免疫チェックポイント阻害剤の仕組みと優位点 薬物療法の新たな可能性とは

がん免疫チェックポイント阻害剤について国立がん研究センター東病院の葉先生が語る本連載、1記事目となる本記事は、免疫チェックポイント阻害剤のしくみや優位性、重要性についてです。

免疫チェックポイント阻害剤とは

免疫チェックポイント阻害剤は、がん細胞を直接攻撃するのではなく、免疫の力を用いてがん細胞を攻撃する治療法です。がんの三大治療として「手術」「薬物療法」「放射線治療」が挙げられますが、「免疫チェックポイント阻害剤」は「薬物療法」の一つとして近年のがん治療を支えています。特に、手術で取り除けないような進行がんの患者さんに対して、その進行を抑えるために用いられることが多いです。

我々の体内にある免疫細胞は、その表面に抗原を認識するタンパク質(以降「レセプター」と呼ぶ)を持っています。一方で正常な細胞は表面に免疫細胞の表面のタンパク質に結合するタンパク質(以降「リガンド」と呼ぶ)を持っています。これらが結合すると、免疫細胞は結合してきた細胞に攻撃できなくなります。このように免疫機能を抑制するポイントを「免疫チェックポイント」と呼んでいます。そうやって、免疫細胞は異常な細胞だけを攻撃しています。

しかし、がん細胞は正常細胞と同じように表面に免疫細胞表面のレセプターであるPD-1に対応するリガンドであるPD-L1を持っています。そしてPD-1とPD-L1が結合することが免疫チェックポイントとして働きます。これによりがん細胞は免疫細胞からの攻撃を受けずに増殖することができるのです。

この仕組みを阻害するのが免疫チェックポイント阻害剤です。PD-1もしくはPD-L1の抗体としてそれらに結合することで、PD-1とPD-L1が結合することを妨げ、免疫機能が抑制される仕組みを防いでいます。

免疫チェックポイント阻害剤の優位点

副作用の少なさ

従来の殺細胞性抗がん剤はがん細胞を直接攻撃します。その過程で正常な細胞も攻撃してしまうため、限られた効果しか期待できない上に副作用も強いと言われています。免疫チェックポイント阻害剤は、薬自体ががん細胞を直接攻撃しないため、殺細胞性抗がん剤に比べ正常な細胞を攻撃することも少なく、副作用の軽減に繋がっています。

持続的な効果

殺細胞性抗がん剤や分子標的薬のような薬物療法では、薬剤耐性が問題です。数ヶ月ほどで薬が効かなくなってしまうことがよく見られるのです。一方で免疫チェックポイント阻害剤は、免疫細胞を活性化することによって、体内でがんに対する免疫を成立させます。ワクチンを一度打てば感染症に対して数年単位の免疫が成立することと同様に、がん細胞を抗原として認識する免疫が成立することで持続的な効果が期待できるようになります。したがって、免疫チェックポイント阻害剤はそれが効く患者さんに対して持続的な効果を発揮することができるのです。私も、実際に治療している中で、従来の殺細胞性抗がん剤と比べると免疫チェックポイント阻害剤は効果の持続期間が長いことを実感しています。

他の治療との併用

免疫チェックポイント阻害剤は奏効率がそこまで高くないので、他の治療との併用によって効果を上げることが大切です。免疫チェックポイント阻害剤と他の治療(放射線治療や殺細胞性抗がん剤)を併用すると効果が上がることが基礎研究で示されています。他の治療によってがん細胞を破壊し血中に流出させることで、免疫細胞ががん抗原を認識しやすくなり、免疫チェックポイント阻害剤の効果を高めるというメカニズムです。その意味で現在は様々な併用療法の試みがなされています。その中でも現在はがんの標準治療である殺細胞性抗がん剤や放射線治療を用いた併用療法を行うことが多いです。ただ抗がん剤といっても種類によってがん細胞の破壊の仕方が異なるので、免疫細胞ががん抗原をより認識しやすくなるような作用を持つ抗がん剤を選択することが重要です。また、併用療法を用いる場合は予期せぬ副作用や合併症が生じる可能性もあるので、最初は臨床試験という形で進んでいきます。

※奏効率…治療の効果が現れる確率

免疫チェックポイント阻害剤の重要性

完全寛解の可能性

上で「持続的な効果」について述べたように、免疫チェックポイント阻害剤は免疫システムががん抗原を覚えることで効果が持続することがあります。免疫チェックポイント阻害剤登場以前の進行がんの治療だと、抗がん剤を続けながら延命するというのが多かったのに対し、免疫チェックポイント阻害剤の場合は治療を中断した後も何年も効果が続く患者さんがいます。がん自体を完全に治すことすなわち「根治」が難しい中で、治療を中断した後も普通に生活ができていて治ったと言ってもいいような状態すなわち「寛解」の可能性を患者さんに与えられるというのが免疫チェックポイント阻害剤の重要性のひとつだと思います。

新たな選択肢の一つに

従来の薬物治療が全く効かなかったけれども、免疫チェックポイント阻害剤であったら効き目があったという患者さんを経験しています。このように新たな選択肢の一つとして薬物治療の幅を広げたというのも免疫チェックポイント阻害剤の重要性の一つだと思います。

患者さんの感想について

免疫チェックポイント阻害剤がよく効いた患者さんの中には、こんなに元気でいられることが信じられないと言ってくれた患者さんがいます。その患者さんはかつて肺がんのステージⅣの診断を受け、その時はあと1年しか生きられない状況だったのが、免疫チェックポイント阻害剤による治療を始めたところ十分な効果を発揮し、3年間の治療のあとは数ヶ月に一回程度外来に通うだけで元気に生活できるようになりました。私としても治療を全くせずに外来に通っている患者さんにお会いするのがとても楽しみですし、患者さんにとってもこんなに良くなるとは思わなかったというところが印象に強く残っています。

もちろん、治療の効果が認められなかったり副作用が重く出てしまったりする患者さんもいます。その意味でまだたくさんの課題があるとは思いますが、患者さんに「完全寛解」の可能性を示してくれる免疫チェックポイント阻害剤の登場はとても重要だったと思います。

<国立がん研究センター東病院>

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所在地:〒277-8577 千葉県柏市柏の葉6-5-1

TEL:04-7133-1111(代表)

この記事の著者/編集者

ドクタージャーナル編集部(島元)   

薬学・生物学を専門的に学んだメンバーが在籍。ミクロな視点で最新の医療を見つめ、客観的にその理想と現実を取材する。科学的に根拠があり、有効である治療法ならば、広く知れ渡るべきという信念のもと、最新の医療情報をお届けする。

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遺伝子専門医でもある熊川先生は、難聴のリスク遺伝子を特定する研究にも携わられてきました。信州大学との共同研究を経て、現在では高い精度で予後を推定できるようになっています。 将来を見据えたライフスタイルの設計のために。本連載最終記事となる今回は熊川先生の経緯や過去の症例を伺いながら、難聴の遺伝子検査について取り上げます。