#01 樋口直美氏「認知症を病名のように使うことが、誤解と偏見を助長していると私は思います。」

「認知症」と診断された人の脳内では、何が起こり、本人は、それをどう感じているでしょう? この本はこれらを記録した私の日記です。樋口 直美さんの著書『私の脳で起こったこと レビー小体型認知症からの復活』は大きな反響を呼び、2015年の第4回日本医学ジャーナリスト協会賞書籍部門の優秀賞を受賞しました。 樋口さんは、6年間の誤診の後にレビー小体型認知症と診断され今に至る間に経験された認知症を取り巻く数多くの課題を、当事者の視点から社会に訴えています。(※この記事は2015年10月に取材しました。) (『ドクタージャーナル Vol.17』より 取材・構成:絹川康夫, デザイン:坂本諒)
樋口直美
樋口直美
1962年生まれ。30代後半から幻視を見た。41歳でうつ病と誤診される。薬物治療で重い副作用が生じたが、約6年間誤治療を続けた。2012年、幻視を自覚し検査を受けたが、診断されなかった。2013年、症状から若年性レビー小体型認知症と診断され、治療を始めた。現在は、自律神経障害以外の多くの症状が消え、認知機能検査は満点に回復している。(2015年当時) 2018年の時点では、幻視や様々な認知機能障害があるが思考力は保たれている。
私の脳で起こったこと

― 前書きより ―
「認知症」と診断された人の脳内では、何が起こり、本人は、それをどう感じているでしょう?
この本はこれらを記録した私の日記です。(敢えて推敲の全てと校正のほとんどを自分一人でしています)。
約2年間治療を続けている今、ほとんどの症状は消え、認知機能検査(MMSE)は、満点に回復しています。
まだまだ未知の部分が多い脳の世界を垣間見るために、この本が役立てばと思います。
今「認知症」という言葉は、病気の種類も進行の度合いも無視して、十把一絡げに病名のように使われています。「認知症」は、深く誤解された言葉だと私は思います。それは、「認知症」と診断された誰をも絶望させ、悪化させ、混乱させます。
脳の病気や障害は、明日にでも、自分や愛する人に起こる可能性のあるものです。
でも、もし誰もが、正しく病気や障害を理解し、誰にでも話すことができ、それを自然に受け入れられる社会なら、病気や障害は、障害でなくなります。
私は、認知症を巡る今の問題の多くは、病気そのものが原因ではなく、人災のように感じています。

この本は、私がレビー小体型認知症と気づいてから講演に踏み出すまでを記録した日記から抜粋したものです。最初から人に読んでもらおうと書いたわけではなく、症状や心身の状態の記録と同時に自分を励ますために書いたもので、このまま出版したいと言われた時は驚きました。

現在の私は、記憶力や思考力に関しては問題ないのですが、自律神経障害があります。臭覚も殆どありません。時間の感覚も失われています。過去、現在、未来を線として感じられず、色々な出来事は、全部平面上にバラバラに並んでいて、その距離感がつかめません。

これは生活する上で、大変困ります。思考力の低下は無く、いわゆる高次脳機能障害といったほうが近いと思います。

また今年(2015年)の春頃までは意識障害が毎日のようにありました。その時は頭が正常に働かず、注意力が落ちたり本を読んでも意味が入ってこなかったりしましたが、今はそれもなくなりました。

但し、複数のことを同時にすると頭がとても疲れます。心身が疲れると体調が非常に悪くなります。ですから常日頃から自分の体を良い状態に保つように努力しています。

「認知症に見えない」と言われ続け、認知症とは何なのかと考えるようになりました。

2年程前から取材を受けるようになり「認知症に見えない」と繰り返し言われるようになりました。民放テレビのディレクターからは収録の後に「あなたは認知症に見えないから映像は使えないかも」と言われ疑問を持ち、認知症の定義を調べ始めました。

認知症は、状態を示す言葉であり病名ではありません。まったく症状の異なる様々な病気も進行度も全部無視して十把一絡げに「認知症の人」と呼び、認知症を病名のように使うことが、誤解と偏見を助長していると私は思います。

記憶障害や見当識障害があっても正常な思考力を保っている若年性アルツハイマー病の方々がいらっしゃいます。私も注意力が極端に落ちた時期でも思考力だけは衰えませんでした。

私たちは、絶望の時期を越え、精一杯の努力で良い状態に回復し、その状態を保とうと日々頑張り、疲労感と闘いながら社会活動をしています。

しかし頑張れば頑張るほど「認知症患者に本など書けるはずがない。認知症に復活などない。偽物だ。誤診だ」と患者自身が、医師から非難されたりします。

メディアによって日本人の認知症に対する嫌悪感、恐怖感は強化されてきましたが、そのスティグマを育ててきたのは、そのように認知症を説明してきた医師たちだと思います。

認知症が正しく診断されず苦しめられたという体験談をよく聞きます。

私が知っている若年認知症の方の多くが最初はうつ病と誤診されています。確かに最初の頃は抗うつ剤の効果があったので、うつ病から若年性アルツハイマー病に移行したのだろうと仰った方はお一人いました。

私の場合は抗うつ剤で多くの副作用が出、手は震え、頭も朦朧としました。認知症の検査をして欲しいと訴えましたが、うつ病の症状と説明され薬を増量され更に悪化しました。薬を止めたいと繰り返し訴えましたが、誤った治療は約6年間続きました。

またパーキンソン病と診断された方で、本人や家族が「レビー小体型認知症では?」と訴えても取り合ってもらえず、医師を変え、レビー小体型認知症として適切な治療を始めたら別人のように良くなったという話もよく聞きます。家族は必死ですから、この病気について徹底的に勉強し、医師より詳しくなる方々がいます。

この記事の著者/編集者

樋口直美   

1962年生まれ。30代後半から幻視を見た。41歳でうつ病と誤診される。薬物治療で重い副作用が生じたが、約6年間誤治療を続けた。2012年、幻視を自覚し検査を受けたが、診断されなかった。2013年、症状から若年性レビー小体型認知症と診断され、治療を始めた。現在は、自律神経障害以外の多くの症状が消え、認知機能検査は満点に回復している。(2015年当時) 2018年の時点では、幻視や様々な認知機能障害があるが思考力は保たれている。

最新記事・ニュース

more

遺伝子専門医でもある熊川先生は、難聴のリスク遺伝子を特定する研究にも携わられてきました。信州大学との共同研究を経て、現在では高い精度で予後を推定できるようになっています。 将来を見据えたライフスタイルの設計のために。本連載最終記事となる今回は熊川先生の経緯や過去の症例を伺いながら、難聴の遺伝子検査について取り上げます。