多くの患者さんとの出会いが在宅医療の素晴らしさを教えてくれました

佐々木淳氏は、32歳の2006年に理想の在宅医療を実現するために医療法人社団悠翔会を開業し、首都圏で最大規模の在宅医療チームに成長させています。この記事では、佐々木氏に在宅医療の意義ややりがいについてお話を伺いました。

(記事内容は2019年取材日時点のものです)

取材協力:佐々木淳氏

  • 1998年:筑波大学医学専門学群卒業。三井記念病院内科入局
  • 2003年:東京大学大学院医学系研究科博士課程入学
    東京大学医学部附属病院消化器内科、医療法人社団 哲仁会 井口病院 副院長、金町中央透析センター長等を経て、2006年MRCビルクリニックを開業
  • 2008年:MRCビルクリニックを医療法人社団悠翔会に改称
  • 2023年6月:東京都内・埼玉県・神奈川県・千葉県などに機能強化型在宅療養支援診療所を含めた24箇所の医療機関を展開している

在宅医療のやりがいと役割

-佐々木先生が考える在宅医療のやりがいとは何でしょうか?-

その人の幸せに貢献できることです。治らない病気や障がいで死期が近い患者さんは、急性期病院の視点で見れば悲劇的なケースかもしれません。

しかし在宅医療では、その人を患者としてだけでなく、一人の生活者として、その人の自宅でみていきます。病気の治療よりも、残された人生をどのように選択したいのか、どうしたらそれが実現できるかを一緒に考えることが大切です。

人は誰も医療を受けるために生きているわけではありません。その人の望む生活や人生があり、そのために医療を活用するということなのです。

残された時間の価値を最大化するために、在宅医療にできる事が実はたくさんあります。患者さんが最期まで納得して人生を生き切ったと実感できる支援ができれば、それが私たちにとってのやりがいとなります。

治らない病気や障がいと共に生きる患者さんたちの多くは、医学的な問題だけでなく、社会的な問題も抱えています。そして、自分たちの望む生活や人生を諦めてしまうこともあります。

しかし、どんな人にも、「あなたの命には価値がある」「最期まで自分らしく生きる資格がある」ということを伝えていくことは、在宅医療ならではの大切な役割だと思います。

医師としての喜びとモチベーション

私は消化器内科医で、手術をせず癌を治すことがやりがいでした。

内視鏡で胃がんを早期発見し、粘膜切除を行う。「良かったですね。癌が取れましたよ。」と患者さんに伝えるのですが、実は一番貢献しているのは高性能な内視鏡というテクノロジー。私たち医師は、いわば技術のオペレーターです。

もちろんオペレーターのテクニックには多少の個人差はありますが、患者さんにとっては、癌さえ治れば医師は誰でもいいわけです。

でも、人生の最期にあなたに出会えてよかったと言ってもらえるのは、医師として大きな喜びでモチベーションにもなります。その人の最期を共に過ごすことで、とても濃厚な時間を経験できるだけでなく、自分自身も人間的な成長をします。それも在宅医療のやりがいと言えます。

在宅医療に「ガイドライン」はない

病院では、ガイドラインやプロトコルに従った診断や治療を行います。原則として、それに従わなければなりません。

つまり、しっかりとした医療機関であれば、どの医師を受診しても同じ診断と治療を受けることができるということです。主治医が自分でなければならない必然性はあまりないのです。

しかし、在宅医療は人対人の支援であり、患者さんの人生の最終段階の支援は病気を治すための治療ではないため、そこにはガイドラインはありません。

患者さんの人生のゴールに向かって、どのようなアプローチが可能であるかは、自分の引き出しの多さや、どれだけ信頼関係を築けているかで大きく変わってきます。

医師と患者以上の、密度の濃い関係

在宅医療では、医師の私たちは「お邪魔します。」と言って訪問します。患者さんから見たら、孫のような人がやってきたという感じです。

ほとんどの患者さんは、人生の大先輩でありその場の主でもありますから、私たちは敬意を持って接するようにしています。

それでも最初は、医師と患者という上下の関係なのですが、次第に患者さんにとって私たちは育ててあげたい可愛い存在になり、私たちにとっては患者さんだけど自分の祖父母のような人間関係になっていきます。医師と患者というより、いわば「身内」のような関係になっていくところが、在宅医療の面白いところです。

在宅医療では最終的な決断の権限と責任は患者さんと家族にあります。

私たちの仕事は、どうしたらその人が家にいることができるかを考えることであり、そのために呼ばれているわけです。模範解答を押し付けるのではなく、その人にとってのベストソリューションを一緒に考えるということです。

治らない病気や障がいは不幸なのか?

