#01 高瀬義昌氏「患者の家族も治療の対象として考える。」

東京都大田区で訪問診療を中心に取り組む「たかせクリニック」。院長の髙瀬義昌氏は臨床医学の実践経験・家族療法の経験を生かし、「高齢者が安心して暮らせる街」作りに取り組んでいる。 高瀬義昌氏の活動は、24時間在宅診療、医師会、地域ケア行政、日米医学医療交流、執筆、テレビ、マスコミでの啓発活動等、幅広い分野に及んでいる。 「認認介護」という言葉で、認知症の人が認知症の人を介護しているという現実を最初に訴えたのも高瀬義昌氏だ。 同氏は、在宅療養空間というシステムを安定させること、『システムスタビライザー』として機能することが在宅医療の役割だという。 (『ドクタージャーナル Vol.17』より 取材・構成:絹川康夫, 写真:安田知樹, デザイン:坂本諒)

プロローグ

私は思春期に趣味でロックやジャズバンドなどの音楽演奏に熱中していました。それは、中学時代から、実は医学部を卒業するまで続きました。

常に音楽的な環境の中にいたので、漠然とではありますが、音楽におけるアンサンブルや調和は医療に活かせるのではないか、などと考えていました。

例えば、ジャズバンドではそれぞれの楽器の役回りは違いますが、全員の演奏が一致することで調和のとれた、お互いに感性を高め合えるような空間や環境が生まれます。

大学時代には、慶応大学精神科医の小此木啓吾先生による信州大学での講演や、中学の先輩である北杜夫さんなどの影響もあって、精神科医療に興味を持ちました。ですから精神科の啓蒙書なども相当読んでいました。

最初は精神科医に進むつもりでいましたが、途中いろいろな経緯があって麻酔科医の道に進みました。

ところが麻酔医として勤務をしていた最中に身体を壊してしまったことが、「本来自分がしたいことは何だったのか。」という原点に立ち返る機会となりました。

その時の私にとってのキーワードが「調和」(これは音楽的な環境に象徴される)、「医療」、「家族」、でした。

家族療法と出会う

その当時、心理学の新しい潮流でトランスパーソナル心理学という考えがあり、パラダイムブックという本の中に「家族療法」という精神療法があるのを見つけ、夢中で勉強するきっかけとなりました。

その家族療法の基本は、「システムズ・アプローチ」という考え方です。

誰でも、他人との関わりのなかで生きています。そうした関係性のまとまりをシステムとしてとらえ、発生している様々な問題に対応していこうという考え方が、「システムズ・アプローチ」です。これは日本のTQC(Total Quality Control)にも相通じるところがあります。

手術室の中での麻酔医の仕事は、外科医が手術しやすい環境を作るために、看護師と協力して全体の調和をとる仕事であるとも言えます。

多くの専門スタッフによって行われる手術とは、ある意味では一つの組織運営であり、麻酔医の仕事は経営マネジメントにも通じるところがあるように感じていました。

ですから家族療法にあるシステムズ・アプローチという考え方は、私にとっては非常に共感できるものでした。

そんな時に、小児科医として家族療法をしてみないかというお誘いがあり、小児科診療に進みました。

家族療法とは

― 家族療法(かぞくりょうほう;Family Therapy)とは、家族を対象とした心理療法の総称で、患者とともに家族をも対象とする精神療法。

アメリカで1950年代に生まれた、比較的歴史のある精神療法で「家族カウンセリング」、「家族セラピー」、「ファミリー・セラピー」とも呼ばれている。

家族の問題が患者の心の問題を引き起こす原因となっていることも多く、家族療法では心の病気の原因を患者個人だけの問題ではなく、その背後にある家族の問題であると考える。

家族をも治療の対象として家族関係の改善を行うことで、患者の心の病気の治療を図る。

特に親子関係に問題を抱える児童や思春期の患者に多い不登校、行為障害、家庭内暴力、反抗挑戦性障害、薬物などの使用による精神や行動の障害などといった精神疾患の治療にこの治療法は有効といわれる。

この治療法はシステム論(システムズ・アプローチ)を中心としている。

システムズ・アプローチとは、問題や症状そのものにアプローチするのではなく、家族を個々が互いに影響を与え合う一つの「家族」という集合体(システム)と考え、全体から問題を捉えて、解決していこうという考えである。

「システムズ・アプローチ」は、もともと「システム理論」や「経営工学」などから発展してきたもので、企業や医療機関、教育機関など、さまざまな組織や団体の問題を解決し、よりよいシステムを実現するための方法論だった。

家族療法でも、家族をシステムとしてとらえるところから、この「システムズ・アプローチ」の考え方が取り入れられるようになってきた。

家族成員に生じた問題は、 単一の原因に起因するものではなく、互いに影響を与え合う中で、問題を維持する原因と結果の悪循環を招いていて、家族システムが機能不全に陥っている状態だと、最も感受性あるいは脆弱性の強いものが問題行動を起こすと考える。―

この記事の著者/編集者

高瀬義昌 医療法人社団 至髙会 たかせクリニック 理事長 

医療法人社団至髙会理事長、医学博士、認知症サポート医。
1984年、信州大学医学部卒業。東京医科大学大学院修了、医学博士。麻酔科、小児科研修を経て、包括的医療・日本風の家庭医学・家族療法を模索し、2004年、東京都大田区に在宅医療中心の「たかせクリニック」を開業する。在宅医療における認知症のスペシャリストとして厚生労働省推奨事業や東京都・大田区の地域包括ケア、介護関連事業の委員も数多く務め、在宅医療の発展に日々邁進している。『はじめての認知症介護』『自宅で安らかな最期を迎える方法』など著書多数。

この連載について

在宅医療のフィールドを使ったハイパフォーマンスヘルスケア

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遺伝子専門医でもある熊川先生は、難聴のリスク遺伝子を特定する研究にも携わられてきました。信州大学との共同研究を経て、現在では高い精度で予後を推定できるようになっています。 将来を見据えたライフスタイルの設計のために。本連載最終記事となる今回は熊川先生の経緯や過去の症例を伺いながら、難聴の遺伝子検査について取り上げます。