#03 睡眠医学は医療の新しい領域として、まだまだ発展途上にある。

近年、睡眠障害の深刻さの度合いはますます増してきている。 従来、睡眠障害はごく一般的な病気であったが、患者数の増加とともに高血圧や脳血管障害をはじめとする,様々な生活習慣病を合併することが知られるようになり,プライマリケアの第一線で対応する内科医、及びかかりつけ医にとっても睡眠医療に対する積極的な対応が求められる時代となってきている。 名嘉村博氏は、日本における睡眠医療を牽引し、特にSAS(睡眠時無呼吸症候群)の治療においては1990年に日本で最初の睡眠呼吸センターを沖縄県浦添市に開設した。 (『ドクタージャーナル Vol.2』より 取材・構成:絹川康夫、写真:安田知樹、デザイン:坂本諒)

SASになるのは肥満の人ばかりではない

「浦添総合病院において診療した当初SAS患者データを分析したところ、肥満の人は60%、肥満でない人が40%であるという驚くべき結果が出ました。

それまで一般的に肥満がSASの主な原因と考えられていたので、『SASになるのは肥満の人ばかりではない』と言う研究結果を発表した当時は学会でも評価されませんでしたが、今ではそれがSASに関する重要な定説となっています。

ここで重要なのは肥満の人ばかりがSASにかかると思い込んで診察をしていると、診療現場で40%のSASの患者を見落としてしまう危険性があるということなのです」

SASは治療で10年生存率が2割向上する

2006年7月に琉球大学の井関邦敏助教授らとの共同研究で1990〜2003年までの13年間で浦添総合病院と名嘉村クリニックでSASと診断された患者さんの追跡調査を実施し4,056人の解析から、『SASと診断された後、治療を行った人と行わなかった人とでは、10年後の生存率が2割も違う』と発表した。

また、『SASで肺疾患を持つやせ型の人は、肺疾患を持たないやせ型の人より10 倍も死亡率が高い』という事実も突きとめた。

「肥満もSASの要因のひとつですが、特に日本人の場合は頭蓋骨と顎の骨格に起因したSASも少なくありません。

将来的には、さらに顎の退化によって日本人の骨格が変わっていくことが予想されますから、骨格に起因するSAS患者はさらに増えるでしょう。

またSASは肥満や高血圧などのメタボリック症候群の誘発因子と考えられていますので、将来的には生活習慣病となりえます。ですからこれ
からは予防治療という側面も重要になってきます。」と名嘉村氏は警鐘を鳴らす。

総合医としての開業医の姿が問われる時代

一人の患者さんがいくつかの科目にわたって診療を受けているということは珍しいことではないが、それは患者のコスト負担から見ても問題はある。

今の医療・介護・福祉の診療報酬体系は制度の改革だけでなく診療側でも自ら改善すべき点は改善する努力を怠ると必ず破綻すると思います。

「勿論、専門医は必要ですが、ある程度の診療科目は総合医の中に収斂されていくと思います。

私は専門性の高い科目は別として自分で診れる限りのことは全て診るという姿勢で医療に臨んでいます。

時にはかかりつけ医でも急患を診ない医者もいると聞きますがニーズに合わないことをするといずれは患者さんに見放されていくと思います。

今はまだ細分化された診療科目の専門クリニック経営が成り立っていますが、これからは少数の例外を除いて難しくなってくるのではないでしょうか。当クリニックもさらなる改善と改革が必要です。」

名嘉村氏のお話を伺い、慢性期で長期的な経過を診る一般的な診療では、全て診察できる総合医としての開業医のあり方が問われる時代が近づいていると感じた。

「これからは、睡眠時無呼吸症候群だけで無く、ナルコレプシー、レストレスレッグス症候群や精神科領域以外の過眠症や不眠症など睡眠障害を全体的に診療する方向に向かっていくでしょう。

今や日本の睡眠学会は世界で2番目に大きい組織になっています。日本に限らず世界的にも睡眠医学や睡眠医療は発展途上であり大きな可能性を秘めています。

今後も更なる新しい試みを取り入れてこの分野に貢献して行きたいと願っています。」

一人だけでは一流の医師になれないのです

「医療はチームでないと質の向上は望めません。医師は治療の技術的なことだけでなく医療におけるリーダーとしての役割の自覚と医師以外の医療専門職(個人的には日本独自の表現で英語にもないコメディカルという表現は避けたいと思っています)との連携についての教育や研修もこれからは益々必要になってくると思います。

