#02 緩和ケアの在宅医療は、介護力、本人の病状、余命、の3つの要因で成り立ちます。

一般病床12床、緩和ケア病床34床の46床で7:1の看護体制を敷き、緩和ケアと在宅支援に取り組む医療法人社団 杏順会越川病院。越川貴史院長は、行き場を失った終末期の「がん難民」をなくしたいという思いから、経営コンサルタントなど外部のサポートを一切借りず自らの手で、自院完結型の連携医療の経営モデルを作り上げた。 「緩和医療は急性期医療です。」という。緊急の患者には越川院長自らスピーディーに入院調整を行い、95%の病床稼働率を維持している。独自の緩和ケアの取組みを越川院長に聞いた。 (『ドクタージャーナル Vol.11』より 取材・構成:絹川康夫、写真:安田知樹、デザイン:坂本諒)

緩和医療はがん医療の一部だと思います

私は日本緩和医療学会の代議員をしていますが、学会ではがんの再発に対して早期からの緩和医療を推奨しています。

例えば昔は、がんの治療中に痛み止めで麻薬などを処方しませんでしたが、今では抗がん剤を飲んでいても必要があれば医療用麻薬を処方する場合もあります。早期から緩和医療を提供するようになってきています。

私の考えですが、緩和医療はがん医療の一部で特別視するものではないと思っています。がん治療はがん診療拠点病院などの専門機関で行われ、介護保険の調整や医療麻薬の調整などの緩和医療に関することは当病院が行うというように、併診されている患者さんも当病院には多くおられます。

現在、緩和ケア病棟は看取りの場になることが多く、積極的に長生きを希望するニーズをかなえるのは難しい状況です。ですから『積極的な緩和医療』を行うのであれば、在宅支援や一般病床で行うべきで、緩和医療を受けられない患者さんを出さないよう、それぞれの病棟の特性を生かして対応すべきであると考えます。

また、緩和医療を一般病床で行うことの利点は、緩和ケア病棟のように数ヶ月も待たされることなく、エマージェンシーに対応できることです。ただしデメリットとしての在院日数の問題があります。

緩和医療マネジメントは医師が行うのが良い

緩和医療では患者さんをトータルで診るために、患者さん個々にそれぞれ個別の対応が必要です。相談を受けるに際して、病気のことだけ判っていればよいということではなく、介護や福祉の知識、生活保護の申請などと、そこまでわかっていて医師はプロフェッショナルだと思うのです。

もちろん専門的なことについては何時で聞ける環境を自分の周囲に作っておくことも大切で、如何に自分以外のリソースを活用できるかが緩和医療のマネジメントにとっては大事なことだと思うのです。

多くの病院ではケースワーカーが中心でマネジメントをしていますが、緩和医療のマネジメントは本来医師が中心で行うのがいいと思います。医師が指示を出しながら対応していかないと上手かないことが多いからです。

医師ならば、緊急性が高いかどうか、優先順位を判断してすぐに調整できますから。緩和ケアではその差が大きいのです。当病院では、緊急性があれば私が時間外の入院相談にも対応して、直ぐに入院できるようにしています。

在宅医療のゴールを設定しマネジメントする

緩和ケアの在宅医療が成り立つためには、1/介護力、2/本人の病状、3/余命、の3つが大きな要因となります。ご本人の病状が多少悪くても、家族の介護力があれば在宅医療は成立します。介護力は患者さんの家族構成や家族関係など個々の条件で決まってきます。

昨今は、高齢化などの影響でこの介護力が弱くなっている気がします。また在宅医療というと、家族が最後の看取りまで行うようなイメージが強いのも、家族にとっての負担感を増しているのでしょう。

私たちは個々の患者さんの在宅医療のゴールを設定し、それに合わせた関わり方を調整します。

例えば最後まで看取りができる家庭もあれば、点滴をつなぐことにも拒否反応を示す家族もいます。その家族の状況に合わせて在宅医療の関わり方を1件1件マネジメントしてゆくのです。そのための見極めや判断は非常に難しいのですが「家に帰すホスピス」にとって在宅医療のマネジメントは最も重要なのです。

越川貴史

「患者さんを家に帰す」という考え方

― 越川病院の緩和ケア医療の取り組みをお聞かせください。―

私が緩和医療に取り組んでかれこれ15年ほどになります。診療科を産婦人科から変えた当初は、現行のホスピスのような対応からはじめました。

しかし、旧設備をほとんどそのまま利用しているので、広い病室もなく、ホスピスとして展開させていくのは物理的に無理でした。では、我々の特徴をどう出していくかと考えた結果「患者さんを家に帰す」という考えに至りました。

