最期まで自分らしく生きることを可能にするのが緩和ケア

全3回のインタビューもこれで最後となります。この記事では、山崎章郎氏に改めて緩和ケアが何を可能にするのかをお伺いするともに、氏が目指している「安心して看取りができる地域づくり」について語っていただきました。

#01:ターニングポイントになったキューブラー・ロス『死ぬ瞬間』との出会い
#02:亡くなるまでの全プロセスに関わることが本来の「看取り」

緩和ケアは、WHO(世界保健機構)の緩和ケアの定義が基本

緩和ケアとは基本的に「WHOの緩和ケアの定義」(2002年)に基づいたケアを指します。

それまで別々に語られていた緩和ケアの概念を統一化する目的で、緩和ケア関連団体会議が、WHOの緩和ケアの定義の原文を正確に日本語に訳し直して、2018年6月に発表しました。

私たちが念頭に置くのも、このWHOの緩和ケアの定義です。自分たちの日頃の取り組みを、常にこの定義と照らし合わせることで課題が見えてきますし、見直していくための根拠にも目的にもなります。

緩和ケアは、緩和ケア病棟で提供される場合も、在宅で提供される場合もありますが、どこで展開されてもこの基本理念は全く変わりません。重要なのは、WHOの提示している緩和ケアがそこできちんと実践されているかということです。

WHO(世界保健機構)の緩和ケアの定義(2002年)

緩和ケアとは

緩和ケアとは、生命を脅かす病に関連する問題に直面している患者とその家族のQOLを、 痛みやその他の身体的・心理社会的・スピリチュアルな問題を早期に見出し的確に評価を行い対応することで、苦痛を予防し和らげることを通して向上させるアプローチである。

緩和ケアは・・・

・痛みやその他のつらい症状を和らげる
・生命を肯定し、死にゆくことを自然な過程と捉える
・死を早めようとしたり遅らせようとしたりするものではない
・心理的およびスピリチュアルなケアを含む
・患者が最期までできる限り能動的に生きられるように支援する体制を提供する
・患者の病の間も死別後も、家族が対処していけるように支援する体制を提供する
・患者と家族のニーズに応えるためにチームアプローチを活用し、必要に応じて死別後のカウンセリングも行う
・QOLを高める。さらに、病の経過にも良い影響を及ぼす可能性がある
・病の早い時期から化学療法や放射線療法などの生存期間の延長を意図して行われる治療と組み合わせて適応でき、 つらい合併症をよりよく理解し対処するための精査も含む

[日本語定訳:2018年6月 緩和ケア関連団体会議作成]

https://www.jspm.ne.jp/recommendations/individual.html?entry_id=51

最期まで自分らしく生きることを可能にするのが緩和ケア

人が最期まで自分らしく生きることを、可能にするのが緩和ケアです。

緩和ケアは身体的な問題だけの解決を目指すのではありません。社会的な役割にも配慮していきますし、当然、精神的な問題も含めて配慮していきます。 スピリチュアルケアも含めてトータルとして見ていくということは、その人の人生すべてを、きちんとサポートしていくということなのです。 

緩和ケアの概念は幅広く、疾患を選ばない

従来の緩和ケアとは、主に癌の患者さん達を対象としていましたが、WHOの定義にある緩和ケアの基本概念では、生命を脅かす病が対象となっています。ですから緩和ケアの概念は幅広く、どの人達にも当てはまる全人的ケアといえます。

緩和ケアの目標は、患者さんとその家族にできる限り可能な最高のQOLを実現することです。ですから、末期に限らず、早い病期の患者さんに対しても治療と同時に適用すべきだと考えます。

これは認知症の人も同じです。自分のことがうまくコントロールできなくなってしまった人たちや、自分の尊厳を守れない状況になってしまった人達に対しては、緩和ケアの概念は適切な概念です。

認知症の人の癌の終末期ケアは、その行動パターンなどから緩和ケア病棟などの施設では難しいとも言われていますが、しかし在宅であれば、生活環境を変えることなく従来通りに暮らせ、そこに必要とする医療やケアがきちんと提供される体制が作れれば、認知症の人たちにも在宅緩和ケアを提供することは可能です。

疼痛コントロールは緩和ケアの一部 

疼痛(身体的痛み)コントロールだけを緩和ケアと思っている人も多くいますが、それは緩和ケアの一部を行なっているのであって、それだけでは緩和ケアとは言えません。

疼痛コントロールは緩和ケアの必須要素ですが、疼痛コントロールだけでは患者さんが抱えている全人的問題の解決は難しいからです。その人が自分らしく生きられるためのQOLを上げる。その部分に焦点を当てないと緩和ケアとは言えません。

WHOの定義にあるように、身体的な苦痛だけでなく、心理的苦痛も、社会的苦痛も、スピリチュアルな苦痛も、それらをトータルにケアされて、はじめて緩和ケアと言えるのです。

