TMS療法、現状と展望は #03

本記事では主に医師に向けて、TMS療法に関する進行中の研究や適用拡大の展望をお伝えします。患者数の拡大に伴い精神疾患の論文は年々増加しており、その中で提示されてきた臨床データがTMS療法の効果を着実に示しています。さらに鬼頭先生が主導する研究から、TMS療法の可能性が見えてきました。

①進行中のプロトコル開発研究

——鬼頭先生はTMS療法の新規プロトコルの開発もされていると伺っています。これは従来のプロトコルのどのような問題点を解決する、どのように新規性のあるプロトコルなのでしょうか

鬼頭:我々が取り組んでいる研究の中でも、今年中(2023年)の実用化を見込んでいるのがプロトコルの開発です。一番わかりやすいのは、治療時間を40分から20分に短縮するというプロトコルの開発です。刺激の部位、強度、周波数を変えずに、刺激の間隔を短くしても効果が変わらない可能性を検討しています。

今は、4秒刺激して26秒休む30秒のサイクルを80回繰り返すため、全体で40分となっています。この間隔を11秒にすれば、15秒のサイクルですから時間が半分で済むわけです。間隔が全くないとけいれんが起きてしまいますが、短縮しても安全性は変わらないということがわかっていますから、有効性を比較してみたところ同等だとわかりました。こちらは論文を投稿し終わり、プロトコルとしても年内に通る可能性があります。

シータバースト刺激という刺激方法も研究し、すでに臨床での使用が始まっています。これは、効果が出るまでの期間を6週間から2週間程度にまで短くできる可能性がある点で期待しています。

もう一つ検討しているのが、右前頭前野への低頻度刺激です。うつ病は左前頭前野の遂行機能だけではなくて、情動、気分の病気です。TMSで刺激できない深部領域である膝下部帯状回や扁桃体のような関連領域の病変にアプローチしたいとなると、電極を入れるDBSを使おうという発想になります。

そして、DBSでみられる脳領域の抑制と同様の効果が、TMS療法による右前頭前野への低頻度刺激でもみられるんです。このメカニズムから分かる通り、現在一般的な左前頭前野の高頻度刺激とは作用点が違います。左前頭前野の刺激の場合、遂行機能に関連する領域に効いて、帯状回の働きが良くなってから、情動に関連する領域が抑制される、トップダウンの形です。一方右前頭前野の低頻度刺激は、背外側前頭前野はあまり影響を受けず、膝下部帯状回や前頭眼窩野の血流が下がって回復していくんです。

したがって左前頭前野の高頻度刺激と右前頭前野への低頻度刺激は、患者さんの症状に合わせた使い分けや併用が有効だという見方が広がっています。

②適用拡大の展望

——治療法としての更なる普及や、適用範囲の拡大といったことは考えていらっしゃいますか?

鬼頭:現在保険適用が承認されているのは、うつ病に対してのみです。並行して適用拡大が期待されているのが、

・うつ病の再燃・再発を予防する維持療法(先進医療)

・双極性障害の抑うつエピソード(先進医療)

・強迫性障害

で、現在進行形でこの適用拡大を推し進めています。

うつ病の再燃・再発を予防する維持療法は、現在重点を置いているところです。うつ病の患者さんの3割以上が再発してしまうという中で、維持療法が保険診療で使えるのはお薬や電気けいれん療法に限られています。一方、TMS療法は保険診療が6週間しか続けられないため、再発防止はお薬を飲み続けることになります。そうすると、お薬が効かなくてTMS療法が効いたから治ったのに、お薬の方だけ続けるということになってしまい、合理的ではありません。患者さんも不安ですから、やはりTMSによる維持療法があってほしいわけです。去年の5月から先進医療として認められていますから、6週間の急性期治療が終わってから向こう1年間の維持療法ができるようになっています。今20施設ほどで実施しており、被験者を300人集めるために協力を募っています。

双極性障害に対しては、症例報告を私たちで2例確認していたのに加え、申請当時最新のメタ解析で有効性が確認されたとこから、先進医療として現在検証的試験を進めています。双極性障害は治療薬の種類が少ない病気ですから、承認されればインパクトは大きいでしょう。

強迫性障害についても当病院で1例実施していますが、非常によく効いているという感触があります。今後に期待できるところです。3年から5年程度先を見据えて、こういった適用拡大を進めたいところです。

③普及と更なる研究に向けて

——臨床研究はどのように進めていくのですか?

鬼頭:今進めている維持療法もそうですが、臨床研究の際は研究協力を募ります。TMSを保険診療で導入していること、医療機関として協力を希望することが条件という決まりです。厚生労働省への書類申請などは全て、研究事務局の支援事業を専門にしている業者さんに委託していますので、参加するハードルは低いと言えます。こうして臨床データを集めることで、有効な治療方を患者さんに届けることができます。

——今後どこまで普及していくとお考えですか?