ホスピスは今でも緊急入院の対応は困難なことが多いです。「緊急入院ができるようにする。その後に家に帰せる体制をつくれば良い」。そこで在宅支援体制を作り上げました。当時から今に至ってもこの分野の専門医は少なくて、痛みの管理で他の診療所から緊急で当病院に搬送されてくる患者さんもいます。がんの痛みだけでは大学病院などでは入院が困難なため、こちらに搬送されてくるわけです。

ホスピスと当病院の違いは緩和ケアで一般病床があることで、当病院が一般病床を持っていることの利点は、緩和医療の救急対応ができるということです。一般病床では患者さんへのフレキシブルな対応ができます。ベッドの回転率も速く緊急の対応もできますし、7:1の看護体制ですから手厚い看護が受けられます。緊急の患者さんのお引き受けできることがとても大切なのです。

がん難民をなくす

私たちは、杉並区から「がん難民」をなくそうと努力しています。「がん難民」と言ってもあまりピンと来ないかもしれませんが、例えばがん診療拠点病院にかかっていても、緩和ケア目的になると拠点病院での入院は困難なことが多いです。

そこで他所の緩和ケア病棟の紹介状を書いてもらったとしても入院できるまでに数か月かかります。その間の患者さんのフォローはだれが行うのか。地域の開業医を紹介されても、そこで必ずしも適切な緩和医療ができるわけではありません。末期がんの患者さんが病院から自宅に帰されてもその先の行き場を失ってしまうのです。

そのような「がん難民」と呼ばれる方が実際には多いのです。それは一番緊急の医療を必要とされている患者さんが医療を受けられないということでもあるのです。

積極的な緩和医療の提供

私たちは病院の理念で『積極的な緩和医療の提供』を掲げています。今までの緩和ケアは、ナチュラルに任せることが最善という考え方が強かったのですが、今の時代には多様なニーズがあります。

現在ではがん患者さんに対して、亡くなる寸前まで比較的副作用が少なく制がん効果が高い分子標的薬を投与するケースも多くなっています。効果があれば患者さん本人も「服薬を続けたい」、ご家族も「亡くなる寸前まで飲ませてあげたい」と願います。しかし、がん治療をしていては、緩和ケア病棟には入れません。緩和ケア病棟に入るためには治療をやめなければならない。

一方、当病院は一般病床ですから、終末期でもがん治療薬を服用しながら入院している人が何人かいらっしゃいます。今後は一般病床と緩和ケア病床の両方を備えて、治療を望む患者さんは一般病床でフォローしようというのが私の考えです。

ケアマネージャーとの連携

介護保険事業の立ち上げに際し、私はケアマネージャーの資格を取りましたが、その研修に参加する中で特に医療職と介護職のギャップがあることを感じ、ケアマネージャーとのコミュニケーションと教育が非常に大切と思いました。

例えば、診療情報提供書を見ているケアマネージャーは少ないですし、医師の方から紹介状のコピーを渡すことなども少ないと思います。多くのケアマネージャーが情報の少ない中で動かなくてはならない辛い立場であることもよくわかりました。

そこで、去年は杉並区の150人ほどのケアマネージャーに対し、緩和医療について具体的な内容に即した研修を行いました。ケアマネージャーとの連携も緩和ケアの医療連携では特に重要です。しかし、その連携が十分にとられているとは言えないのが現状です。

この記事の著者/編集者

越川貴史 医療法人社団 杏順会 越川病院  理事長・院長 

医療法人社団杏順会越川病院理事長・院長。
一般内科・消化器科 1995年日本大学医学部卒業、日本大学第三内科入局。2001年医療法人社団 杏順会 越川病院開設し院長に就任。2003年から国立がんセンター中央病院緩和ケア科研修生(5年間)。
日本緩和医療学会指導医認定、日本緩和医療学会認定医、東京慈恵会医科大学緩和ケア診療部非常勤診療医長

最新記事・ニュース

more

遺伝子専門医でもある熊川先生は、難聴のリスク遺伝子を特定する研究にも携わられてきました。信州大学との共同研究を経て、現在では高い精度で予後を推定できるようになっています。 将来を見据えたライフスタイルの設計のために。本連載最終記事となる今回は熊川先生の経緯や過去の症例を伺いながら、難聴の遺伝子検査について取り上げます。