#02 睡眠医療の専門機関が増えていくことは社会の必然

前回記事「【白濱龍太郎氏】睡眠医療の最大の課題は、専門医が圧倒的に少ないということ」に続き、本記事では日本特有の睡眠医療の課題について伺いました。

(記事内容は2020年取材日時点のものです)

睡眠医療の専門の診療機関が少ない

睡眠時無呼吸症候群に限らず、例えば不眠症など睡眠そのものといったトラブルを持っている方は、高血圧であったり、心臓病を発症したりすることがあります。

ましては、睡眠時無呼吸症候群であれば突然死というリスクもあります。睡眠障害はうつ病や高齢者の認知症にも関係したり、子供の発達障害にも関係したりと、本当にいろいろな病気に関係しています。

それにもかかわらず、専門の診療機関が少ないという現状があります。例えば神奈川県内に限っても、しっかりと診療できる医療機関は数えるほどしかありませんし、都心部や地方でも大都市部を除くと診療体制も十分とは言えません。当クリニックにも山梨県や静岡県から探し当てて、はるばる来院される患者さんがいらっしゃいます。

また私どもには、地方から居眠り運転で小学生への人身事故を起こしてしまった運転手の鑑定依頼などが来たりします。その地域に正確な診断ができる医療機関がないため、都心部など専門施設のあるところまで診断のために出向かなければならないのです。

睡眠医療専門機関が増えるのは社会の必然

専門の診療機関が少ないという現状にはいろいろな背景が考えられますが、民間レベルの医療機関では医師や専門検査技師、専門スタッフなどの人員確保や人件費、専用施設などの点で難しいという理由が大きいと思われます。

例えば、睡眠状態をより正確に調べる睡眠ポリソムノグラフィー検査(PSG)は患者さんに対し8時間の検査を行うことで確定診断が下せるのですが、そのためには、その間常駐する専門医や検査技師、スタッフの体制が必要になります。

さらにはクリニックにとっては検査のための病床設置の問題もあります。それは大学病院や大規模病院などでも同じことが言えます。医療行政の対応も含めて、これからの課題も大きいと思いますが、睡眠医療の専門機関が増えていくことは社会の必然と思います。

子供の睡眠障害は病気かもしれません

また睡眠障害は子供さんの発達などにおける小児科領域の関わりも強いのですが、世間的にはあまり認知されていません。そのような場合でも悩んでいるご両親にとって、お子さんの検査を受けられる医療機関が身近にあることが重要です。

小児科医でも、子供の睡眠障害は病気かもしれないということが、残念ながらあまり認識されていないのではないでしょうか。睡眠障害には睡眠時無呼吸症候群や、ナルコレプシーなどの十代前後までに頻発するような病気もあるのですが、決してそれだけではありません。

不眠症や朝起きられないというような場合、スマホ中毒でスマートフォンの光を夜間に浴びることで体内時計が動き始めリズム障害を起こしていることが原因だったりします。その場合もきちんと治療をしなければ治りません。子供たちの睡眠障害については、医師だけでなく教師や親の認識も重要です。病気かもしれないわけで、根性論だけでは無理で子供がかわいそうです。

あるいは家庭環境や親の生活パターンも原因の一つだったりします。そうなると子供を育てるお母さんたちの教育からスタートする必要性も最近は強く感じたりします。特に今年になって、市区町村や保健所からの依頼で中学生たちに睡眠についての講演する機会が増えてきているのもその一例です。

日本人は睡眠を軽視しがち

実際に携わっていて、睡眠医療はいろいろな病気の根底に関係していて軽視できない部分があると感じています。元々の土壌として日本人は睡眠を軽視しているところがあります。ですから特に日本人には睡眠障害が多いと感じます。

例えば、睡眠時間についても、日本人は削る傾向にあります。「惰眠をむさぼる」という言葉に象徴されるように、日常の活動が主で、睡眠は余った時間を当てる。寝るのがもったいない。というような考えが強い人が多いようですね。

睡眠時間の統計でも、ヨーロッパに比較してアジア全体は低く、その中でも日本が一番少ないというデータもあるくらいです。しかし、アメリカなどでは日中のパフォーマンスを維持するためには、オフの時間つまり睡眠が重要だということで、1990年代から「Wake Up America」という国家的プロジェクトに取り組み始めました。

「Wake Up America」とは
米国睡眠障害調査研究委員会が1993年に米国議会に提出した報告書は、「Wake Up America(目覚めよ、アメリカ)」と題され、石油タンカーの座礁事故やスペースシャトル・チャレンジャー号の爆発事故、スリーマイル島原発事故、多数の交通事故には睡眠障害が関連しているという衝撃的な記載がなされ、大きな話題となった。

