#01 「私たちは“なにもわからなくなった人”ではありません」クリスティーン・ブライデン氏
連載:認知症とともに生きる私 ―「絶望」を「希望」に変えた20年
2020.10.23
希望をもって認知症とともに生きる
『認知症とともに生きる私「絶望」を「希望」に変えた20年』は、オーストラリアのクリスティーン・ブライデンというひとりの女性が、認知症の診断という絶望から這いあがり、希望をもって認知症とともに生きることについて語った、22年におよぶ講演録である。
この貴重な一冊を訳すにあたっては、正確さやわかりやすさとともに、彼女が全身全霊で伝えようとした珠玉のメッセージをどうしたらうまく際立たせられるかを考えた。
クリスティーンが深い思いを寄せる日本の読者にとって読みやすい本にするため、著者本人である彼女とメールでやりとりを行いながら、大月書店の協力のもと、日本版オリジナルの編集を施してこの訳本はでき上がった。
著者による本書の紹介
では、クリスティーン自身による本書の紹介をお読みいただこう。
「この本の起源は1995年にあります。それは私がまだ46歳で認知症の診断を受けたときでした。
当時の私は、9歳、13歳。19歳の三人の娘たちを連れて離婚したばかりで、当然ながら大変なショックでした。
私はやがて衰えていって五年後には介護施設に入所し、その三年後にたぶん死ぬだろうと告げられていたので、認知症そのものに向き合うことが怖かったのです。
また、私は認知症に対する社会の偏見(スティグマ)と怖れのために孤立しているとも感じていました。
当時の一般的な見方として、認知症は自然な老いの一部分と考えられており、冗談の対象になるか、さもなければ怖がられるような「年寄りの病気」だったのです。
認知症になった私は気が狂うか、「長いお別れ」を告げることになるはずでした。
私の家族や友人は、認知症を単なる軽いもの忘れだと考えていたようです。
記憶力への影響をはるかに超えて、迷子になったり、言葉を失ったり、混乱したりするような不治の病だとは思っていませんでした。
私のほうは暗い将来に直面して恐怖とトラウマのさなかにいましたが、本人への支援を見つけられずにいました。あるのは介護者のためのものだけでした。
私たち認知症の人は、ものごとを考えられない「心を失くした抜け殻」だと思われていたのです。
人びとのそのような態度に対する怒りと憤慨から、私は認知症の人の権利擁護活動家(アドボケート)になっていきました。
その態度を変えたいと思い、みずからについて話さなかった、そして話せなかったすべての認知症の人たちを代弁して声を上げたのです。
私は何度かメディアに取り上げられ、一冊目の自伝『私は誰になっていくの?』(クリエイツかもがわ、2003年)を書きました。
自分が認知症であることを「カミングアウト」すると、恥ずかしい思いをしたり、当惑したりすることは避けられませんでした。
そして、誰も自分は認知症であることを認めたがらないことに気づいたのです。
認知症であることを認めると特別扱いされてしまい、私たちが目に見えない存在になったか、耳が聞こえなくなったかのように、まわりの人たちは気を遣ってそっとぬき足さし足で歩くようになるのです。
やるべきことはもっとたくさんあります
私にとっては変革と進展と多くの良い結果を見られたすばらしい旅路ですが、やるべきことはもっとたくさんあります。
私は診断後の20年を生きながらえました。そしてまだここにいて声を上げています。
私は全力を尽くし、認知症になるのはどんなことか、みんなはどう助けることができるのかを伝え続けています。
でも私の思考力、話す力、行動の一貫性は年を重ねるごとに着実に衰えてきていて、日常生活はますます影響を受けるようになっています。
愛する夫のポールの支援を得てできる限りの工夫をして、少しでも長くその努力をしつづけていこうと思います。
夫のポールは、私が長年講演してきた話の数々をまとめた選集をつくりたいと思っていました。そう、私が死ぬ前に!
私の考えの大部分を記録することは重要なことであり、講演を何度も聴きに来てくれた人や、私のホームページ上やビデオで講演の録画を見てくれた人よりも、さらに広く多くの人に届けることが大切だと感じていました。
そうすればもっとたくさんの認知症の人、その家族、支援者を励ますことができると考えたのです。そんなアイデアがもとになって、この講演集はできあがりました。
本をつくるときに発生した脚注や大量の編集作業には、ポールの助けが必要でした。私が間違って引用したものについては、修正を施したり断りを入れたりしました。(中略)
私の講演を見れば変革の年月が見てとれますが、すべきことはまだまだあります。
新しい世代のリーダー、ケアワーカー、マネージャーが勇気づけられて自信をもち、認知症の人を励まして、ケアと支援の向上に全力を尽くすことを、私は願います。
いまでは認知症が注目されるようになり、G7(主要七カ国)による世界認知症審議会(WDC)の設立によってそのリーダーシップが示されたことをよろこんでいます。
このようなグローバルな努力の成果を見るためにも、私はここにいられるようにベストを尽くします!」(本文抜粋、一部修正)