#02 がんの個別化医療 がん治療における問題点 「混合診療の禁止」

がんの病理医である西原先生が日本の医療制度について語る本連載、2記事目となる本記事は、がん治療における問題点「混合診療の禁止」についてです。

1記事目のまとめ

がんの個別化医療における問題の一つは、遺伝子パネル検査の実施時期が遅いということです。治療方針の決定にとても重要な遺伝子パネル検査を、治療の前段階で行うことができないのが原因で、最適な医療を見つけられない患者が多くいます。検査の問題点を扱った1記事目に続き、2記事目では治療の問題点を扱います。

治療における問題点:「混合診療の禁止」

たとえ遺伝子検査を行うことで最適な治療法を見つけることができたとしても、実際に治療を適切な値段で行えるとは限らないのです。その原因は「混合診療の禁止」にあります。

混合診療とは、保険適用された保険診療と保険適用されていない自由診療を同時に受けることであり、先進医療などの一部例外の自由診療を除いて混合診療は省令で禁止されています。

現代のがん医療は個別化医療の時代であり、それぞれの患者の遺伝子異常に合わせて治療を選択します。したがって、患者によって必要な治療は異なります。そのような治療の中には一部の患者にしか需要がない治療も多いため、国民皆保険制度の「多くの人々が利用する医療をカバーする」という設計上、その中には保険適用されていないものも多くあります。そのような医療は保険診療と併用することができず、併用する場合には受ける治療を患者が全額負担しなくてはなりません。したがって、混合診療の禁止によって、一部の人々が最適な治療を適切な値段で受けることができないというのが日本の保険制度のデメリットです。

実際に、遺伝子パネル検査によって保険適用外の治療が提示されている患者の割合は約46%です。保険適用された治療を提示されている患者の割合は約19%ですので、このデータからも必要な混合診療は認めていく必要があると言えます。

混合診療禁止の原則

ではなぜ混合診療が禁止されているのでしょうか。混合診療については、その定義や禁止規定が明文化されているわけではないですが、厚生労働省によれば(※1)混合診療禁止の理由は次の2つだと考えられています。

  1. 患者の負担が不当に拡大するおそれ
  2. 科学的根拠のない特殊な医療の実施を助長するおそれ

まず、「1. 患者の負担が不当に拡大するおそれ」について。

混合診療を認めると、保険適用されていない医療が多く用いられるようになり、患者の負担が不当に拡大する恐れがあります。これにより経済的に受けられる医療に差が出る可能性があります。

次に、「2. 科学的根拠のない特殊な医療の実施を助長するおそれ」について。

ある治療が保険適用されるためには、臨床試験等で有効性・安全性を証明して厚生労働省から認可をもらう必要があります。そのようなプロセスの踏んでいない医療がたくさん用いられるようになれば、科学的根拠のない医療が不当に広がるおそれがあります。

※1 厚生労働省「保険診療と保険外診療の併用について」

これらの原則により混合診療は省令で禁じられています。これは「自由診療の中にはきっと悪いものも含まれているはずだ」という性悪説に基づいており、もちろん世の中にはそのような治療で悪稼ぎをしている人もいます。しかし、自由診療すべてが悪というわけではなく、科学的根拠のある自由診療はたくさん存在します。よって、混合診療だからと言って頭ごなしに否定するのではなく、上の二つの原則に反していない混合診療を認めていく必要があるのです。科学的根拠があり需要がある治療は、積極的に行うべきでしょう。

禁止すべき混合診療のパターン

必要な混合診療は行うべきですが、どういった混合診療がどのように認められるべきなのかをしっかりとわかっておく必要があるでしょう。そこで、まずは禁止すべき混合診療のパターンについて確認します。

まず、簡単のため、保険診療によるがん医療の流れが図1のようであるとします。これらの治療は保険診療ですので、患者は3割負担で治療を受けることができます。

そして、図2が禁止すべき混合診療の一例です。これは、元来想定されていた混合診療のパターンとも言えます。

図2が表しているのは、あるがん患者が「保険適用されている薬剤Bや緩和ケアとともに、〇〇クリニックで受けられる保険適用されていない免疫療法を受けたい」と申し出たパターンです。ここで、〇〇クリニックの免疫療法は科学的な根拠のない怪しげな治療であるとします。