「在宅緩和ケアの基準」

NPO法人日本ホスピス緩和ケア協会がつくった「在宅緩和ケアの基準」があります。

これは在宅緩和ケアに携わる医師、看護師、介護士、ケアマネージャーなど医療・介護関係者側だけでなく、緩和ケアを利用する人たちも共有すべき基準として作られました。

ケアを提供する側が、「私たちが行おうとしている在宅緩和ケアとはこういうものです。」と表明し、ケアを受ける側と常に確認し合いながら、お互いが在宅緩和ケアに取り組むことを目的としています。

在宅緩和ケアの基準 2017年 9月23日作成
―在宅緩和ケア基準ワーキンググループ―

1.在宅緩和ケアの理念
1)在宅緩和ケアは、生命を脅かす疾患に直面する患者とその家族が在宅(介護施設を含む自宅あるいはそれに準じる場所)で過ごすために、QOL(人生と生活の質)の改善を目的とし、WHOの緩和ケアの定義に基づき、様々な専門職とボランティアがチームとして提供するケアである。

2.在宅緩和ケアチームの構成
1)チームメンバーは、患者・家族の必要に応じて、在宅緩和ケアの理念に基づき、柔軟に構成される。
2)基本となるチームメンバー…医師、看護師、薬剤師、介護支援専門員(ケアマネジャー)、介護士(介護福祉士等)、ソーシャルワーカー(社会福祉士等)、作業療法士、理学療法士、歯科医師、栄養士、ボランティア等

3.在宅緩和ケアチームの要件
1)在宅における24時間対応のケアを提供する。
2)チーム内での連絡が24時間可能であり、連絡を密に取ることができる体制がある。
3)ケアマネジャー、ソーシャルワーカーをはじめ、相談支援及び地域の様々な資源との連携を図る機能を持つスタッフをチームに配置する。

4.在宅緩和ケアで提供されるケアと治療
1)痛みやその他の苦痛となる症状を適切かつ迅速に緩和する。
2)患者・家族に対する心理・社会的問題、スピリチュアルな問題での相談支援がなされる。
3)患者と家族の希望に応じて、病状や病期の説明を行い、在宅において安心して生活することができるように支援する。
4)ケアや治療の方針決定に関しては、患者・家族と医療者が正確な情報を共有し、話し合いを重ねつつ、本人の意思決定を支援する。
5)最期まで在宅で過ごしたいと希望する患者に対しては、穏やかな最期を迎えられる様に症状緩和を計りつつ、家族に対しては適切なタイミングで看取りに関する情報提供を行う。
6)患者と家族のコミュニケーションが最期まで維持されるように支援する。
7)死別前から死別後までの家族ケア(遺族会などのグリーフケア)を行う。

5.在宅緩和ケアチームの運営
1)チームで共通の在宅緩和ケアを実践するための手順書(マニュアル)を備え、チーム内で共有する。
2)チーム内で定期的にかつ必要時、カンファレンスを実施する。
3)チーム内で在宅緩和ケアに関する定期的な教育研修を行う。
4)在宅緩和ケアの質の向上のための研究活動を行う。
5)チームで倫理的指針を作成し、共有する。また、現場で定期的に、あるいは必要に応じて倫理的検討を行う。
6)チームは提供したケアと治療およびチームのあり方について、継続的かつ包括的に評価して見直しを行う。

6.在宅緩和ケアチームのコミュニティにおける役割
1)地域で在宅ケアを行う診療所、事業所等の医療・介護従事者、臨床研修医、学生、ボランティア等に教育研修の場を提供する。

https://www.hpcj.org/what/kijyun.html

在宅緩和ケア充実診療所

それまでの在宅終末期医療は、取り組む医師たちがどんな専門性を持っているのか明示していませんでした。ですから、在宅で終末期医療を受ける患者さん達にとっては、自分たちを診てくれる医師がどんな医師なのか分かりません。専門的に在宅緩和ケアに取り組んできた医師達は、専門性を明示するべきだという考えを何回も厚労省に提言しました。

2015年8月に私は、厚労省で在宅緩和ケアに関するプレゼンテーションを行いました。また、私が所属する日本ホスピス緩和ケア協会は同年8月末に、在宅緩和ケアの専門性を明示できる在宅緩和ケア支援診療所の設置の必要性を政策提言しました。

そのような経緯を踏まえ、2016年に診療報酬改定で新設されたのが、現在の在宅緩和ケア充実診療所です。

在宅緩和ケア充実診療所は、看取り数が年間20名以上となっています。また、施設基準の中には、緩和ケア病棟又は在宅での1年間の看取り実績が10件以上の医療機関において、3か月以上の勤務歴がある常勤の医師がいることなど、いくつかの条件がありますが、それらを満たせば在宅緩和ケア充実診療所と標榜して良いことになっています。