鬼頭:最終的な導入施設数は分かりません。ただ、臨床に携わると、まだ保険診療ができる形で導入している病院が少ないため、日本全国から患者さんがいらっしゃると感じます。今も宮城県の釜石市から、はるばる通ってらっしゃる患者さんがいるんです。病気を抱えた状態で、ご家族に会えないような遠くの病院に入院するのは不安なはずです。今後少なくとも、1都道府県に1ヶ所くらいまで導入病院が増えると良いと思います。特に急性期に入院できる病院は、お家から2時間以内くらいで通えるところにあったら嬉しいですよね。

日本では、TMS療法を保険適用で実施する要件が非常に厳しい状態です。これを緩める方向で厚生労働省に要望書を提出しており、今後保険診療のハードルが下がれば、一層の普及が見込めます。

——費用面について、短期的に大きな負担がかかるTMSと長期的に少しづつ負担がかかる投薬の比較は困難かと思いますがいかがですか?

TMS療法は高額ながら、有効かつ再発リスクが低いという事実を踏まえると、早いうちからのTMS療法の導入によって退院までの期間を短縮すれば最終的なコストは下がります。こうした費用対効果の高さという観点での優位性は認められると考えています。さらに、これを考慮して保険点数が今後引き上げられれば、結果としてさらに普及が進む可能性もあります。

——新規にTMS機器を導入する際の負担はありますか?使用や維持管理等のノウハウはどのように学べば良いのでしょうか。

現状、病院へのTMSの導入には、初期費用や置き場所がネックになります。在宅でできる小型のTMSの開発も研究されていますが実現には時間がかかるかもしれません。機器の使用にあたっては、学会で作成している適正使用指針をよく読んで確認していただくこと、学会や企業の講習会で取り扱いに慣れていただくことができます。知り合いの病院に見学に行って教わったり、機器を販売しているメーカーの方が治療現場に来て、つきっきりで教えてくれたりもするので、使用はさほど難しくないかと思います。

——TMS療法が普及すると、救われる患者さんは多いですね。

鬼頭:精神科を専門に始めたのは大学を出たころなんです。当時は薬物療法くらいしかなくて、あとは電気けいれん療法はありました。薄いマニュアルでみんな勉強していたんですよ。どういう適応で、どういう副作用があるといったことが書いてあるんですが、一番最後のところに、これからの電気けいれん療法という章があって、TMS療法が載っていたんですよね。それが20年も前の話です。そこで初めて、こういうものがあるんだと知りました。

電気けいれん療法も自分達の病棟ではできなくて、専用の部屋やオペ室に患者さんを連れていって、点滴をして、麻酔で寝かせて、けいれんを起こして、目が覚めると連れて帰って行くんです。でもやっぱり副作用があるんですよ。認知機能障害もでるし、あと歯を食いしばるので、歯が折れたり抜けたりすることがあったりしました。そういう現場を、どうにかならないのかなと思って見ていたんです。

そんな時に、磁気で疾患が良くなると書いてあるのを読んだわけです。じゃあこれをやってみようと思ったのが始まりで、機械がある大学に移って研究を始めました。ただ当時は、臨床に導入されるとは思っていませんでした。まだ研究の段階で、実用化される日が本当に来るのかなという感覚でしたね。

それが今ではこうして臨床に導入されてきて、うつ病では承認されていますよね。アメリカだと強迫性障害や、タバコをやめられないニコチン依存症でも承認されているんです。こうやって、今後広がって行くんだなと思います。

あとがき

日本ではまだ承認されて年が浅いTMS療法。高い有効性と安全性、最低限の副作用という明確な優位性から、まさにこれから普及していく段階にある治療法だと考えられます。さらに、再発率の高いうつ病において再発の予防に、また治療薬が少ない双極性障害において新たな選択肢になれば、社会にもたらすインパクトは非常に大きなものとなるはずです。

急激な患者数の増加が社会問題化している精神疾患領域において、TMS療法が切り札となる日も遠くないかもしれません。僭越ながら、本記事がその一助となれば幸いです。

【国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター】
ホームページ:https://www.ncnp.go.jp

所在地:〒187-8551 東京都小平市小川東町4-1-1
TEL:042-341-2711

この記事の著者/編集者

ドクタージャーナル編集部(中条)   

薬学・生物学を専門的に学んだメンバーが在籍。ミクロな視点で最新の医療を見つめ、客観的にその理想と現実を取材する。科学的に根拠があり、有効である治療法ならば、広く知れ渡るべきという信念のもと、最新の医療情報をお届けする。

この連載について

【うつ病治療の切り札】有効かつ副作用の少ない治療法、rTMS療法という選択肢

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遺伝子専門医でもある熊川先生は、難聴のリスク遺伝子を特定する研究にも携わられてきました。信州大学との共同研究を経て、現在では高い精度で予後を推定できるようになっています。 将来を見据えたライフスタイルの設計のために。本連載最終記事となる今回は熊川先生の経緯や過去の症例を伺いながら、難聴の遺伝子検査について取り上げます。