自宅で最期を迎える思いが叶わない人たちへ在宅医療を普及させたい
2023.04.28
2014年に群馬県太田市で「あい太田クリニック」を開業して以来、在宅医療の普及に取り組んでいる野末睦氏。本記事では医師であり経営者でもある野末氏に開業の経緯、医師としての矜持、在宅医療に対する考えについてお話を伺いました。
取材協力:野末睦氏
医療法人あい友会 理事長
専門:総合内科、消化器外科
外科、創傷ケア、総合診療などの分野で、臨床医として活動しながら総合病院(庄内余目病院)の院長を経て、2014年9月 群馬県太田市のあい太田クリニックを開設、2022年2月まで院長を務め、現在は医療法人あい友会の理事長(CCO:Chief Clinical Officer)に専任。各拠点を飛び回り活躍している。
- 長野県長野市で高校まで過ごす
- 1982年3月筑波大学医学専門学群卒業、医師免許取得
- 1993年5月:マサチューセッツ総合病院研究員
- 2002年4月:庄内余目病院院長
- 2006年10月:庄内余目病院創傷ケアセンター長を兼務
- 2014年10月:あい太田クリニック開設・院長
- 2015年9月:医療法⼈あい友会設⽴(理事長・院長兼務)
- 2019年11月:あいホームケアステーション開設
- 2020年10月:あい庄内クリニック開設
- 2021年 7月:あい駒形クリニック開設2021年 11月 あい太田訪問看護ステーション開設
- 2023年8月:あい逗子クリニック新規開設予定
50歳代半ばで在宅医療クリニックを新規開業
在宅医療に取り組む前は、大手医療グループの病院長を12年間勤めていました。 そのグループの退職を機にこれからの医師人生を考えた時、当時50歳代後半の私にとっては場所選びや初期投資など、新規開業のハードルは非常に高いものでした。
そんな時に知人から、在宅医療専門クリニックであれば、開設の初期投資も抑えられるし、ひとりの力でも頑張ればクリニックの運営も可能ですと、アドバイスを受けました。私自身も熟慮した結果、在宅医療での開業が最も現実的な選択肢だと思えました。
その当時、栃木県足利市で訪問看護ステーションを運営していたその知人から、群馬県太田市にも訪問看護ステーションを開設するので、その太田市に在宅医療のクリニックを開設して協働しませんかという誘いがあり、群馬県太田市に新規開設したのが「あい太田クリニック」です。
計画からわずか3ヶ月位で開業に至り、4ヶ月で保険診療が始まりましたから、普通の開業ではありえないほどのスピードで開業できました。
自分の患者さんには最後まで責任を持つ
今の立場は医師であると同時に医療法人の経営者でもあります。
それを踏まえて言えば、私の医師としての矜持とは、患者さんに対する責任に尽きると思っています。自分の患者さんには最後まで責任を持つ、決して人任せにはしないということです。
私が外科医という事もありますが、外科医は自分が手術をした患者さんを最後まで責任を持つというのが当たり前だと思っているからです。
たとえば、外科医として勤務していた頃は今のように携帯電話も無かったので、手術をした患者さんには自宅の電話番号をお伝えしていました。 就寝時には枕元に電話を置いて、夜中に患者さんから電話がかかってきても、いつでも対応できるようにしていました。振り返ると、それが私の医師としての原点だと思っています。
一方、大学病院などでは、患者さんが発熱したとか具合が悪くなったと連絡をしても医師には繋がりません。他のクリニックなどで診てもらってくださいとなります。 私が病院に勤務していた頃も、患者さんが直接私に相談したいと言ってきても、繋げてもらえませんでした。私に繋げるようにと事前に申し伝えてあっても無理でした。システムとしてそういう体制になっていないからです。
病院の医師の中には、外からの患者さんの問い合わせを繋ぐと怒る先生もいるくらいです。私には怒る気持ちは分かりません。医師は責任感を持って患者さんに寄り添わなければならないと思います。
責任感を持って人任せにはしない
昨今のコロナ禍では、多くの介護施設でクラスターが発生しました。そのような状況下においても、私たちが日頃から診ている患者さんには、責任をもって対応していくことを徹底してきました。
また、私たちが伺っている施設の中には、私たちのほかに別の医療機関が入っているところもあります。時にはその医療機関では患者さんを診ることができないという状況があれば、代わりに私たちがその患者さんも診ましょうというのも、私たちの責務だと思っています。
施設と付き合っているのであれば、その施設のことを第一に考えて責任感を持って行動する。これも人任せにはしないということです。
在宅医療のニーズはますます増えていく
現在、あい友会グループ全体で常勤医師14名、非常勤医師34名の医師が在籍し、2000名を超える患者さんを日々診療しています。
常勤医師としては、あい太田クリニックは11名、あい駒形クリニック(群馬県前橋市)が2名、あい庄内クリニック(山形県東田川郡三川町) が1名です。そこに非常勤の医師が色々な頻度で関わってきています。
患者さんの数もグループで2000名を超えました。売上もグループ全体で10億円を超えて順調に推移していますが、将来を見据えると、組織的なこととかいろいろと整備する時期に来ていると思います。 事業体としては10億円を超えると一つの分岐点と言われますが、経営者の実感としてそれが分かった気がします。
医師の確保もこれまでは順調に進んできましたが、これからは難しいと感じています。 2040年以降になってくると、医師と患者さんの割合が今と大きく変わってきますし、病院での入院患者のキャパシティは減ってきて、在宅医療のニーズはますます増えていくでしょう。
