治験への思い -1人の臨床医としてやるべきこと

がん免疫チェックポイント阻害剤について国立がん研究センター東病院の葉先生が語る本連載、3記事目となる本記事では、免疫チェックポイント阻害剤の治験に数多く携わってきた葉先生が治験について思いの丈を打ち明けます。

研究に携わった経緯

10年以上前までは免疫療法は全く意味のない治療だと言われていましたが、今やノーベル賞として認められ広く用いられる治療になっています。それに伴い新薬の開発も進んでいます。しかしそれを医療で用いるためには、治験という形で患者さんに投与することでその有効性や安全性を示していかなければなりません。少しでも患者さんに良い治療を届けるために、臨床医として治験に取り組んでいるところです。

治験に取り組む上で嬉しかったこと

既存の治療では効果が得られなかったものの、治験に参加することで状態が改善した患者さんがいらっしゃり、大変嬉しく思いました。また、あまり効果は得られなかったけれども、「最後に治験に挑戦できて良かった」とおっしゃった患者さんもいらっしゃいました。病気の治療は治すことが前提になるとは思うのですが、既存の治療では効果が得られなかった患者さんが最後の挑戦の場として治験を選べることは、患者さんが少しでも希望を持って生活できるようになるという意味でも治験に取り組んでいて良かったと感じています。

治験に取り組む上で大変だったこと

どれだけ言葉を尽くして説明したとしても、治験でうまく効果が出ず話が違うのではないかと言われてしまうこともあります。また実際に副作用が原因で亡くなる患者さんも稀にいらっしゃいます。やはり命が関わっている以上、こちらが十分な説明をしているつもりでも、患者さんやそのご家族にとっては理解が難しいということがあります。患者さんやそのご家族と医師の間で思いを共有できていなかったと後からわかったときには考え悩んだりすることもありました。

治験の課題

治験に対して不安感を覚える患者さんはまだ少なくありません。「自らが実験台となり、得体の知れない新薬を投与される」とか「望まない治療を行った結果、副作用により死亡につながる」といった考えを持つ患者さんもいらっしゃいます。また、患者さん自身は治験を望んでいたけれども、ご家族が非常に心配され、病院に何度も質問の電話がかかってきたということもありました。治験で使用される新薬の有効性はまだ十分に示されていないため、そう感じられるのも無理はないかもしれません。

しかし、私達は決して患者さんを実験台とは考えていません。もちろん新薬の正しさを示すための臨床研究の側面もありますが、患者さんに対する新たな有効な治療選択肢の一つとして捉えています。

治験には、新薬だけで治療するケースと日常的に使用されている標準治療が併用されるケースがあります。

治験の初期段階では、その効果を確認するために新薬だけで治療することがあります。治験中は頻繁に検査が行われ、副作用が確認された場合には適切の治療を用いて対処されます。また不安を感じたら担当の医師や看護師に相談する機会が設けられています。このように患者さんの安全に最大限の配慮を行なっています。

ある程度のデータが証明されれば、日常的に使用されている標準治療との併用も行われるようになります。例えば、2種類の薬で行うのが標準治療だったところに、新薬を加えて3種類の薬を使用することができるといった具合です。また、高い効果を示す見通しが立っている新薬に関しては、新薬だけで治療される場合もあります。このように効果が得られることが証明されている治療を受けられることは患者さんにとってチャンスだと言えます。

また、先進的な治療であるために費用が高額になるのではないかと心配される患者さんも多くいます。しかし、実際には薬の有効性や安全性が十分に示されていないため、製薬会社が費用を負担し、その代わりに治験で得られた新薬のデータを製薬会社が薬の開発のために使用します。このように医療費の面で見ると、患者さんの負担はかなり軽減されると思います。

これらのことをしっかりと伝えていくことで、少しでも治験に対するイメージを変えていく必要があると考えています。

治験への思い

抗がん剤に限らず、すべての薬は過去の時代に同じ病気で治験に参加し、新薬として治療を受けた患者さんの協力や思いの上に成り立っています。がん治療は、治験によって新しい治療を開発することで発展していきます。そのため、日本でも治験に対する正しい理解が深まることを期待しています。

また、治療や治験は1人でできることではありません。治療に関しては、外科手術や放射線治療など、他分野の先生と共同で行う集学的治療も重要です。治験に関しても、基礎研究の先生と連携して進めていく必要があります。周囲の様々な先生方と協力しながら、1人の臨床医としてがん治療の発展に少しでも貢献できればと思っています。

がん医療のこれからについて

少しでも良いがん治療を開発していければと思っています。ただ、新薬開発としての治験が進まなければ、その効果を証明することはできず、新しい薬は世に出ていきません。そのため、治験という考え方が日本でもっと広く受け入れられることが、これからのがん医療において大事になってくると思います。

また、免疫チェックポイント阻害剤は、進行がんを完全寛解できた患者さんを経験したことから、手術や放射線治療なしで早期の肺がんを根治できる可能性もあると考えています。全ての患者さんが適応するわけではありませんが、免疫チェックポイント阻害剤の効果を事前に予測できるバイオマーカーが開発されれば、早期のがんでも免疫チェックポイント阻害剤で根治できる患者さんを特定することが可能になるかもしれません。そのような個々の患者に合わせた個別化医療の進化がさらに発展することを期待しています。

あとがき

かつては眉唾物だと思われていた免疫療法は、がんに対する免疫機能の仕組みが解明されて以来広く用いられるものとなりました。免疫チェックポイント阻害剤は特に完全寛解の可能性を与えてくれる点で他の薬物療法より優れています。しかし免疫の仕組みはほんの一部しか解明されておらず、まだ万人に対して有効とは言えません。この課題に対して臨床医としてできることは、治験によって新薬や併用療法の有効性や安全性を示すこと、そしてそのために治験への悪いイメージを変えることです。もちろん治験を選択するかどうかは患者さんの自由ですが、頭ごなしに治験を否定するのではなく、患者さんに対してもメリットがあるということを十分に理解した上で判断できる人が増えていけばいいと思います。それは日本のこれからのがん医療の発展に貢献するだけでなく、患者さんご自身の明るい未来の可能性を提供してくれます。このような考えを広めていくことで、医師だけでなく私たちも医療の進歩に参加していきましょう。

<国立がん研究センター東病院>

ホームページ:https://www.ncc.go.jp/jp/ncce/index.html

所在地:〒277-8577 千葉県柏市柏の葉6-5-1

TEL:04-7133-1111(代表)

この記事の著者/編集者

ドクタージャーナル編集部(島元)   

薬学・生物学を専門的に学んだメンバーが在籍。ミクロな視点で最新の医療を見つめ、客観的にその理想と現実を取材する。科学的に根拠があり、有効である治療法ならば、広く知れ渡るべきという信念のもと、最新の医療情報をお届けする。

最新記事・ニュース

more

遺伝子専門医でもある熊川先生は、難聴のリスク遺伝子を特定する研究にも携わられてきました。信州大学との共同研究を経て、現在では高い精度で予後を推定できるようになっています。 将来を見据えたライフスタイルの設計のために。本連載最終記事となる今回は熊川先生の経緯や過去の症例を伺いながら、難聴の遺伝子検査について取り上げます。