この場合、保険診療である薬剤B・緩和ケアと自由診療である〇〇クリニックの免疫療法の混合診療を行うことになります。しかし、混合診療は省令で禁止されています。よって、混合診療とならないようにするために、免疫療法と併用された薬剤B・緩和ケアが自由診療扱いとなり、それらの医療費が患者の全額負担となってしまいます(図3)。また、〇〇クリニックの免疫療法は科学的根拠はなく、不当にお金を稼ごうとしている恐れがあるため、混合診療の原則にも反していると言えます。このような混合診療は従来通り禁止されるべきです。

認めるべき混合診療:保険適用外の分子標的薬

認めるべき混合診療「保険適用外の分子標的薬」について見ていきます。

分子標的薬とは、がんの遺伝子変異に由来する特定の分子にだけ作用する薬のことです。患者の遺伝子異常の種類に応じて、より効果の出るものを使い分けることができます。

分子標的薬は、保険適用されるものと保険適用されないものに分類されます。がんの原因遺伝子変異として大きな割合を占めるものに対する分子標的薬は需要が高いため保険適用されているケースが多いですが、一部の人々にしか需要がない分子標的薬は保険適用されていないこともあります。そのような分子標的薬は、混合診療禁止の省令によって保険適用されている分子標的薬と併用することができません。

下の図4は、本来保険適用されている薬剤Aと薬剤Bを使うフローに対して、薬剤Bとともに保険適用されていない薬剤Cを使うことにした事例です。

この場合、薬剤Bと薬剤Cを併用しているので、混合診療禁止により薬剤Bは自由診療とみなされます。よって、患者は薬剤Bの治療費を全額負担しなくてはなりません。

また、この場合は、薬剤B, Cの治療費のみを全額負担すれば良いとは限りません。なぜなら、自由診療によって行うことになった治療は自由診療との併用と見なされ、それが保険診療だった場合は混合診療とみなされるからです。この事例であれば、薬剤Cによる治療とその後に行う緩和ケアに因果関係がある場合(薬剤Cを用いていなかったとしたら緩和ケアをすることはなかったと思われる場合)、緩和ケアは薬剤Cとの併用とみなされます。そうなると緩和ケアも自由診療となり、患者は全額負担を強いられます(図5)。

「自由診療を行うと、それと併用された保険診療が自由診療扱いとなる」 これが一部の患者が最適な医療を適切な値段で受けられない理由です。本来保険診療として3割の負担で受けられるはずの医療を全額負担で受けなければいけないというのは、患者の正当な治療機会を奪うことになってしまうと言えます。

混合診療として禁止される理屈は?

「保険適用外の分子標的薬」は、必要とされているにも関わらず適切に用いることができないということがわかりました。ここで、混合診療禁止の原則をもう一度振り返ってみましょう。

  1. 患者の負担が不当に拡大するおそれ
  2. 科学的根拠のない特殊な医療の実施を助長するおそれ

このようなおそれがある可能性があるので、基本的に混合診療は認められていないと言われています。今回の例はどうでしょうか。分子標的薬は高額で、その費用のすべてを支払うとなれば患者の負担は大きくなるため、「1. 患者の負担が不当に拡大するおそれ」がないとは言い切れません。一方で、患者の遺伝子異常の種類に基づいた治療を行うことは、その人により効果のある治療を追求しており、この正しさは既に数々の研究により証明されています。よって、「2. 科学的根拠のない特殊な医療を実施するおそれ」に関しては問題ありません。

「1. 患者の負担が不当に拡大するおそれ」を拭うことができれば、「保険適用外の分子標的薬の併用」は混合診療として禁止される理屈はなくなります。そのためにはどのような仕組みづくりをするべきでしょうか。

<慶應義塾大学 がんゲノム医療センター>
ホームページ:https://genomics-unit.pro/

この記事の著者/編集者

ドクタージャーナル編集部(島元)   

薬学・生物学を専門的に学んだメンバーが在籍。ミクロな視点で最新の医療を見つめ、客観的にその理想と現実を取材する。科学的に根拠があり、有効である治療法ならば、広く知れ渡るべきという信念のもと、最新の医療情報をお届けする。

最新記事・ニュース

more

遺伝子専門医でもある熊川先生は、難聴のリスク遺伝子を特定する研究にも携わられてきました。信州大学との共同研究を経て、現在では高い精度で予後を推定できるようになっています。 将来を見据えたライフスタイルの設計のために。本連載最終記事となる今回は熊川先生の経緯や過去の症例を伺いながら、難聴の遺伝子検査について取り上げます。