第三者へ継いでもらう方法(M&Aを検討するメリット編)

<本連載について>
事業承継と聞くと、引退を迫られているようで前向きになれなかったり、何から着手すればよいのか分からなかったりで悩みや不安を抱えている方も多いと思います。本連載では「今日からはじめる事業承継」と題して、院長が抱える事業承継への不安を1つでも解消し、笑顔で事業承継を終えるために役立つ記事を発信していきます。

〈今回の記事について〉
子供に事業を継いでもらう親族承継、院内で勤務する医師に事業を委ねる院内承継、そして3つめの重要な選択肢が第三者承継(M&A)です。本稿では「M&Aとは何か?」から始まり、そのメリットやデメリット、そして成功のポイントや事例を解説します。

【今日からはじめる事業承継5日目】
4人のうち3人は、後継者が見つからない?

私は3年ほど、医療機関の第三者承継「医療M&A」に携わり、これまで譲渡のご相談も数多くいただきました。
昨今、この病院を譲りたい・診療所の後継者を見つけてほしいというご相談が年々増えています。ではなぜ増加しているのでしょうか?
まずはこちらのデータをご覧ください。

2020年時点で、医療機関の後継者不在率はなんと73.6%!
理事長が4人いたら3人は、後継者が見つかっていないという調査結果があります。「後継者がいない」,これは、決して特別な状況ではなく、日本中の理事長が直面している課題となっています。

「子どもが親の事業を継ぐ」のが当たり前だった昔とは異なり、今や「子どもが親の病院を継ぐ」ほうが珍しい時代となったと言えます。

本稿の読者の方々も「お子様に承継を断られてしまった」「身内に継がせたくない」など、既に親族承継を検討したけれども「難しい」という方や「院内に適任者がいない」「大学の後輩に声は掛けたけど…前向きに進められなかった」というように院内承継や第三者承継の相手を、ご自身で探したけれども「見つからなくて困っている…」そんな方々がいらっしゃるのではないでしょうか?

本稿ではこれから数回にわたり第三者に継ぐための手段である「M&Aとは?」から始まり、「誰がどのようなメリットを得られるのか」「成功のポイントはどこにあるのか」を解説していきます。

【今日の知識】
4つの視点から理解するM&Aのメリット

M&Aとは「Mergers and Acquisitions」の略で、直訳すると少し固い表現ですが「合併」と「買収」を指した言葉です。柔らかく表現をしますと、「第三者への承継」となります。では、M&Aのメリットはいったい何があるのでしょうか。

1.「経営者」へのメリット

まず1つ目は「経営者個人」へのメリットです。
個人の経営責任が第三者へ移るので今までご苦労されていた「人事労務」や「経理財務」などから解放されます。ただし、ドクターですから、医師免許に定年はありません。ご本人が望めば医師として「診療を継続」できるということになります。もちろん、引退して「第二の人生を謳歌する」という選択も可能です。

また、経済的なメリットとしては、法人を譲り渡すことにより「譲渡対価」を得ることができます。
親族承継の場合、お子様の支払う税金が少なくなるよう価格を下げる目線で評価を行いますが、第三者承継では真逆です!価値を上げる目線で評価します。買い手は、病院の「基盤」も「従業員」も「患者」もまるごと引き継げるため、いわゆる「のれん代」を考慮してもらい譲渡対価に反映してもらうという交渉もできるでしょう。

2.「法人」へのメリット

次に「法人」へのメリットです。
例えば、診療所の建物の「建替え」や「大規模修繕」は完了していますか?
経営者が高齢化するのと同時に建物や医療設備も一緒に高齢化していきます。後継者への引継ぎをきっかけに躊躇していたことを進めることができます。

また、お相手次第では「新しい風」も吹くでしょう。第三者承継でグループインすると相手の「強み」を活用できます。
例えば、「在宅医療」が得意な法人と組めば、今まで展開したくても中々できなかった在宅医療をスタートできますし、「採用力」の強い法人と組めば、優秀な人材を集めることもできます。
「誰と組むか?」それ次第で、法人も大きなメリットを得られます。

3.「従業員」へのメリット

続いて3つ目は「従業員」へのメリットです。
従業員の方々にとっては「雇用維持」が守られる。これが大きなメリットと言えます。また、グループ法人が譲り受けるケースでは給与が増えたり、新しいキャリアを形成でき、福利厚生が良くなることもあります。

