#03 在宅医療では家族の協力と理解が非常に重要で、できる治療も決まってしまいます

在宅療養支援診療所と訪問看護ステーションを運営する、医療法人社団壮仁会 三鷹あゆみクリニック院長の高橋壮芳氏。医学部時代からの無医村に行く夢が紆余曲折して在宅医療に進むこととなり現在に至る。   在宅医療に取り組んでみて、「これこそ自分が目指していた医師としてのイメージでした。常に医師としての技量や資質だけでなく一人の人間としても試されます。大変な面もありますが、それ以上に在宅医療は楽しい。」 「ただ見守るという選択肢を患者さんや家族に説明できること。そしてご家族が何もしてあげていないのではないかと感じる不安やうしろめたさに寄り添える医師でありたいと願っています。」とも語る。 (『ドクタージャーナル Vol.10』より 取材・構成:絹川康夫, 写真:安田知樹, デザイン:坂本諒)

あえて何もしないという選択

ある会合で聞いた、「治療をしないという選択をできることが良医の条件である。」という一人の医師の言葉に非常に共感を覚えました。治療をしない選択ができるかどうか。これは在宅医療を含めた医療の課題かもしれません。

医学の発展に伴い延命の技術は進みましたが、そもそも治療を行うことの必要性があるのかと疑問に感じる場面もあります。

基本的には患者さんに管一本付けないで、何もしないで臨終を迎えてもらうことが私の理想としているところです。

今までは点滴や胃ろうが当たり前のような風潮でしたが、はたして患者さん本人がそれを望んでいるのか。そのような時に、何もしないことが患者さんのためになる。何もしなくても良いと患者さんや家族に説明できること。

そしてご家族に対して、何もしないことに耐えられる安心感を与えられることが医師として人としての技量だと思うのです。そこに寄り添える医師であり人でありたいと思っています。

多様性が在宅医療の魅力

また最近では、胃ろうは悪で不要のような風潮もあります。しかし、家族にとっては最良の選択肢であったりすることもあります。在宅医療の現場では患者さんの状況に合わせてケースバイケースで考えなくてはなりません。パターン化して一律な対応をすることは不可能です。

総合的に考え関わっている方々と連携していく気概が在宅医療に関わる医師には求められるのです。そのパターン化していない、ありとあらゆる選択肢があるということが在宅医療の魅力だと思います。

私は医療の世界で100%はないと思っています。

「絶対に家には帰れない。」「絶対に治らない。」逆に「絶対治る。」とか、医療では絶対と断言できることは無いと考えています。

絶対と言える白や黒ではなく、その中間のグレーの部分が多い世界と感じています。実は診断が付かないことも非常に多い。

医師になったばかりの頃は、明確に診断がつかないというそのはっきりとしない世界が私には苦しかった。しかし、現在は本人家族と話し合って、このグレーの部分の中から70%上手くいく治療でも、30%しか上手くいかない治療でも本人やご家族と相談して選択することが可能です。

この多様性が在宅医療の魅力であり、その中から最良の選択をする手伝いができることに在宅医としての充実感を感じています。

在宅医療では患者さんから逃げられない。

看護師にとって在宅医療の現場では、病院のように周りの医師やスタッフに聞くということもできず、その場で自分が判断しなければならない。

医師であれば24時間対応という縛りがあるということや、全て自分の責任で対応しなければならない。そのような理由からか、在宅医療に取り組む看護師や医師が少ないようです。

しかし実際に取り組んでみると、確かに最初は大変ですが、患者さんと信頼関係ができればその後はスムーズに進みます。

病院から在宅医療に移る時の患者さんと家族は大きな不安を抱えています。でもその不安が一つ一つ解消されていくと、滅多なことでは連絡が来なくなるように感じています。

最初の頃は胃ろうや吸引などには抵抗も大きいのですが、慣れてくると完璧に行えるようになります。

患者さんもご家族も強くなっていきます。多少の発熱でも過度に不安がらずに対応できるようになる。

在宅医療では医師と患者さんは親と子供の関係に似ていると思います。患者さんは子供のように、最初は心配で親から離れませんが慣れてくると安心して親離れしていくような関係です。

在宅医療では家族の協力と理解は非常に重要です。それでできる治療も決まってしまいます。

これからの在宅医療について

私が感じるに、診療報酬が今ほど高くはない10数年前から在宅に取り組んでいる先生も大勢いるのですが、そのような先生が今、在宅診療に疲れてしまっている気がします。

疲れているというよりは、周りを巻き込んで全体の底上げをしたいのに一緒に取り組んでくれる人が少ない。協力者がいない。在宅診療への思いはあるけど、それが点であって面への展開が難しい。繋がりが作りづらい。そこで悩んでいる先生が多い。という気がします。

私としてはそれを繋げたい。そのための活動も始めているところです。

今の流れは在宅医療に重点が置かれ診療報酬的にも高く設定されていますが、その観点で在宅医療に参入することは難しいと思います。

これからの在宅医療に関していえば、当たり前のことですが、きちんとやらなければ必ず淘汰されるのではないかと思います。

極論を言えば、在宅医療の現場では適当に行うこともできますし、手を抜くこともできます。それだけ医師の裁量に任されているのです。しかしその分、患者さんからの評価は非常に厳しく出ます。地域に根差している分、噂や口コミもすぐに広まります。

ですから常に患者さん本人だけでなくご家族にも納得してもらい満足してもらう医療を提供することに加えて、関わっている介護関係の方々にも満足してもらえるよう注力しなければならない。そしてその前提になるのが、患者さんやご家族との信頼関係の構築だと感じています。

私は、在宅医療の基本は医師が患者さんに医療を施すという一方的関係ではなく、患者さんやご家族を中心に置いて、信頼関係に結ばれた医療従事者が一緒に取り組む医療行為だと思っています。

その実現に向けて努力していきたいと思うし、地域においてより良い在宅医療が広がるようお手伝いできればよいと思います。

この記事の著者/編集者

高橋壮芳 三鷹あゆみクリニック 院長 

東京都出身。2002年名古屋大学医学部卒業。2011年三鷹あゆみクリニック開業。
在宅療養支援診療所として24時間連絡が取れ、適宜対応が可能な体制で、膝が痛くて通院できない、麻痺があり歩行困難で通院ができない、認知症で定期的な通院や体調管理ができないなどの患者さんから、癌の末期、在宅酸素、中心静脈栄養など様々な在宅医療のニーズに応えている。心理的に垣根が低く気軽に病気のことを相談できる窓口となり、患者や家族の希望を聞きながら、患者一人一人に適したオーダーメイドの医療を提供することを心掛けている。

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遺伝子専門医でもある熊川先生は、難聴のリスク遺伝子を特定する研究にも携わられてきました。信州大学との共同研究を経て、現在では高い精度で予後を推定できるようになっています。 将来を見据えたライフスタイルの設計のために。本連載最終記事となる今回は熊川先生の経緯や過去の症例を伺いながら、難聴の遺伝子検査について取り上げます。