制度ができることにより広がりは生まれます。現在、在宅緩和ケア充実診療所は全国で600ヵ所を越えています。制度なので基準を満たせば標榜できるからです。

しかし、基準を満たしていることと、実際に適切な緩和ケアが提供されているかは別問題です。在宅緩和ケア充実診療所と標榜するのであれば、この「在宅緩和ケアの基準」をベースにして取り組んで欲しいと思います。

ケアタウン小平いっぷく荘 

いっぷく荘とは、ケアタウン小平の2階、3階にある高齢者向け賃貸共同住宅です。有料老人ホームやサービス付き高齢者住宅とは違い、あくまでも、住人が自己責任で管理する普通の賃貸住宅で、地域の他の在宅となんら変わりません。

建物の上階に自分の住まいがあって、一階には医療、介護機能などのサービスがあれば、ケアも受けられるし、そこを終の棲家とすることもできます。実際に住民の中には、終の棲家とする人もいれば、一人暮らしの限界が来てグループホームに移られる人もいます。

地域ぐるみで、安心して看取りができる地域を作る

地域において、ホスピス緩和ケアという領域で活動していると、患者さんの人生全体に関わることになります。それは、医師としてだけでなく、同じ地域に暮らしている住民同士として、その人たちの人生に関わっていくということでもあります。

患者さんを看取って終わりではなくて、看取るという経験を互いに共有することで、地域の人たちとの繋がりが増えていき、それがまた新たな繋がりへと広がってゆく。

家で大切な人を看取ったという共通体験を持つ人達が増えれば価値観は共有しやすい。例えば、ボランティアにもその人たちは積極的に参加してくれるし、遺族同士でなければ分かち合えないこともたくさんあります。

人の死を共有し合うことが、地域の繋がりや絆を深めていく取り組みへと繋がり、そうやって、そこに暮らす人にとって住みやすい地域ができていくのではないか思います。

在宅での緩和ケア(ホスピスケア)をもっと定着せていきたい

患者さんと同じ地域に住んでいると、様々な出会いの中で、自分がいろいろな人とのつながりの中で生きていることを実感します。お互いがそのような関係性にあるのが、地域の本来の姿なのではないかとも思います。

地域で緩和ケアを実践してきたら、ようやくここにたどり着いた。今はそんな気がしています。在宅での緩和ケアが、さらに地域の人たちの中に定着するように取り組んでいくことが、今の私のビジョンです。

今までの経緯をまとめた『「在宅ホスピス」という仕組み』(新潮選書)を2018年の3月に、世に出しました。今までお話してきましたことを、更に詳しくお知りになりたい方は、参考にしていただけましたら幸いです。

「在宅ホスピス」という仕組み
発行  新潮社(新潮選書)
発行日 2018年3月23日 
価格  1,404円(税込)
2025年、団塊の世代が75歳を超える7年後には年間100万人の介護者と150万人の病死者が日常となる。病院のベッドは不足し、「死に場所難民時代」がやって来る。自宅で最期を迎えることが当たり前になる時、本人と家族は何を知っておくべきか。終末医療の第一人者による、慣れ親しんだ場所で尊厳ある死を迎えるための教科書。

ケアタウン小平クリニックの基本情報

クリニック名ケアタウン小平クリニック
ホームページhttp://www.yushoukai.jp/clinic/kodaira/
住所〒187-0012 東京都小平市御幸町131-5
電話番号/FAX042-321-7575
診療内容在宅緩和ケア

この記事の著者/編集者

山崎章郎 在宅緩和ケア充実診療所 ケアタウン小平クリニック 名誉院長 

1947年:福島県郡山市出身
1975年:千葉大学医学部卒業、同大学病院第一外科
1984年:国保八日市場(現・匝瑳)市民病院にて消化器科医長を務め、院内外の人々とターミナルケア研究会を開催
1990年:著書『病院で死ぬということ』刊行
1991年:聖ヨハネ会桜町病院ホスピス科部長
1997年:聖ヨハネホスピスケア研究所所長を兼任
2005年:在宅診療専門診療所(現・在宅緩和ケア充実診療所)ケアタウン小平クリニックを開設し、訪問診療に従事

この連載について

在宅のホスピス緩和ケアで、 安心して看取りができる地域づくりを目指す

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遺伝子専門医でもある熊川先生は、難聴のリスク遺伝子を特定する研究にも携わられてきました。信州大学との共同研究を経て、現在では高い精度で予後を推定できるようになっています。 将来を見据えたライフスタイルの設計のために。本連載最終記事となる今回は熊川先生の経緯や過去の症例を伺いながら、難聴の遺伝子検査について取り上げます。