医療機関の命は「人」です。そのため、グループ法人では人を育て、人が辞めない体制にすべく様々な努力を行っています。それらの制度を利用できることは、従業員にとっても大きなメリットとなります。

4.「患者の方々」へのメリット

最後に4つ目「患者の方々」へのメリットです。
今まで通りの医療を継続して受けられる。これが何よりも、メリットになります。

また「地域包括ケアシステム」や「地域医療構想」これらが叫ばれるようになって久しくなりました。単独経営の医療機関の乱立状態からM&Aによりグループ化が進むことで「病病連携」「病診・病介連携」が加速した地域が出てきています。
事業承継が進むことで、国の目標や地域のニーズに合った「医療の未来」へと進む可能性も秘めています。

選択肢の一つとして最初からM&Aも考慮する重要性

ここまではメリットを中心に紹介してきましたが、いかがでしたか?
このあとデメリットも紹介しますが、実は明らかにメリットの方が多く、後継者問題の他にも様々な経営課題を一度に解決できる可能性を秘めた選択肢です。

それゆえに、年々ご相談が増えていると肌で感じています。
しかも「消去法」で最後の選択肢としてM&Aを使うのではなく、最初から「積極的」にM&Aを選択肢の一つとして相談する50代の理事長が増えてきました。

「不確実性」こそが、M&Aの唯一のデメリット

一方、以前は70代や80代の理事長からのご相談が多くを占め、中には、すでに検討のステップを間違えており、もったいない・損をしてしまっている方々もいました。

どのタイミングで理想のお相手と巡り合えるか、まさにM&Aは「ご縁」次第であることから、思った通りにいかないことがあります。この「不確実性」こそが、M&Aの唯一のデメリットです。

検討ステップを間違えていた事例(「消去法」のM&A)

親族承継からの消去法でM&Aを検討されると上記のような事例が起こります。30年医療機関を続けてきて、経営も順調であったため法人の評価が6億円まで大きくなっている医療法人でした。

「出資持分あり」の法人であったので、M&Aであれば「役員退職慰労金」と「出資持分譲渡」を合わせて6億円を獲得できる状況でしたが、ご相談に来た時点ではすでに検討のステップを間違えていました。

  • 確定していないが、子供に継がせるつもりだった
  • そのため、認定医療法人制度を使った
  • しかし、継がなかった...
  • その結果、出資持分の対価3.3億円を放棄した形となってしまった…

このような事例が日本中で起きています。

「親族承継」が駄目だったので「院内承継」へ。
「院内承継」も駄目だったので「第三者承継」へ。
このように「消去法」で検討するのではなく、「積極的」に全ての選択肢を並べて検討する。そして最良な選択肢を選んでいく!これが事業承継を検討するステップの王道であるべきだと考えています。

ぜひ読者の皆様も事業承継を検討される際は、親族・院内・第三者を並べて検討し、もったいない・損がない・メリットをより多く享受できる選択をしていただければと思います。

まとめ

今日からはじめる事業承継5日目は、M&Aのメリット・デメリットについて解説をしました。
親族承継がダメ、院内承継もダメだった時の最後の選択肢として残すのではなく、最初から3つを並べて検討することが最良な結果を生むステップです。

次回はこのステップを踏んだ後、M&Aを成功させるためにはどんなポイントがあるのか解説する回にしたいと思います。

株式会社fundbookの基本情報

会社名株式会社fundbook
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所在地東京都港区虎ノ門1-23-1 虎ノ門ヒルズ森タワー24F
TEL03-3591-5066
事業内容M&A仲介事業

fundbookは最先端のテクノロジーとアドバイザーの豊富な経験を融合した新しい形のM&Aを提供する会社です。2021年に創設された「ヘルスケアビジネス本部」には、病院・診療所の事業承継・M&Aを200件以上成約に導いてきたメンバーが揃い、業界最大級の経験と実績に基に安心と成果を提供します。M&Aに関するコラムやM&A事例なども多数紹介しています。

この記事の著者/編集者

西山賢太 株式会社fundbook アソシエイトヴァイスプレジデント 

株式会社fundbookヘルスケアビジネス戦略部所属。薬剤師・調理師・医療経営士。埼玉県済生会川口総合病院にて薬剤師としての実務経験を得た後、新たな視点で医療業界に貢献したいという思いから株式会社fundbookへ入社。病院・診療所における事業承継やM&Aのほか、事業計画策定・病床機能転換など経営支援にも携わる。

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