今まで何百人もの患者さんを看取りましたが、記憶に残っている方がたくさんいます。

その中でも特に、ALS(筋萎縮性側索硬化症)で闘病中であっても、ガーゼにしめらせたワインを嗜み、「主人と一緒に居られる今が幸せです。」と言った女性は、私が在宅医療に入るきっかけとなった方で、とても印象に残っています。

彼女のおかげで、「治らない病気や障がいは不幸だ。」と医師がレッテルを貼ることこそが、患者さんを最も不幸にしているのだと気付きました。

私が在宅医療は素晴らしいと思うきっかけとなったのは、そういう方たちとの出会いでした。落ち込んだ時に勇気づけてくれるのも、もっと勉強しなければとモチベーションを持ち直すきっかけを与えてくれるのも、患者さんです。

対人援助の仕事をしている中で、自分の足りないところを日々痛感し、そこを高めていく努力をし続ける。そのモチベーションは患者さん達との出会いから生まれます。

患者さんも医療従事者も幸せになる在宅医療

- 多くの人の人生の最終段階に寄り添うということは、大きな重荷になりませんか ― 

それは大きな重荷ではあります。特に難病の患者さんに5年、6年と長く付き合っていくと、家族や親友のような存在になるため、亡くなった時にはとても大きな喪失感があります。

ですから、ライフワークバランスの確立は非常に重要です。オフの時間をしっかり確保しないと、燃え尽き症候群になってしまうかもしれません。

悠翔会では、時間外の業務はありません。休暇もしっかり取得できます。冬季休暇が7日間、夏季休暇が7日間、有給休暇が3週間あり、使い方も自由です。全部合わせると5週間になりますから、その気になればヨーロッパにバカンスに行くことも海外で長期の自己研鑽をしてくることも可能です。それが可能なのは医師やスタッフの人数が多いからです。

在宅医療は人を支える仕事ですから、支える側も幸せでなければいけない。誰かを幸せにしようと思ったら、自分も幸せであるべきです。悠翔会の基本理念は「かかわったすべての人を幸せに」。この「すべての人」の中には自分たち自身も含まれます。

すべての職員が、物心両面の豊かな生活とより良い人生を実現できるようになること。それによって地域により良い在宅医療サービスが提供できると信じています。

チーム全体で赤ひげ先生の機能を発揮する

地域医療というと、いわゆる「赤ひげ先生」のような医師が思い浮かびますし、実際にそのような医師も大勢います。しかし、首都圏では個人で赤ひげ先生をやり続けることはとても難しい。東京都23区だけでも後期高齢者が100万人もいるので、医師は過労死してしまいます。

赤ひげ先生:山本周五郎の時代小説「赤ひげ診療譚」に出てくる町医者。貧乏な人からお金を受け取らず、また、他の医者が嫌がるような病人も快く診るので、理想の医者の代名詞としても使われる。

ですから私たちは、チーム全体で「赤ひげ先生」の機能が発揮することを目指しました。

24時間いつでも確実に電話が繋がり、必要があれば1時間以内に医者が往診に来てくれる。主治医以外の医師であっても、常にリアルタイムに情報を共有し連続した診療が行えるようにしておく、ということです。

また、医師が複数になると、チーム医療になっていきますから、不適切な診療は許されなくなってきます。患者さんへの対応が相互に可視化されるので、おのずと最新の医療にキャッチアップされていきます。

私たちのミッションは、患者さんやご家族の「安心できる生活、納得できる人生」を支援すること。ですから、実際に使命に基づいた行動がとれているか、その人の幸せを考えた時にその判断は本当に正しいのかを、常に反芻するようにしています。

(続く)

この記事の著者/編集者

佐々木淳 医療法人社団 悠翔会 理事長・診療部長 

1998年筑波大学医学専門学群卒業。社会福祉法人三井記念病院内科/消化器内科、東京大学医学部附属病院消化器内科等を経て、2006年に最初の在宅療養支援診療所を開設。2008年 医療法人社団悠翔会に法人化、理事長就任。2021年より 内閣府・規制改革推進会議・専門委員。現在、首都圏ならびに愛知県(知多半島)、鹿児島県(与論町)、沖縄県(南風原町・石垣島)に全24拠点を展開。約8,000名の在宅患者さんへ24時間対応の在宅総合診療を行っている。

【出版】
『これからの医療と介護のカタチ 超高齢社会を明るい未来にする10の提言』(日本医療企画、2016)、『在宅医療 多職種連携ハンドブック』(法研、2016)、『在宅医療カレッジー地域共生社会を支える多職種の学び21講』(医学書院、2018)、『在宅医療のエキスパートが教える 年をとったら食べなさい』(飛鳥新社、2021)、『現場で役立つ よくわかる訪問看護』(池田書店、2023)他。

この連載について

【在宅医療経営】患者さんも医療従事者も幸せになる在宅医療

連載の詳細

最新記事・ニュース

more

東京都大田区で訪問診療を中心に取り組む「たかせクリニック」院長の髙瀬義昌氏は、臨床医学の実践経験や家族療法の経験を生かし、「高齢者が安心して暮らせる街づくり」に取り組んでいます。 本記事では、高瀬氏に家族療法との出会いについて伺いました。

遺伝子専門医でもある熊川先生は、難聴のリスク遺伝子を特定する研究にも携わられてきました。信州大学との共同研究を経て、現在では高い精度で予後を推定できるようになっています。 将来を見据えたライフスタイルの設計のために。本連載最終記事となる今回は熊川先生の経緯や過去の症例を伺いながら、難聴の遺伝子検査について取り上げます。