大学では技術は教えるが、連携医療、チーム医療を十分に教えているとは言えません。当クリニックも研修協力施設として年間数人の研修医を受け入れていますが研修医にはチーム医療を教えることが医療の質を上げることにつながると思っています。

一流の医師とはそれが出来る人だと思っています。一人だけでは一流になれないのです。」

この記事の著者/編集者

名嘉村博 医療法人HSR 名嘉村クリニック 院長 

【専門領域】呼吸管理・人工呼吸療法・在宅酸素療法・睡眠医学。
1974年九州大学医学部卒業、1976年九州大学第一内科(循環器)、1984年浦添総合病院呼吸器科、1989年アメリカコロラド大学呼吸器科にて睡眠時無呼吸検査施設研修、1990年日本で最初の睡眠呼吸センターを沖縄県浦添総合病院に開設する。

最新記事・ニュース

more

遺伝子専門医でもある熊川先生は、難聴のリスク遺伝子を特定する研究にも携わられてきました。信州大学との共同研究を経て、現在では高い精度で予後を推定できるようになっています。 将来を見据えたライフスタイルの設計のために。本連載最終記事となる今回は熊川先生の経緯や過去の症例を伺いながら、難聴の遺伝子検査について取り上げます。

人工内耳の発展によって効果や普及率が格段に高まってきた現代。今だからこそ知りたい最新の効果、補聴器との比較、患者さんにかかる負担について伺いました。重度の難聴を持つ患者さんが、より当たり前にみな人工内耳を取り付ける日は来るのでしょうか。

本連載の最後となるこの記事では、首都圏で最大規模の在宅医療チームである悠翔会を率いる佐々木淳氏に、これからの悠翔会にとって重要なテーマや社会的課題、その解決に向けてのビジョンについて伺いました。

こころみクリニックは正しい情報発信とぎりぎりまで抑えた料金体系、質の高い医療の追求を通して、数多くの患者を治療してきました。専門スタッフが統計解析して学会発表や論文投稿などの学術活動にも取り組み、ノウハウを蓄積しています。一方でTMS療法の複雑さを逆手に取り、効果が見込まれていない疾患に対する効果を宣伝したり、誇大広告を打つクリニックもあり、そうした業者も多くの患者を集めてしまっているのが現状です。 こうした背景を踏まえ、本記事ではこころみクリニックの経緯とクリニック選びのポイントについて伺いました。

前回記事に続いて、首都圏で最大規模の在宅医療チームである悠翔会を率いる佐々木淳氏に、「死」に対しての向き合い方と在宅医が果たすべき「残された人生のナビゲーター」という役割についてお話しを伺いました。

人工内耳の名医でいらっしゃる熊川先生に取材する本連載、1記事目となる本記事では、人工内耳の変遷を伺います。日本で最初の手術現場に立ったのち、現在も71歳にして臨床現場で毎日診察を続けられている熊川先生だからこそお話いただける、臨床実感に迫ります。

本記事では主に医師に向けて、TMS療法に関する進行中の研究や適用拡大の展望をお伝えします。患者数の拡大に伴い精神疾患の論文は年々増加しており、その中で提示されてきた臨床データがTMS療法の効果を着実に示しています。さらに鬼頭先生が主導する研究から、TMS療法の可能性が見えてきました。

お話を伺ったのは、医療法人社団こころみ理事長、株式会社こころみらい代表医師でいらっしゃる、大澤亮太先生です。 精神科医として長い臨床経験を持ち、2017年にこころみクリニック、2020年に東京横浜TMSクリニックを開設され、その後も複数のクリニックを展開されています。 科学的な情報発信と質を追求した診療を通して、日本でも随一の症例数を誇るこころみクリニック。自由診療としてぎりぎりまで料金を抑え、最新のプロトコルを提供しながら学術活動にも取り組まれています。そんなこころみクリニックに取材した連載の第1回となる本記事では、臨床運営の現場から見えてきたTMS療法の治療成績と、コロナ後遺症への効果を検証する臨床研究をお聞きしました。