かかりつけ医だからできる認知症患者との関わり方
2023.08.04
前回記事「現場の実例。「薬の整理」によって数多くの症状が改善」に続き、かかりつけ医だからこそできる認知症患者さんとの関わり方について、ある患者さんとのエピソードも交えて伺いました。
今でも強く記憶に残る、一人の認知症の方との出会い
東京武蔵野病院で働いていた頃、物忘れ外来に訪れた患者さんの中に、大企業の会長さんがいらっしゃいました。
「仕事は普通にできているけれども、何かおかしいので診察して欲しい」とのことでした。
長谷川式スケール(簡易的な認知機能テスト)で調査しても、30点満点中25,6点という結果。しかし、頭部の画像では海馬を中心に広範な脳萎縮が見られ、心理テストの結果もアルツハイマー型認知症の初期段階と一致していました。
元々知能レベルが高い方だったため、長谷川式スケールの結果も高かったのでしょう。このことをご本人に伝えると、「分かりました。そういうことでしたらアリセプトを個人輸入して使います。」と言うのです。当時、まだアリセプトは日本で承認されていなかった時期です。
さらに、「アリセプトを服用すると、どのような反応や副作用が現れるか分からないので、しばらくは先生に診ていてほしい」 と依頼されました。
ご本人は、認知症になったら原則治ることはないと理解されており、海外の文献を調査した結果、アリセプトを用いても認知症の進行を遅らせることしか期待できないということも把握されていました。
ただ、「会長として今後何をするべきなのか、後始末の時間が欲しいので、薬で残された時間が稼げるのであれば、そのためだけで良いからアリセプトを使いたい」というお話でした。
実際にその方はアリセプトを服用し、定期的に私の診察を受けられました。その間、特に問題や副作用は起こらず、私はその都度お話を伺うだけでした。
そうして約1年後、「仕事の引き継ぎがほとんど終わり、これで私の人生も思い残すことはありませんから、今後は薬もやめます。先生のお世話になるのもこれが最後です。」とご挨拶に来られました。
これはこれで、なんと見事な生き様だろう、と強い感銘を受けたものでした。
この経験を通じて、認知症の方に対してこのように認知症薬を使うことができるのか、ということを強烈に教えていただきました。
あなたには認知症を受け止める力がある
その方の姿から学んだ後は、病院やクリニックの物忘れ外来で認知症の初期診断を行う際に、単に診断を告知するだけでなく、ご本人が受け入れて将来の人生を充実させるために、じっくりと時間をかけてお話するように心がけました。
「一般的にも『治らない病気』として知られているこの疾患を、なぜご本人の前で告げるのかと言うと、あなたにはできることがまだまだたくさんあるからです。今の内からご自分の人生をどう締めくくられるか、やり残したことなどをお考えになって、そのために残された時間を有効にお使いになることをお勧めします。そのためにご自身の残された時間を長引かせるという意味において、抗認知症薬を使うことには意味があります。」という話を必ず行うようにしました。
初回の診察時に、受診の経緯を尋ねると、「自分は何ともないが家族に連れてこられた」と不満そうに話す方が多くいました。しかし、じっくりと説明させていただくと、ほとんどの方が納得され、内心では自分が認知症ではないかと思っていたと、正直に話してくださいました。
一般的に、認知症の人の中には「自分は認知症ではない。」と否定される方が多いと思われていますが、そうではない。認知症の告知と共に、『あなたにはそれを受け止める力がある。これからもやれることがたくさんあります。』とお伝えすると、ほとんどの方がそれを受け入れ、ではこれから私はどうしたらいいでしょうかと前向きな姿勢を示されるのです。
かかりつけ医だからこそ出来る事がある
日本認知症本人ワーキンググループの藤田和子さんやレビー小体病当事者の樋口直美さん、39歳で若年性アルツハイマー型認知症と診断された丹野智文さんなども著書で語っているように、認知症の診断時における主治医の寄り添いは非常に重要です。
認知症の診断や将来の見通しについての話は、医師にしかできない役割ですが、同時に、その診断を踏まえて、患者さんが今後どのように生きていくのか、答えを一緒に探し、そのサポートをすることが認知症診断の現場で医師に求められる役割だと思います。
それは、もちろん医師であっても予め明確な答えを持っているわけではありませんが、長期間において関わり、患者さんの人となりを知るかかりつけ医だからこそ出来ることだと思います 。
続く
森口敦 ドクタージャーナル東大生チーム・コーチ兼メンター