC新宿駅前クリニック院長