米国では睡眠の問題によって起こるヒューマンエラーに基づく事故を防止することは国家的急務であるとして、睡眠障害の重要性を啓蒙し、その早期発見、治療を促進するとともに、睡眠に関する知識の普及を目指して、大規模な意識改革キャンペーンが行われた。

その結果米国では、既に数百ヶ所に睡眠障害治療センターが設立され、専門的な医療が行われており睡眠医療先進国として今に至っている。

日本人は睡眠時無呼吸症候群を起こしやすい

また睡眠時無呼吸症候群についても、肥満男性に多いというような単純なことではなく、日本人の骨格の特徴にも起因しています。

日本人は欧米人に比べてあごが小さく、奥まっています。鼻も高くない。首が短くて太いなど、もともといびきや睡眠時無呼吸症候群を起こしやすい、気道が狭い顔つきなのです。そのほか現代の子どもはあごが小さいため、扁桃腺肥大と重なって無呼吸症候群になる可能性が高まります。体格や年齢に関わらず、無呼吸症候群は心配な病気なのです。

アジアでは日本は睡眠医療の先進国

逆にアジア諸国の中では、保険制度も含めた医療体制が整備されている点で日本の睡眠医療は進んでいます。

昨年、経産省のプロジェクトでインドネシアに行ってきましたが、睡眠医療に特化している医療機関は一つもありませんでした。地域で一番大きい病院で、これから検査体制を取り入れていこうという状況です。

そこに日本から診断治療のノウハウ全般を導入していこうというのが経産省のプロジェクトです。今後はアジア向けの医療ツーリズムの一つとしても、睡眠の検診や治療はあり得ると思います。

また、日本企業の海外駐在員の健康管理をサポートしていこうという日本政府の考えもあります。その中に睡眠医療も含まれてくるでしょう。まだ細かい部分の課題はありますが、総じて日本の睡眠医療はアジア諸国の中では誇れる分野だと思っています。

(続く)

この記事の著者/編集者

白濱龍太郎 医療法人RESM 理事長 

筑波大学卒業、東京医科歯科大学大学院統合呼吸器学修了(医学博士)。同大学睡眠制御学快眠センター等での臨床経験を生かし、総合病院等で睡眠センターの設立、運営を行ってきた。それらの経験を生かし、睡眠、呼吸の悩みを総合的に診断、治療可能な医療機関をめざし、2013年に、RESM新横浜 睡眠・呼吸メディカルケアクリニックを設立。2014年には、経済産業省海外支援プログラムに参加し、インドネシア等の医師たちへ睡眠時無呼吸症候群の教育を行った。慶應義塾大学特任准教授、国立大学法人福井大学客員准教授、武蔵野学院大学客員教授、日本オリンピック委員会強化スタッフ、東京オリンピック(TOKYO2020)選手用医師、ハーバード大学公衆衛生大学院客員研究員などを兼歴任。「ぐっすり眠る習慣」(アスコム)「誰でも簡単にぐっすり眠る方法」(アスコム)など著書多数。「世界一受けたい授業(日本テレビ)」「モーニングショー」(テレビ朝日)、「林修の今でしょ!講座」(テレビ朝日)などメデイアにも数多く出演。社会医学系指導医、睡眠学会専門医、認定産業医を有し、教育、啓発活動にも継続的に取り組んでいる。

現任
医療法人RESM 理事長
福井大学医学部  客員准教授
順天堂大学医学部 非常勤講師
北里大学医学部  非常勤講師
武蔵野学院大学  客員教授
日本睡眠学会評議員
日本オリンピック委員会(JOC)強化スタッフ
日本サーフィン連盟(NSA)アンチドーピング医科学委員副委員長
国際交通安全学会(IATSS)特別研究員
横浜市港北区医師会常任理事
横浜市港北医療センター 副センター長
日本産業衛生学会職域における睡眠呼吸障害世話人
SRNG(Sleep Research Next Generation)  世話人
北東北睡眠医療研究会 世話人

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遺伝子専門医でもある熊川先生は、難聴のリスク遺伝子を特定する研究にも携わられてきました。信州大学との共同研究を経て、現在では高い精度で予後を推定できるようになっています。 将来を見据えたライフスタイルの設計のために。本連載最終記事となる今回は熊川先生の経緯や過去の症例を伺いながら、難聴の遺伝子検査について取り上げます。