今の3倍から5倍ぐらいの数の患者さんを診ることができるように、いろいろなことを考えていかなければなりません。 当然、医師やスタッフも増やさなければなりませんが、同時に診療の効率化も図っていかなければならない。そうしないと、在宅医療を必要とする人たちに十分に対応していくことができなくなる。そういう危機感を持っています。
限られた人しか在宅医療を選択できない現状
昨今のコロナ禍で、病院などでは面会ができないということで在宅医療に切り替える患者さんも増えています。 コロナが終息した後も、おそらくこの流れは止まらないでしょう。
個人のお宅での在宅医療に関していえば、患者さんにとってはある意味では恵まれた医療でもあると思っています。 何が恵まれた医療かと言うと、在宅医療を受けるためにバリアフリーなどが施された居住空間が必要です。そしてそこには患者さんの在宅医療を支えてくれるご家族がいる。しかし独居だとなかなか難しい。
さらには私たちが在宅医療に入れば、当然医療費の自己負担額が増えます。 さらに訪問看護ステーションとか薬局とか、関係するいろいろなところが入ってきますので、総額としてある程度の医療費の負担がかかることになります。
勿論、限度額の上限がありますが、それでも自己負担の医療費はそれなりにかかります。 在宅医療を受ける権利はすべての人にあると思いますが、しかし現実には、限られた人しか選択できない医療が在宅医療であるとも言えるのではないでしょうか。
在宅医療の普及を目指して
あるホスピス財団が行ったアンケートでは、〔癌で末期の状態になった時に自宅で最期を迎えたいですか〕という質問に対し、2012年では約80%の人が自宅で最期を迎えたいと希望されていました。また全体の約60%の人が、環境が許さないので自宅で最期を迎えることはできないだろうと答えています。
それが6年後の2018年には、自宅で最期を迎えたい人が約73%とやや減少はしたものの、自宅で最期を迎えられないだろうと答えた人は約31%と、6年前と比べると半数に減っていて、在宅医療の認知や理解が着実に進んでいるということが分かります。
私たちのような、在宅療養を支援する医療機関が少しずつ増えてきていることも要因の一つと考えられます。また、訪問看護師や訪問介護ヘルパーなどの介入も増えていて、地域包括支援システムが徐々に構築され機能してきているとことがうかがえます。
国は、超高齢社会で増大する医療費の削減に加え、自宅で最期を迎えたい人の希望を叶えることを視野に入れ、2038年までに在宅死率40%を目指しています。そのためにも私たちが目指すのは、何らかの理由でそれが叶わない人たちへ、在宅医療を普及させていくことです。
手を尽くせない状態で送られてくる患者さんは多い
がんの終末期の患者さんが、病院から在宅医療に移ると余命が長くなるということがあります。しかしそれは、在宅医療に移った全ての患者さんに言えるという事ではなく、患者さんのそれぞれの状態によって違ってきます。
30代後半の膵臓癌の患者さんで、余命1ヶ月位と診断されて在宅医療に移られた人が、家に戻って家族と一緒に生活し始めたら外出もできるようになり、3ヶ月ぐらいしたら1日だけですが職場復帰もできました。その方は結局1年ぐらい家で闘病されて亡くなられたという事例もあります。
多少余力を残した状態で家に戻ってくることができれば、美味しいものを食べたり、家族と過ごせる時間ができたり精神的に落ち着いて、その結果状態が良くなるということはあります。 しかし、ご飯も食べられない。意識も朦朧とした状態で在宅に移ってきたのでは、余命にそれほど大きな違いはありません。
私たちのデータでは、がんのエンドステージで紹介されてきた患者さんの60%は一か月以内にお亡くなりになられています。 90%の患者さんは3ヶ月以内でお亡くなりになっています。
早い方は数時間でお亡くなりになられるケースもあります。本当に千差万別です。 実際には、もう手の尽くせない状態で病院から送られてくる患者さんは結構多いのです。
私たちは日頃から、限られた時間の中で、ご本人やご家族と人間的な関係を築きたいという思いで在宅医療に取り組んでいます。しかしそれを築く間もなく亡くなってしまいます。もう少し早く紹介してほしかったと思うことが多々あり、それはとても残念なことです。
患者さんの人生の最期を満足した状態で迎えていただく
私たちが在宅で受け入れるがんのエンドステージの患者さんたちは、本当にもう手の施しようのないという状態の方が多い。 意識もなく何も食べられないという状態で在宅に移られてきて、1日、2日で亡くなってしまう患者さんに対して、私たちができることには限りがあります。
しかしあと1ヶ月あったら、多くて6回は訪問診療ができますから、そこが腕の見せ所になります。 その限られた時間で、いかに良い影響を患者さんやそのご家族に及ぼすことができるのか。
良い影響とは何かといえば、その患者さんが生きてきた一生の中の最後の一か月なのですから、自分の人生を肯定できるようにしてあげる。いわゆるナラティブな部分です。
「ああ、自分の人生は良かったなあ。」と思って亡くなっていける。ご家族も、亡くなってしまったけれど本人にとっては良い人生だったと思えるようにしてあげる。ということです。
それがたとえ1回や2回しかお会いできなかったとしても、あるいはその期間が一週間しかないような短い時間の中でも、そのように持っていきたいと思っています。
その時に、外科医だった経験がとても活きていると感じています。外科医は患者さんに対して限られた面談の中で、「今まで元気だったあなたの胃に癌がありますから手術しましょう。状況は楽観できませんが是非手術を受けましょう。」と、患者さんに納得してもらって手術を決心させることも多いからです。