#04 認知症の診療では、患者さんや家族のQOLを高めるための対症療法が大切です。

病理学研究、神経内科医、リハビリテーション医と特異な経歴を有し、30年以上にわたる認知症医療で、多くの臨床経験を積んできた認知症専門医で群馬大学名誉教授の山口晴保氏は、特に認知症医療の薬物療法における医師のエビデンス信奉に警鐘を鳴らす。 新著の「紙とペンでできる認知症診療術 - 笑顔の生活を支えよう」では、目の前の患者・家族の困難に立ち向かう認知症の実践医療を解説し、あらゆる分野の医師に認知症の診断術を理解・習得して欲しいと訴える。 (『ドクタージャーナル Vol.20』より 取材・構成:絹川康夫、写真:安田知樹、デザイン:坂本諒)

生活障害の支援が認知症医療のアウトカム

認知症を認知障害と捉える人も多くいますが、認知症は認知障害に基づく生活障害です。生活管理能力が落ちてきて、生活管理が困難になっている人が認知症の人です。

ですから認知症の初期から中期の患者さんに対しては、如何に生活管理の困難を手助けしていくかが重要です。

また中期以降では生活管理ではなくて生活行為そのものができなくなってきます。当然、初期の段階と進んでからの段階では必要な支援も質的に違ってきます。そこについてもどう支援していくかが大切なのです。

認知症薬を使ったらMMSE(ミニメンタルステート検査)の点数が2点上がりましたから進行が遅れています。というような、認知症の進行を遅らせよう、認知機能を上げよう、というのが今までの認知症医療のアウトカムです。

そのような認知機能の向上や進行の遅延・延命ではなくて、どのような原因で認知症が生じているのかを診断し、適切な薬物や非薬物療法を提供することで、患者さんが認知症という困難を抱えながらも家族と一緒に楽しく穏やかな生活を維持できるようにすることこそが、認知症医療のアウトカムであると捉えています。

認知症の診療では、対症的な治療が重要

診断はしても、その後の患者さんや家族の辛さや苦しさを見ていない医師も多いです。いまだに認知症医療の現場では、患者さんにとって早期発見は早期絶望となってしまうことが多くあります。

認知症は認知障害に基づく生活障害です。エビデンスに基づくガイドラインに沿った薬物療法だけでは、認知症の患者さんや家族のQOLを高めることはできません。

認知症医療では、進行を遅らせることも重要ですが、今の症状に目を向けて本人が困っている症状を軽くする対症療法でQOLを高めることのほうがより大切なのです。認知症の患者さんを診る医師には、診断して認知症薬を出した後もしっかりとフォローして欲しいと願います。

本人の食欲はどうか、生活状況はどうか、家族とうまくやっているか、そのようなところをしっかりとチェックして、何か問題があれば、時には薬を原因と疑って薬を減らすとか、止めるという対応も選択肢として考えて欲しいと思います。

認知症の診療では、本人・家族が困っている問題に対して、対症的な治療を行うことが重要なのです。

山口晴保

今ある認知症薬は根本的な治療薬ではない

今ある認知症薬は根本的な治療薬ではありません。例えばドネペジルは、確かに認知症の初期の段階では進行を遅らせることに効果はあり、それを証明するレビューも発表されています。しかし85歳を過ぎたら副作用が倍に増えるというデータや、初期に比べると中期以降ではメリットがあまりないというレビューもあります。

私は、メリットとデメリットを比較したら85歳を過ぎて認知症が進行したら認知症薬は基本的に不要という考え方に賛同します。(もちろんこの年齢を過ぎても有効な人がいますが。)90歳を過ぎた人や寝たきりの高齢者にドネペジルを飲ませていることが、はたして本当に正しい認知症医療なのかと疑問に感じます。

私自身、例えば長谷川式スケールで10点以下になったら、自分には認知症薬は飲ませないでほしいと願っています。

単に認知症の進行を遅らせるということは、私にとっては認知症の期間を長引かせるということに他ならず、それが本当に幸せなのか懐疑的に思っているからです。ですから、発症年齢で考えた認知症医療の在り方も必要だと思っています。

例えば平均寿命を過ぎた超高齢の方であれば、何が何でも治療するというのではなく、別なもう少し緩和医療的な考え方があっても良いのではないか、とも思っています。

認知症の患者さんが幸せに人生を生きること

認知症の人をどうとらえるかが重要です。医学的には認知症は治らない病気です。根本的な治療薬ができたら、多少の副作用があっても我慢して飲んでもらうことになるでしょう。

しかし今ある認知症薬は進行を遅らせるだけの薬です。副作用を我慢してまで飲む薬でもないし、食欲がないという人に無理やり飲ませる薬でもないと思っています。

根本的な治療法がないのであれば他にできることは何か。それは認知症の患者さんに人生を楽しく幸せに生きてもらうことです。穏やかに家族と円満に生きてもらうために関わるのが認知症医療の在り方だと思います。

さらには、認知症があってもその人が穏やかに家族と暮らせて、家族もそれほど困っていないのであれば、それで良いのではないでしょうか。病棟においても、その人がそれほど迷惑もかけていないし、普通に治療もできているのであれば、別に認知症があっても良いのではないか。

認知症だからとにかく治療するということではないと思います。これからの認知症医療にはそんなスタンスも求められているのではないかと思っています。

認知症の患者さんを三次元で見ること

これまで病棟では認知症の人は歓迎されていませんでしたが、2016年4月から病棟で認知症ケア加算が取れるようになりました。

チームを作って認知症の人に適切な対応をすれば診療報酬に繋がるようになったので、これからは認知症に対応する医療機関が沢山出てくるでしょう。

しかし、そこで認知症をどんどん見つけて、とにかく薬を出せば良いというような画一的な認知症医療が行われたら、今度は困る患者さんが大勢出てくることになるでしょう。医療やケアの現場では、認知症の患者さんを必ず三次元で捉えてほしいと常々言っています。

まず一つ目の次元とは認知症のタイプです。アルツハイマーなのか前頭側頭型なのか、それともレビーなのかという認知症のタイプです。

二つ目の次元は認知症の時期です。初期なのか中等度なのか重度まで進んでいるのかという現時点の認知症の時期の次元。

三つめの次元が発症年齢です。若年性なのか随分と高齢なのか。

この三次元の視点から、今この患者さんはどの状態に位置づけられるのか。そこに介護環境も加えて、その中でその患者さんにとっての医療・ケアの答えを見出してゆく。

アルツハイマーというと単にアルツハイマーの認知症薬を出すだけではなくて、患者さんの認知症を三次元的に考えて最も合った治療プランを立てることが大切なのです。

この記事の著者/編集者

山口晴保  認知症介護研究・研修東京センター長 

群馬大学名誉教授、認知症介護研究・研修東京センター長。認知症専門医、リハビリテーション専門医。
アルツハイマー病の病態解明を目指して、脳βアミロイド沈着機序をテーマに30年にわたって病理研究を続けてきた後、認知症の臨床研究に進む。認知症の実践医療、認知症の脳活性化リハビリテーション、認知症予防の地域事業などにも取り組む。群馬県地域リハビリテーション協議会委員長として地域リハビリテーション連携システムづくりに力を注ぐとともに、地域包括ケアを10年先取りするかたちで、2006年から「介護予防サポーター」の育成を進めてきた。2005年より、ぐんま認知症アカデミーの代表幹事として、群馬県内における認知症ケア研究の向上や連携に尽力している。

この連載について

患者さんや家族のQOLを高めることが認知症の実践医療

連載の詳細

病理学研究、神経内科医、リハビリテーション医と特異な経歴を有し、30年以上にわたる認知症医療で、多くの臨床経験を積んできた認知症専門医で群馬大学名誉教授の山口晴保氏は、特に認知症医療の薬物療法における医師のエビデンス信奉に警鐘を鳴らす。 新著の「紙とペンでできる認知症診療術 - 笑顔の生活を支えよう」では、目の前の患者・家族の困難に立ち向かう認知症の実践医療を解説し、あらゆる分野の医師に認知症の診断術を理解・習得して欲しいと訴える。

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遺伝子専門医でもある熊川先生は、難聴のリスク遺伝子を特定する研究にも携わられてきました。信州大学との共同研究を経て、現在では高い精度で予後を推定できるようになっています。 将来を見据えたライフスタイルの設計のために。本連載最終記事となる今回は熊川先生の経緯や過去の症例を伺いながら、難聴の遺伝子検査について取り上げます。